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しおりを挟む「界皇学園文化祭の一般公開を明日に控えたこの時に、一体何を言っているのかな。吉田君」
腕を組み、声のトーンを落とした日向先輩の問いかけに前生徒会長の笑みが引きつり始めた。
「い、いやホラ。ウチの文化祭も有名になったというか。対象を生徒の父兄や友人、関係者に限定したとはいえ生徒による見回りが必要かなと。そこで生徒会役員でもある女子剣道部に頑張ってもらおうかな、とかね・・・」
「ふうん、ただでさえ忙しい私たちに余計な仕事をさせようってことね」
「いや、僕なりにいろいろ考えてね。ただ、お願いしたいこともあるから説明をしておこうと思って。あっ、特にやることは変わらないから、うん」
明らかな不審者の対応は先生方にお願いするとしても、生徒側からも自警団的な活動が必要であろう、というのが話の始まりだ。生徒会役員と文化祭実行委員で分担して見回りをするつもりらしい。まあ役員でも所属するクラスでの役割があったり、所属するクラブでの役割があったりする。そこは要相談。お互いに出来る時に頑張りましょう、ということになるのだが。私達の場合は所属する自分のクラスから大目に見られているというか諦められているというか。今となっては手伝えることもなく、女子剣道部としては文化祭に参加するための催し物も企画していなかった。全国大会に向けた練習で忙しかったからね。そんな余裕はなかったのだよ、実際。
「文化祭もお祭りの一種だし、ただ見回りじゃさみしいから、コスプレしたら、 ということです」
吉田前生徒会長の口から出た「コスプレ」の言葉に日向現生徒会長が目を光らせる。
「コスプレねえ、吉田君の好みの格好でもさせられるのかしら」
女子剣道部全員で氷の視線を送っているはずだけど相手はひるむこともなく説明を始めた。
「多少の遊び心はありますけれど、僕としては真面目に考えたつもり、です。用意してもらうのは竹刀と面を除いた剣道の防具一式だけだから」
前生徒会長の肩書が示す通り、界皇学園の生徒が一年生しかいなかった去年に彼は生徒会長を務めている。日向先輩が副会長から生徒会長に就任したどさくさで生徒が増えるにつれ忙しくなる生徒会から引退しようとしたらしいのだが。経験者を逃す程生徒会も甘くない。強硬な説得で慰留を成し遂げたとか。
つまり彼も抜け目のない人物といえるのだ。
すでに根回しが完了しているようで神林先生に確認を取ろうとしたもののはぐらかされてしまった。
「悪い話ではなかったよ。詳しくは明日、ということで。楽しみにしていて」
ということだけど。大丈夫かな。
当日、道着に着替えて生徒会室に集まると文化祭実行委員も数名が集まっていた。吉田はといえばホワイトボードに見回りのスケジュールを書いた紙を貼り付けている。
振り返った彼が私たちに手渡したのは人数分の、袖口に青いだんだらが入った白い羽織だった。さらに鉢巻やボール紙の筒。さらに油性ペン。
「先ずはその羽織を着て、上から紙管を背負ってほしい。それが竹刀を入れる鞘になるから。あと鉢巻は日の丸が入っちゃった。発注ミスかな?まあ、見回り隊でも自警団でも好きな方を書いてみて。トランシーバーは人数分を調達したから」
得意気に語る前生徒会長は私たちに新撰組風のコスプレをさせたいらしい。
本物の装備なら頭は鉢金のはずだ。刀で切り合うのが当たり前の時代にただの鉢巻じゃ防具にするには頼りない。
「文化祭実行委員は三人でチームとなって不審者や不法行為に目を光らせて、これを通報、対処してもらう。言わば目になってもらう。女子剣道部が同じく校内を巡回、連絡を受けたら現場に急行してもらう。竹刀は見た目の威嚇効果を狙ったもので、実際に使うのはこれ」
手渡されたのはウレタン素材の短い竹刀みたいなもの。
「スポーツ・チャンバラ用の小太刀、これなら痛い思いはしてもケガにはなりにくい」
街中で木刀を持ち歩くと通報案件になるらしい。竹刀は、グレーかな。校内の限定ならセーフかもしれないけれど、振り回したりしたらダメだよね。やっぱり。
周りに人がいたら危ないし。その点、この小太刀はいいかもしれない。
問題は色鮮やかな日の丸の鉢巻だよね。けっこうハズカシイぞ、これは。油性ペンで筆文字風に「見回り隊」と書き込んだ。うん、もうヤケだ。
紙管の鞘に入った竹刀を背負い、同じく紙管の鞘に入ったスポ・チャンの小太刀を腰に差す。いざ、見回りに出発というところで先輩からマスクを渡される。
色は黒。これもなかなか威圧感があるな。
「今日は一般公開で生徒の父兄まで来るかもなのに。素顔をさらしたコスプレは恥ずかしいよね。念のため用意しておいて良かったよ」
生徒会で一年間役員を務めた者同士、吉田の手口に予想が着いたらしい。さすが先輩たちだ。
ひとまず、この件を了承した神林先生にも一言、グチを零しに行こう。
女子剣道部全員で職員室に押し掛けてみたけれど、笑顔でやんわりと受け流されてしまった。
「なかなか決まってるじゃない。カッコイイわ。黒のマスクもいいアイデアだし。剣道部の活動で貴女達から文化祭の思い出を取り上げてしまったんじゃないかと思ったけど、これなら心配ないかも。うん。イケてるわ」
なんだか私たちの心配をしていたようで、素直に怒りをぶつけるわけにはいかなくなってしまった。子供じゃないしね、私たちは。
胸の内に怒りを燻らせながらも見回りを始めると思った以上に歓迎されて、同情された。それもあちこちで。
思えばクラスの出し物を手伝いながらも所属のクラブにも出し物が、という生徒もいたはずだ。大役を果たしたとはいえ私たちは部活と生徒会に掛かり切りで、クラスの出し物にはノータッチだった。特別扱い、とはいわないけれど、心に不満を感じることもあっただろう。それでも、新撰組なコスプレで生徒会の見回りにコキ使われているとなれば。同情心が勝るよね。全国大会優勝チームの
ネームバリューまで利用してみんなの用心棒をさせられてるのは花も恥じらう
女子高生なんだぞ、まったく。
ピエロな用心棒を務めたおかげでクラスの仲間とのわだかまりも、神林先生の心配事も解消できたし、良しとしとこう。深謀遠慮なお役目は先生や先輩にお任せして楽しまなくちゃ。
今日は文化祭というお祭りなのだから。
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