天使飼い始めました。

冬見

文字の大きさ
上 下
8 / 10

8話 服を買い揃えろ!

しおりを挟む
「無理です、帰ります!!」
泣き叫んで逃げようとするエルを、俺は必死に食い止めていた。
「んなこと言ったって、お前の服とか買わないと何もないんだぞ!」
「服とかいりません!脱ぎます!」
錯乱しているのか、今度は服を脱ごうとし始める。
「待て待て待て!服は脱ぐな頼むから!わかった帰ろう!帰るから、な?」
こんな人の多いショッピングモールで脱がれでもしたら、完全に二人揃って豚箱行きだ。
帰ると聞いてエルはやっと落ち着きを取り戻した。
俺はため息をついた。まさか、服を買いに行くだけでこんな手こずることになるとは。


俺たちはエルの服を買いにショッピングモールに来ていた。しかしお店に入るなり、人で賑わう様子を見たエルがぐずりだしたのだ。どうやら人混みは怖いらしい。そういえば琴葉がくるだけでも一騒ぎしてたし、極度の人見知りのようなものだろうか。家を出て外を歩いている時でさえ、道行く人に常にビクビクしていた。
これは、人に怯えないよう慣れさせる訓練も必要かもしれないな・・・・。
「しょうがない・・・・。琴葉、頼めるか?試着できないけど、何着かそれっぽいの買ってきてくれ!あと下着も」
「わかった、任せて!予算はどうする?」
「好きなだけ買ってこい!金ならある!」
なんせ1000万が転がり込んできたからな。俺は茶封筒を琴葉に手渡す。
「いぇっさー!お姉ちゃんに任せなさーい!!」
琴葉は目をキラキラと輝かせながら、凄い勢いで走っていった。姉さんや、ショッピングモール内を走るのは迷惑だからおやめなさい。
服のことは琴葉にまかせ、俺とエルは一旦店を出て入り口付近のベンチに腰掛ける。
「大丈夫か?」
「んぅ・・・・ショッピングモールは恐ろしいところです、死にかけました」
「マンボウもびっくりの脆さだな・・・・ちょっと待ってろ」
俺は立ち上がり、ベンチのすぐ横にあった自販機の前に立つ。お金を入れ、ミルクココアとお茶のボタンを押した。
「ほら、甘いもの飲んだら落ち着くぞ」
俺はココアをエルに手渡した。エルは缶をまじまじと見つめる。
「・・・・やっぱり春秋さんはいい人です」
「現金なやつだなぁ」
俺はお茶に口をつけた。
それから、二人で飲み物を飲みながら休んでいると、突然女性に声をかけられた。
「あら?こんなところで会うなんて奇遇ですね、横峯くん」
声をかけてきたのは、若い女性だった。スラっとした長い黒髪で、清楚さを漂わせる風貌。ニコニコとした優しい顔の彼女は、俺の隣人だった。
「橘さん!こんにちは。橘さんもショッピングですか?」
「そんなところです。出先で会うのは珍しいですよね」
橘さんは俺の部屋の2つ隣の部屋に住む、女子大生だ。1つ隣の部屋は空室なので、実質隣同士。そういうこともあってか顔を合わせることも多く、よく立ち話をする仲だった。
「今日は可愛らしいお友達がいるんですね」
「あ、こいつは、その・・・・」
やばい、なんて説明しようか。友達ってことにしてもいいが、これから先エルはうちに居座るわけだから、必然的に橘さんとエンカウントする確率も高い。一緒に住んでいることなどすぐにバレてしまうだろう。
「えーと・・・・そう、いとこです!しばらくうちに住み込むことになったんですよ!」
俺はあせあせと説明する。これならギリありそうな設定だろう。
「まあ、素敵ないとこさんですね!こんにちは、隣に住んでる橘です。よろしくね」
すわなり受け入れてくれた橘さんは、エルに向かって微笑みかける。しかし案の定、エルは無理やり俺の背中に顔を隠してしまった。
「すみません、こいつ極度の人見知りで・・・・エルって言います。よろしくしてやってください」
「いいんですよ無理しなくても。・・・・そう、エルちゃんっていうんですね。素敵ないい名前」
優しい笑みを見せる橘さん。この人の微笑みは、まるで天使のように眩しい。隣の天使にも見習わせたいものだ。
「その歳で二人だけで暮らすなんて大変ですね。まあ、横峯くんだったら大丈夫だと思いますけど・・・・何か困ったことがあったらいつでも私を頼ってくださいね!」
それじゃあ、と言って橘さんはショッピングモールへと入っていった。
やはり、橘さんはいい人だ。それに・・・・可愛いしエロい。大学生恐ろしや。


しばらくして、琴葉がいくつかの紙袋達と一緒に帰ってきた。満足のいく買い物ができたのか、ほくほくとした表情をしていた。
「おまたせ!」
「お疲れ様。・・・・あれ、思ったより買ってないな」
琴葉が持ってる袋は3つしかなく、どれも割と軽そうだった。大金を渡した割にはあまり買ってないように思える。
「いや考えたんだけどさ、買いすぎてもハルくんの部屋に置くスペースないなぁと思って、控えめにしたの」
「めっちゃ現実的な理由だ」
俺は琴葉が目先の買い物欲にとらわれず、考えて行動したことにびっくりする。
「なんでちょっとびっくりしてるのかね?私だってちゃんと考えてるの!」
心外そうにする琴葉。俺は袋を持ってあげて、なんとなくたしなめる。
「よかったなエル、新品の服たちが手に入ったぞ」
「まあ・・・・私外出ることないんで、必要ないですけどね」
「その引きこもり気質はどこから来るんだ一体。よし決めた、明日からは1日一回外に出ることにしよう!」
エルのこの異常な引きこもり気質は直す必要があるな。色々なことへの恐怖を慣らしていかないといけない。今のままじゃ、世界を救うなんて到底無理な話だろう。
「えぇ!?そんな、それは拷問なのでは・・・・」
「ただ外に出るだけだって、大丈夫、何も辛いことはないぞ!」
俺はエルが安心できるようにすごい笑顔で諭した。が、思惑とは裏腹にエルは怯えた顔をし、背を向けて走り出した。
「逃げます!さよなら!」
「あ、おい!」
エルはぎこちない走り方で逃げた。めちゃくちゃ遅い。そしてすぐに、何かにつまづいて盛大に転んだ。
「えぇ!?」
「エルちゃん!?」
俺と琴葉は駆け寄る。
「大丈夫か?」
「くぅ・・・・これだから外は・・・・外は嫌いなんです・・・・!」
「いやこれは自業自得・・・・いいや、ちょっと見せてみ」
見てみると、少し膝を擦りむいているだけで、血が出ている箇所もなかった。大事なくてよかった。
「大丈夫そうだな、ほら、立てるか?」
俺の手を掴んでエルは立ち上がる。彼女は涙ぐみ、むすっとしていた。
「ちょっとずつ外に慣れていかないと、また転んじゃうぞ。お前は世界を救う予定なんだから、強くなるためにまず外になれなきゃだな」
『強くなるために外に慣れる』ってなんだ。自分で言っておいてあれだけど。『速く走るためにまず歩けるようになろう!』みたいな。
「うぅ~~~~」
エルはというと、ただただ唸っていた。琴葉はエルの手を握り言う。
「エルちゃんのことあんまいじめないでよ?こんなに可愛いんだから」
「可愛いのは関係ないだろ!お前こそ、あんまり甘やかすなよ。エルは鍛えなきゃいけないんだから」
「えぇ~、甘やかすよ私は」
「琴葉さん、好きです」
「お前の判定基準単純すぎるな!」
自分を甘やかす人をすぐ好きになりやがる。
「いやーん、エルちゃん私も好きだよー!」
琴葉はだらしない顔をしてエルに抱きついた。幸せそうな奴らだ。
俺たちは帰路に着いた。琴葉がふと、質問してくる。
「ねぇ、本当に地球滅亡の危機なんてくるのかな?」
「わかんないな。でも、とりあえずなんとなくでも備えなきゃダメな気がするんだ。・・・・まあ実際のところは、8月23日になってみてだな」
実感もないし本当に何が起こるかなんてわからない。何も起こらないかもしれない。それでも、やれることはやっておきたい。もし8月23日に何も起こらなければ、それでいいのだ。
「というわけで、服の次は天使の能力を試す!」
「おぉー、天使の能力、気になるね」
興味を示す琴葉とは対照に、エルは絶望といった感じの顔をしていた。
「今日はもう、体力の限界なんですけど・・・・」
朝起きてショッピングモールに来ただけなんだが・・・・しかも中にはほぼ入ってない。
「・・・・ま、それは明日でいいか」
俺はエルの頭をポンポンと叩く。まだエルがこの世界に来てから2日目だし、最初は焦らなくてもいいだろう。
ここから二週間で手探って、後の二週間で能力を鍛える。そんな感じのスケジュールでいいんでないだろうか。


1度目の地球滅亡の危機まで後34日。
進捗、服を買った。
しおりを挟む

処理中です...