僕たちは正義の味方

八洲博士

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 秋きぬと目にはさやかに見えねども・・・なんて短歌があるくらい季節の変化というものはわかりにくい。吐息が白く、目に見えるようになったり車のガラスが霜で凍ったりすれば冬だなと納得できるのだろうけど。季節はいきなり切り替わったりしないので、夏と冬の間には秋がある。湿度が下がり吹く風は涼しくなる。日没が早くなり夜が長くなる秋は読書や勉強がはかどる、というのだが。
 うちのアニキがその季節を有意義に過ごせたかとなると少しばかり疑問だ。
 アニキが狙う都立の志望校は男子の倍率が〇・八だそうで。余裕を持つのは分かるけど大丈夫かなと心配になる。油断しすぎて浪人なんかしたら周りからどれだけ責められるか少しでいいから想像してほしいものだ。特にお母さんからの怒りは、ね。
 お母さんの度重なる忠告にも態度を改めなかったアニキは私立の併願を認めてもらえなかった。受験は都立一本、落ちれば浪人になるのに。わかってる?
 アニキが都立高校に合格するまで、家中の空気が張り詰めていたっけ。あれはマジでもうカンベンしてほしい。

 制服だ、革靴だと準備に浮かれるアニキは置いといて。私は大事なことを思い出す。バレンタインデーが目前に迫っているのだ。さらにひとつ。理沙ねえさんの受験勉強がまだ、続いていたということ。えっ、なんで?
 合格発表があったということは試験は当然、終わっていなければならない。
なぜ今も、次郎ちゃんのうちを会場にして受験勉強が続いているのか。全ての謎を解き明かす決戦日をバレンタインデーに定めて私は準備を進めることにした。
 去年は時間がなくて近くのスーパーマーケットに走ったけど、今年は時代が私の味方をしてくれる。団地のそばに有名な百均ショップができたのだ。流行の物は当然、置いてある。バレンタイン用のデコレーションアイテムも。量は少なくていいので、多種多様な品揃えが欲しいのだから、むしろ百均ショップ向けのアイテムといえるだろう。土台は相変わらずのプレーンドーナツ、それに色違いのチョコレートペンを四本。先端のとがったところを切れば細書き、後ろの方を切れば太書きになる。今回は細書きでいくよ。楽譜のように、同心円を書いてみたけど。少しさびしいかな。映画のセリフじゃないけど、アイラブユーとか
ラブミーとか書いちゃおうか・・・。
 ヤバい。ふざけて書いてみたけど、言葉がストレートすぎてはずかしくなってきたぞ。消しゴム・・・、というわけにはいかないか。どうしよう、かな。
 さらに上から同心円や波線を書いて文字を隠す。
まあ、今回は「秘めたる想い」ということにしておこう。
次郎ちゃんのうちに向かう途中、甘い香りがただよう。今年の理沙ねえさんはクッキーかな、と思いながらドアを開ける。
意外というか、想像通りと言おうか。中には理沙ねえさんがいて、二人で勉強会の真っ最中だった。
「あれ、理沙ねえさんがいる?」
「いらっしゃい、雫ちゃん。ん?どしたの」
「えっ?いや、この匂いは・・・あれ?」
てっきり自宅でクッキーを焼いていると思った理沙ねえさんは目の前で首を傾げている。じゃあクッキーを焼いてるのは誰?私の疑問はほどなく解ける。
「次郎君、クッキー焼けたわよ」
甘い香りを振りまきながらお皿に山盛りのクッキーを持って現れたのは美沙さん、理沙ねえさんのお母さんだった。
「こんにちは」
「あら、雫ちゃん。久しぶりね、お母さんから聞いたわよ。家の手伝いでご飯の仕度を手伝ってるって。えらいわねえー。んー、そのドーナツって・・・」
「ああ、これは、まあ。女の子のたしなみというか。バレンタインデーだし
何か作ってみようかなと・・・」
 「女の子のたしなみって、いいこと言うじゃない。うちの子、今年は何も作らないなんて言うからさみしくて。代わりにおばさんがクッキー焼いたんだけど。雫ちゃんもいるなら追加が焼けてるはずだから、持ってくるわね」
 「・・・ちょっと休憩にしようかな。なんかにぎやかになったし。雫ちゃんも座ったら」
 ようやく口を開いた次郎ちゃんの顔は心なしか疲れて見える。
次郎ちゃんと二人で受験勉強をがんばったおかげで、無事高校に入れた里紗ねえさんは早速恩返しとばかりに彼の家庭教師を継続しているらしい。これは次郎ちゃんの成績アップにつながり、彼のお母さんにも好評なのだとか。
私の不満もこの点にある。学校から帰って、二人で勉強会。剣道部は引退した里紗ねえさんも剣道教室の方はまだ辞めていない。とにかく二人でいる時間が長すぎるのだ。高校受験が終わるまでは仕方ないとがまんしてたら、家庭教師の恩返しがあるとは思わなかった。しかもそのおかげで次郎ちゃんの成績が上がり、彼のお母さんまで喜んでいるとなれば。いくら私でも次郎ちゃんのためになることの邪魔はできない。かといってこの勉強会に乱入することもできない。
里紗ねえさんにとっては復習でも次郎ちゃんにとっては予習になり、私にすれば先輩の授業、である。ついていくのには無理がある。元々私の学力が高くないのだ。中の下か、平均がいいところだ。時間は誰にとっても平等だけど、私はそれを料理やそのための買い物にも費やしてる。このハンデを乗り越えるのは
なかなかに厳しいのよ。
 私がそんな事を考えていると里紗ねえさんが傍に置いたレジ袋から黒い枕の様な物を取り出した。「お徳用」と書かれた袋にはチョコレートが一杯詰まっている。それがもうひとつある。全部でふたつだ。
「頭を使うには糖分が必要らしいから。今年の私からのバレンタインはこれね。これをつまみながら勉強、頑張るんだよ」
この里紗ねえさんの宣言を聞いた私は内心思わずガッツポーズをとる。
勝った。質より量に走った里紗ねえさんより私のドーナツの方が何倍もかわいい。今年の勝負、女子力にこだわった私の勝ちよ。
そして来年も私は次郎ちゃんと同じ中学校に通うけど。私立高校に進学した
里紗ねえさんは次郎ちゃんとの接点を保てないはずなのだ。新しい学生生活に追われる里紗ねえさんに比べて、自由に動ける私のターンは一年間もある。
 この勝負も勝てるな。そう確信する私だった。
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