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俺の押し殺した泣き声が聞こえたのだろう
「陸!どうしたんだ!?」
兄が大声をあげて 浴室に入ってきた。
「大丈夫か」
流しっぱなしのシャワーを止めて俺を抱きしめた。
 「何があったんだ、何でこんなに傷ついているんだ。アレは何だ」
ああ、そうだ、俺は検査用紙をそのままにしてしまったんだっけ。
「累!離れろ!陸、なんだあれは!累を巻き込むな!」
蓮兄さんが威圧を込めて言った
「その言葉には従えない。弟がこんなに苦しんでいるんだぞ!」
「黙れ!コイツは累を勝手に巻き込んだんだぞ!」
「知ってる!頼まれたんだよ!事情があって俺の所に隠させてくれって!薬とか、怪しいものじゃないから了承したんだ!何年も前からだよ!」
兄さんは蓮兄さんにも秘密にしてくれていたのか。誰にも言わないでと俺が頼んだから。
「………」
バスタオルを投げつけられた。
「体を拭いて出てこい。累も濡れてしまっているから着替えろ。それと…………もう、ニオイはついてない。安心しろ」
…………何だかんだ言って、蓮兄さんは優しいな。俺の赤くなった肌を見て大体の想像がついたのだろう。

「……さて、アレが何なのかは聞かないでおく。知ってしまえば俺は答えざるえないからな。」
「…………うん。」
「残りは持って帰れ」
「…………うん」
温かいミルクティにホッとする。
これ以上累を巻き込むなと、言われた。でも、聞かないでくれている。京極を考えるなら、今のうちに情報が欲しいだろうに。何だかんだ、やっぱり蓮だ。

「蓮、俺は陸の兄だよ。蓮が陸の悩みを聞けないなら、出て行ってくれないかな。」
「累兄さん、その言葉は駄目だよ。αは番の拒絶の言葉に反応する。」
チラリと蓮兄さんを見ると、やはり目が血走っていて握り拳がぶるぶると震えている。兄が俺の事で秘密を持っていた事で不安定になっていたのに、さらに出て行けだなんて。今、蓮兄さんは理性を総動員させて本能と戦っている。
番に拒絶されたαがやりがちなのは、フェロモンレイプだ。無理矢理発情させて自分を求めさせる。番持ちのΩヒートは番の種を得るまで快楽の地獄にいるようなものだ。自分を拒絶したΩが再び自分を求めて手を伸ばしてくれることでαは安堵する。
けれど、β相手にそれは悪手すぎる。
発情させられたΩならば後ろも濡れていきなり突っ込まれてもなんとかなるが、βの兄にソレを行えば大惨事だ。
兄が負傷するのは勿論のこと、その痛みによる恐怖と屈辱で兄は蓮兄さんを許さない。番のさらなる拒絶にαはさらなる暴力で動いてしまい、負のループに陥る。行き着く先は…………βを伴侶にしたαが起こしがちな事件だ。

ドンと、兄を蓮兄さんに向かって突き飛ばす。
「俺の事を気遣ってくれてありがとう。でも、蓮兄さんを傷づけちゃ駄目だよ」
蓮兄さんが自分の胸に飛び込んできた番をぎゅっと抱きしめた。
「蓮、痛い痛い。骨が折れそうだからもうちょい力を緩めろ。離れないから!…………あ~やっと、息がすえる」
それでも蓮兄さんは兄を離そうとはしない。
「…俺、帰るね」
…………兄が少しだけ羨ましい。そこまで守ってくれる人がいて。別に守ってほしいわけじゃないけれど、自分の事を一番に考えてくれる人がいるって凄い事だから。
『陸、陸は私の推しよ。でも、私は京極が怖いの……』
『俺は西野建設の跡継ぎだ。陸のために動けるのもこれが最後。』
『お前は可愛いことは可愛いが、俺にとって一番大事なのは累だ。』
皆、そう。
俺が、深い人間関係を築けなかったから。俺がそこまで魅力的な人間じゃないから。俺が…………
「陸!…………洗面台のとこに耳栓があるんだ。持ってきてくれないかな?」
蓮兄さんの腕の中で身動きの取れない兄が言う。
耳栓?
…………甘えてもいいのだろうか。迷いつつも言われたままに取りにいく。兄第一の蓮兄さんが判断するだろう。
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