僕たちは正義の味方

八洲博士

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 いやな思い出。
今年の二月の事を振り返った私はそのまま気分が落ち込んでいく。過ぎた事はしょうがない。今、いくら悔やんでも失敗をなかったことにはできないし、次郎ちゃん自身も理解はしていてくれるようだし。なにより彼は根に持つタイプではないのだ。それを自分だけ、いつまでもうじうじと悩むのは建設的ではない。
 そこはよいのだけれど。問題は次、だよねえ。
 前回はお互いのターゲットが被っていることに気づいていないから一緒に作れたけれど、私の家にはハンドミキサーどころか泡立て器すらないんじゃなかろうか。まあ、ボウルくらいはあると思うけど。あ、違う。ボウルは大小二個が必要か。生クリームを作る用とそれを冷やすために氷水を張る分と。あるかな。
 里紗ねえさんとは別の、桐崎 雫のオリジナル路線を進むとなれば道具の有無で最初から大きな差がある。ついでにいうなら里紗ねえさんはそれらの道具を使いこなしていたからねえ。
 私の場合は、道具はもちろん、その使い方を教えてくれる先生というか師匠が必要なのだ。何気にムリゲーだよね、これ。
 こぼれた弱音を友人が拾う。
 「今度のバレンタイン、どうしようかな・・・」
 「バレンタインデー?来年の二月でしょ。まだ四月だよ」
 先を読む子は来月の中間テストを気にしているようだけど。私にとっては次のバレンタインデーが緊急かつ最大の心配事になっている。うっかりしてたら、
あっという間に時間が過ぎるからね。

 とはいえ、私自身の努力だけじゃどうにもならないことが多すぎるので気晴らしに図書室にマンガを読みにきてみた。
 意外というか、図書室に、堂々とマンガが並んでいるのだ。歴史関係で限定だけどね。いくつか種類があり、有名な大先生が描いているものもあれば、一巻、二巻と年代順に細かく描かれているものもある。
 歴史を覚えるには興味を持つことが必要だ。そおいう試行なのかもしれない。
 
 宇宙世紀、という架空の時代の物語。まあ、未来の話なんだから架空であるのは当然なんだけど。
 地球とスペースコロニーの間で起こった戦争を描いたアニメが男女を問わず人気になり、その登場人物が言ったセリフを状況まで踏まえて記憶し、相応しい場面で引用することがファンの間で流行っているというのだ。
 アニメとはいえ、登場人物の言ったセリフをそのシーンごと覚えてしまうんだよ。
 試しに歴史の教科書をマンガにしてみたくもなろうというものだ。世界史版はすでにあるというから次は中国かな。三国志とか水滸伝とか。
 ただ「ベル○ら」はどうだろうか。あの内容を授業で教えていいものかは置くとして全部で十巻らしいから貸し出し希望が殺到するんじゃないのかな。
一セットや二セットくらいの準備じゃ常に貸し出し中という状態になりそうだ。
 フランス革命で処刑されたマリー・アントワネット。
 「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」という発言が有名だが。
本人はその発言と直接関係がない、らしい。証拠文献がないというのだ。ただ
彼女が当時の財政状況を把握していなかったのは事実のようで。本人もこんなイヤミな発言で後世に語り継がれるとは思いもしなかっただろう。
 この言葉が、なぜか私に、どこか、引っかかる。

 パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない

 パンがなければ、ケーキを・・・

 パンがなければ・・・

 パンというのは当時の主食、今の私たちで言えばご飯と言い換えられる。

 ご飯がなければ、ケーキを・・・お腹が空いたのにご飯が出来てなくておやつにケーキを食べる。当時に比べれば現代はとんでもなく裕福ということか。
 いや、違う。これじゃない、引っかかったのはここじゃない。

 ・・・・・・そうだ。うん、そういうことか。

 バレンタインデーという日を指定してチョコレートかチョコレートを使ったお菓子に限定しているから勝負で勝てる見込みが悪くなる。絶望的になる。
 お菓子を食べるおやつの時間は一日一回、でも食事の機会は三回もある。
 里紗ねえさんがバレンタインデーに向けて、のんびり構想を練っている間に、
私は料理で次郎ちゃんの胃袋をつかんでしまおう。時間もあるし、何より手数を掛けられる。向こうはバレンタインの一日に一回きりの勝負のつもりだけど。
私はお昼とか晩御飯に合う料理を何回も挑戦できるのだ。里紗ねえさんにお菓子の調理を習うのは難しいかもだけど、家の手伝いで料理をするとなれば材料費の負担が楽になる。今はお兄ちゃんが渋々と料理を作ったりしているので、少しずつ手伝う回数を増やしていけばいい。よし、さっそく今夜から挑戦だ。

 「つつっ、また、切った」

 ウチの包丁、万能包丁は一本しかないので調理担当は一人、ということになる。私も自分の指を何度か切ってしまっている。本当ならマンガでよく見るように指先が絆創膏だらけになっているはずだけど。私にも治癒の力が使えたりするのだ。次郎ちゃんほどではないけどね。意識を集中すればすぐ血は止まるし傷もふさがる。痕が残るのが次郎ちゃんに及ばないところだ。
 私としては、こんなに不器用なつもりはなかったのだが。傷を癒した疲れで
集中力が落ちて、またミスをするという悪循環。けれど、だんだん包丁の扱いにも慣れてきた。
 「いきなり料理を始める、なんていうから。何事かと思ったけど。ずいぶんと
がんばるじゃん」
 「私ががんばるとお兄ちゃんは楽ができるでしょう。感謝しなさい」
 「初心者の不慣れな料理を食べてやるんだから、感謝するのはそっちだろ」
 遠慮の要らない兄妹の会話とはいえ、今のひと言にはカチンときた。癒しの力で指先の傷をすぐにふさげる私はずるをしているかもしれないが。切った時の痛みは他の人と変わらないのだ。

 三か月で私はお兄ちゃんに追いついた。あの日のカチン、を原動力にして。
 レパートリーも調理にかかる時間も大した差はなくなり、むしろ私の料理の方が濃い味付けをしがちなお兄ちゃんよりお母さんからの評判がよくなった。
 自覚もあったのだろう。何かを気取ったお兄ちゃんが勿体ぶって話しかけてくる。
 「俺から教えることはもうないが。さらなる高みを目指すなら新たな師匠を、求めるといいだろう」
 そういわれて私が思い浮かべたのは里紗ねえさんだったのだが、兄は意外な名前を口にした。
 「ただ次郎たちも忙しそうだからな。時間が取れるかどうか・・・」
 なんで次郎ちゃんの名前がでてくるのだろう。
 「何で次郎ちゃんの名前が出てくるの・・・」
 「もう中学生なんだから夕飯の手伝いくらいしろ、って母さんに言われたとき、
あいつらが助けてくれたんだ。悟が材料と作り方を調べて、次郎が切り方とかを教えてくれたんだ。次郎のところも母子家庭だから」
 それは確かにそうだけど。
 いきなりおいしい料理をふるまうことでサプライズ感を演出したかった私にとっては大きな計画変更だ。
 ひとつはっきりしているのは、目の前にあったゴールラインがはるか彼方に動かされたという事実。
 そりゃないよ。
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