紙の無い世界で

赫沙

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現在の地球

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 太古の昔、この世界には「紙」というものが存在したらしい。
私が生まれた時には、既に地球には紙は存在しておらず、すべての情報は全人類の脳に埋め込まれた『CHIP』と、そのチップの親元『MOTHER』によって管理、伝達、保存全て行われるシステムが完成して1000年以上、いや、もっと経ってるかもしれないらしい。こんなにも発達した情報機関があるにも関わらず、歴史に関する情報は驚くほど少ない。基本的に脳内の『CHIP』からアクセスできる図書館にはこの世に存在する書籍を殆ど閲覧することが可能である。書籍のデータをダウンロードし、直接『CHIP』のデータフォルダに保存されるのだ。しかし、大昔にアルキメデスが水位の変化から王冠の質量を計測したことや、スティーブン・ホーキングがブラックホールの特異点定理を発表したことといったような歴史的事実を綴った書籍は存在するが、人類がどのように過ごしてきてどのように進化してきたかどうかというような社会的な事実を事細かく記した書籍はいくら探してもどこにも無い。誰も記さなかったなんてことがあるのだろうか。記さなかったとしても、ある程度誰かの手によって伝達されてもいいのでは無いか。だがそれらの痕跡は一切ない。
 私たちの知識は生まれた時から『MOTHER』によって与えられたもののまま、進化しない。年齢に応じて情報が解禁され、20歳までに全ての知識を得ることになる。生まれてから人の手によって育まれるのは感情と社会性のみ。3歳から18歳まではSQUAREという施設に通う。そこで他の人間たちと関わり合い、その中で感情と社会性を育み、内面的な個性が生まれる。SQUAREを出た後は、『MOTHER』によって個人を分析された後に、適した職業に割り当てられる。基本的に無職の人間は居ない。『MOTHER』によって全て適切に管理されているので、給与等にも文句をつける人はほとんど居ないそうだ。その他にも沢山あるが、私たちの生活は『MOTHER』と『CHIP』によって成り立っており、それが機能しなくなった時は人類の終わりの時であろう。
 私がどうしてこのように客観的に話ができるのか。それは私が今、『MOTHER』に与えられた知識の中には無いものを外部から得たことで『CHIP』にバグが発生し、脳と『CHIP』との接続が曖昧になっている部分が生まれたからだと考えられる。
 私は『紙』というものの存在を識ってしまった。
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