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勇者は血溜まりの上で膝をつく
しおりを挟む勇者の心は人々に罵声を浴びせられ、殺されかけて、壊れてしまった。しかし、その人々は勇者が命をかけて何年も守ってきたものだ。故に勇者はその壊れた心に希望を持ってしまった。
“魔族に操られてしまっているのかもしれない”
という、なんとも言い難い、王が国民たちについた嘘ととても似通った、残酷な希望を。だから勇者は、
王都へと向かうことを決意した。決意してしまった。それが更なる絶望への道だと気付かずに。
そして今、勇者は、流れ落ちたばかりの鮮血によって作られた血溜まりの上に膝をついて座っていた。
「……」
勇者は、己の近くに転がっているたくさんの“モノ”……勇者を殺そうとしてきた王宮の騎士たちを冷めた目で見つめていた。
「悲しい、な」
勇者は、自分がその光景を産み出したのだと分かっていただろうが、その上で、そんなことを呟いた。
時は巻き戻り、1時間前。勇者が王都にたどり着いた時。王宮の者たちは国に戻ってきた筈の勇者が何処にも見当たらなくなった、という地方の民からの知らせを受けて、勇者は何をするだろうか、と討論していた。
「勇者は何処に行く?」
「その前に勇者が何をしようとするかが問題だ。心優しい勇者のことだ。いくら罵倒されようが殺されかけようが国民を殺すことはないだろうが……」
「まず本当にあんなことを国民に言って良かったのか?」
家臣たちの避難の目が国王へと向く。それに慌てるのは勿論国王だ。
「ぬ!?お、お前たちもこの案に賛成していたではないか!同罪だ、同罪!」
「確かに莫大な力を持つ勇者にこの国から出ていって貰うには最適だったかもしれませんが、本当に国外に行ったか確認出来ていない以上、もう少し後であの御触れを出すべきだったのでは?」
国王と家臣が対立しかけた……いや、既に対立しかけていたのだが、それが激化しかけたその時、
「れ、連絡です!近隣の町で勇者出現!迎え撃つも、勇者に敵わず!」
息をきらせながら近衛騎士の隊服をきた少年が大広間の扉を開け、そう言いはなった。息をきらし、汗を垂れ流していることから、急いで走ってきたのであろうとよく分かる。
「何?勇者が現れただと!?迎え撃った兵は生きておるのだろうな!?」
「へ、兵はみな、勇者が一撃で葬ったと……」
騎士のその言葉に、大広間にいる全ての者たちがざわざわと騒ぎだした。
「勇者は兵を、民を殺したというのか?」
「心優しき勇者が?」
「だが一般市民を攻撃したとは聞いておらんぞ」
「なら何故?」
「もしや本当に魔族に操られて……?」
「だとしても何故兵にのみ害をなした?」
「攻めいるつもりなのではないか?その時に兵が邪魔にならぬように殺しているとか……」
さまざまな憶測が飛びかいはじめた。だがしかし、今話し合うべきはその事ではない。
「ええい!お前達!今話すべきは近隣の町へ現れたという勇者は高確率でこちらに来てしまうということだろう!」
国王のその言葉に、先程までのざわざわとした空気はなくなり、張りつめた緊張感漂う空間となる。
「取り敢えず王宮の警備体制を強化しては?」
「そんなことをする前に来るだろう勇者は!」
「ならばどうしろと!?」
意見を出しても出しても国王に否定され、王宮の者達はだんだんと苛立っていく。
それ故に、王宮の者達は外からの悲鳴に、絶叫に、命乞いに、静かに近づいてくる足音に、
気 付 け な か っ た。
「それを考えるのが貴様らの仕事だろう!」
「ふざけるな!」
そして、王宮の者達は気付いていないのだから勿論そのまま会議を進める。
だがしかし、勿論それは彼女が赦さない。
「ねぇ」
扉の方から、この場所に似合わぬ幼さが滲み出た鈴のような声が聞こえ、王宮の者達は皆振り返る。
そして、驚愕する。
ある者はもう来てしまったのか、と。
ある者は勇者はこんなにも恐ろしかっただろうか、と。
またある者は――勇者の後ろに出来た血の海を見て驚愕する。
勇者の後ろには、数々の人の山が、積み上げられていた。
「お、おお! 勇者ではないか! よくぞ返ってきてくれたのう! 待ちわびておったぞ!」
表情を映さない勇者の紅き瞳を見ながら、国王はひきつった笑みを見せながら震える声で勇者に話しかける。
「待ちわびていた、の?」
(そんな嘘をつくなんて、いい度胸があるね)
「う、うむ! もちろんじゃ!」
(あぁ、いや、違うのかな)
「じゃあ、――私が死ぬのを待ちわびていたんだね」
(だって、あんな嘘しかない看板を立てておきながら待っていた、なんて、あるわけがない)
その勇者の言葉でまた誰もが絶句する。
何故それがばれているのだ。少し前に帰ってきたばかりではなかったのか、と王宮の者達は混乱した。だがそれだけならば別に絶句することはなかった。彼らが絶句したのは別の原因が存在する。それは――
「答えたら?」
人々を守ってきた心優しき勇者が、目に追えぬ速さで国王の元に行き、
その首に剣の切っ先を向けているからだ。
「ゆ、勇者よ。取り敢えずその剣を下ろしてもらってもよいかの?」
「なぜ?」
国王の嘆願はたった一言で一蹴される。
「は、話し合いをしようじゃないか!」
「話し合い?それは近くの町の騎士たちのように話し合いを私に仕掛けてきてるってことでいいのかな?」
国王の言葉にクスクスと心底可笑しそうに笑いながら勇者は問う。しかしこれはからかうつもりでやっている訳でも、国王を追い詰めたくてやっている訳でもない。
(そっちが最初に話し合い、なんて言って連れ出して、殺そうとしてきたのに。言葉での話し合いを望むわけないよね?)
……ここに来るまでの道のりで、勇者は、己の仲間であった騎士にその刃を向けられ、あまつさえ元同僚には『貴様は魔王に憑依されたのだろう!そんな者は仲間でも何でもない!』と、言い捨てられた。
故に問うた、それは“まさか”本気で言っているのか、と。
「ち、違う!言葉での話し合いだ!」
「へぇ、そう」
だがどうやら本当に国王は言葉で話し合うつもりだったらしい。
「……勇者よ、剣を下ろさぬか」
「ん?ああ、君は本当に言葉で話し合うつもりなのかも知れないけど、1部の騎士が殺気向けてきてるから下ろさないよ?」
「なっ……!」
まぁもっとも、勇者は己の安全が確約されるまで剣を下ろすつもりはないし、ここには新人の騎士だっている。国王に刃を向けた勇者に対して殺気を向けない訳がない。
「お、お前たち!去れ!ただいまより全ての者に休暇を与える!だから去れ!」
国王もそれを理解したのか、即座にこの場から己と勇者以外を退けようとする。
だがしかし。この場には勇者が出立した以降に王宮の騎士となった者もいた。居てしまった。
山積みの死体。それが勇者の力の全てではなく、その力の一端に過ぎないということを知らない者もいたのだ。
「お待ちください! そのような者! この私目が始末してご覧にいれましょう!」
故にその騎士は数歩前に出た。そして、
「はっ?」
騎士の思考は停止した。動いていないのに視線が下へと落ちていくからだ。
「え"、」
しかし騎士は気付いた。己が己の体を真正面から見ているということに。
「あ、ぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――勇者の間合いに入った瞬間、その首を落とされたのだ。
(馬鹿だなぁ。せっかくチャンスをあげたのに)
「残念だよ」
静寂に包まれたこの場所で、勇者はそう呟く。
「ちゃんと言葉で話し合いをしてくれるつもりはないんだね」
「ち、違うぞ勇者よ!それはその者の独断で……」
「黙 れ」
弁明をしようとする国王にまた剣の切っ先を近づける。それにより薄く皮が斬れたのか、首から鮮血が流れるが、勇者は気にせずに話しかける。
「私はね、ちゃんとした言葉での話し合いをするチャンスをあげた。君たちはそのチャンスを与えてくれなかったのに。でもね、」
「お前たちはそのチャンスを無駄にした」
勇者が、剣についた国王の血を振り払う。それと同時に手を放された国王はヘナヘナと崩れ落ちていく。
「だからお前たちに話し合いのチャンスをこれ以上与えるつもりはない」
「まっ、待ってくれ!」
「却下するよ。だいたい、君は彼の独断だと言った。しかし彼は騎士だ。何よりその行動の理由は君を守るためだった。ならば君が責任を取るべきことだろう。彼は君の配下なのだから」
それにね、と勇者は話を続ける。
「私は私が魔王に憑依されただなんだと国民を煽り、さらには戦いの素人である彼らに武器を持たせるなんてことをした君を信じるつもりはない」
(騎士は王を、国を守る。商人は物を流通させ、経済を潤わせる。宿屋はそれに貢献する)
(そういった"区分"がある筈でしょう?)
「後、」
勇者が剣を地面に突き刺す。
「騎士とは国王のためにその命をかけて戦う者。戦うために存在する者。だから私は近隣の町で襲ってきた騎士を殺した。でなければそれは命をかけて国王の命をこなそうとした彼らへの侮辱となるから」
王宮に勤めてすらいない近隣の町の騎士は国王への忠誠を彼らの命を持って証明して見せたんだよ、と、話を続ける。
「だから、君たちがこの絶望的な状況でも、国王を守ろうと思うのであれば、その命をかけて私を止めて見せてよ。貴方たちが国王を守る限り、私は国王に害はなさないと誓うから」
(だって今国王を殺すのは、命を懸けて戦った他の騎士たちへの侮辱となってしまうかも知れないから)
勇者のその言葉を聞いて、国王を守らないという選択をする臆病者は、騎士だけでなく、宰相などを含めて、誰も存在しなかった。
そして、冒頭に戻る訳である。
何も勇者は彼らを殺したかった訳ではない。だがしかし、勇者は彼らを挑発し、殺した。勇者は、彼らに誇りがあるのか、それを知りたかったのだ。
勇者には、その時助けたいと思った人間を助けるという信条が存在するし、それを破ったことはない。
しかし他の人がどうなのかは分からなかった。だからその事については考えないようにしていた。けれど近隣の町で襲ってきた騎士たちは国王のために行動する、そのためならば命もかけるという信条を持っていた。
ならば他の人も信条を持っているのではないか、と思った。
――勇者は、そう思うことで、町で見かけた
『勇者は魔王を倒したがその代わりに魔王の魂に取りつかれてしまった。勇者の姿をした者を見つけたら殺せ。いくら嘆いても、可哀想に思えてもそれは魔王の作戦に過ぎない。躊躇うな。躊躇ったならその者は魔王軍の一員であると見なす』
この看板も、誰かの信条のために仕方がないことだったのだ、と思うことにしたのだった。
しかし彼らのほとんどは勇者に挑発されない限り、 国王を守ろうともしなかった。
――そして、勇者に刃を向けることを躊躇う者も、いなかった。
故に、勇者は、まだたったの16歳の1人の少女は、
(ほとんどの人が、国王を守らなければと立ち上がることはなかった。彼らは国王のために行動する、という1人の国民として当たり前のことすら)
(私が魔王に取りつかれてなんていないと知りながら、誰も私に剣を向けることを躊躇わなかった)
(あぁ、でもこれは先に私が国王を殺したからかな)
(でも、やっぱり)
「悲しい、な」
絶望の言葉を、口にしたのだ。
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