僕たちは正義の味方

八洲博士

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 毎朝の通学時間。先月までは校門でみんなと別れて一人小学校に通っていた私だけど、今はその校門をくぐって同じ校舎まで一緒にいける。いいなあ、これ。
すっごく短い分、私にとっては貴重な時間、なのに。何気に次郎ちゃんの隣は、
競争率が高いんだよねえ。
 お兄ちゃんは男の兄弟がいないせいか、次郎ちゃんや悟君にもよく声を掛けるし、里紗ねえさんは剣道のことで話してるみたいだし同級の悟君にはなんと次郎ちゃんの方から話しかけてる。いくら私でも、次郎ちゃんの話しは遮れない。
そういえば悟君はまたしても次郎ちゃんと同じクラスになったとか。小学一年の時からずっと一緒のクラスなんだよ。なんてうらやましい。
 「ちょっとあんた。その席、私にゆずりなさいよ」といってやりたくなる。
 学年が違うのだ。無理な要求だという自覚があるから言わないけれどね。

 それでも、なにかいい手はないかと思いを巡らせていると、仲のいい女子が息を切らせて登校してきた。ちょっと荷物が多いけど、すぐに理由がわかる。
 「今日は何を作るの?」
 「えへへ。本日のメニューは・・・なんと、ショートケーキなのです」
 楽しそうに笑う彼女は家庭科クラブに入っている。裁縫や編み物をする時もあるのだが、たまに料理やお菓子を作るらしい。私も興味を引かれたが材料費は当然個人が負担する。編み物や縫い物はつくるものによって時間がかかるので合間に、月一回か二回、クッキングの日があるようだ。
 「時間がかかりそうだけど・・・今日中にできるの?」
 「土台になるスポンジケーキは昨日スーパーで買ってきたからね。手作りの生クリームとトッピングでいかに飾り付けるかが競いどころ、になるかな」
 彼女達は自らの作品をクラスの仲間に気前よく振る舞う。部員同士で味見し、品評するので、自作の菓子などを一人で食べたら食べ過ぎになるからだ。一応は味見のお願い、という形だが。意中の男子のために、こっそり気持ち多めの分量を確保する子がいるとかいないとか。
 相手の心を射止めるのに、胃袋をつかむというのは最強の戦略に思えるけれどね。月一以上のペースには付き合いきれない。ベースのスポンジケーキにしてもスーパーでは量り売りはしていない。包装された一つのパックを丸ごと買う必要がある。トッピングも、ミカンの缶詰くらいならともかく、イチゴに加えてドライフルーツやデコレーション用の菓子、アーモンドのスライスなど。どれもお高いものなのだ。いくら腕に自信があっても材料の質で差があり過ぎるとなるとかえって惨めな負け方をすることになる。
 「あぁ、いやな思い出が、よみがえる・・・」
 今年の二月。小学校と中学校ではバレンタインデーの反応にどれだけ違いがあるのか、気になった私は里紗ねえさんのところに遊びにいったのだが。
 「中学校のバレンタインデー?まあ人それぞれかな。義理チョコか義理チョコのフリをしてるのかはわからないけど、市販のチョコを買う子もいるし、味見を頼みながら自作のクッキーを渡す子もいるしね。味見のお願いのはずなのに、やたらとかわいいラッピングがされてるとか、けっこうあるよ」

 ふうむ、小学校の時は義理チョコなんてなかったから。市販の、それっぽいのを渡すか渡さないかの話だったんだけど。ダミーの義理チョコに隠して本命のチョコを悟られないようにするとか、裏の裏をかく情報戦の舞台になってるのね中学校は。

 「私はこれから作るけど、雫ちゃん興味があるなら一緒にやる?」
 だまりこんだ私に里紗ねえさんが声をかけてきた。
 「えっ、あっ、今日、十四日だ」
 渡したい人と学校が違うのでうっかりしていたが、今日バレンタインデーだ。
 「チョコやクリームは多めに用意したからいいけど。ベースとかトッピングは自分で準備して。それを考えるのも楽しみのひとつだから」
 なんともありがたい里紗ねえさんのお誘いだけど。テーブルに置かれた丸いスポンジケーキ、あれのマネはできそうにない。それでも急いでスーパーへと走る私。案の定、私の今のお小遣いじゃスポンジケーキすら買えそうにない。
お財布と相談しながら探し出したのはプレーンのドーナツとアラザンという粒。
ピンクのそれを振りかけると見栄えがよくなるらしい。
 私が戻った時には里紗ねえさんはクリームを泡立てていた。
 なんというか、圧倒される光景だ。いくつものボウルに泡だて器とは別にハンドミキサーという機械がある。聞けば早見家は親子そろってお菓子作りが趣味だとか。道理で道具が揃っている訳だ。

 輪切りにしたスポンジケーキにカットしたイチゴと生クリームを挟み込む。
周りを覆うようにクリームを塗り、その上からチョコレートをかけて、イチゴを乗せる。どう見ても、チョコがないほうが見栄えはいいと思う。そう告げると。
 「今日はチョコが主役だから」とやんわり否定された。
 私の方はプレーンのドーナツが二つしかないので。満遍なく生クリームを塗り半分だけチョコレートをかけてみた。上からアラザンを散らす。
よしっ、なかなかの見栄えに仕上がった。

 六等分したケーキのうち二つを向かい合うように紙皿に乗せ、慎重にラップをかける里紗ねえさん。普通そんなことをしたらデコッたクリームが潰れてしまうのだが、チョコが表面をコーティングしているので包んだラップも汚れていない。残った一つをお皿に乗せ、フォークを差し出しながら笑う。
 「ふたりで一つだけど、試食しよ」
 ブレンドしたというチョコレートは市販のものより柔らかく、食べやすい。
苦労したんだと里紗ねえさん。私としては試行錯誤ができるお小遣いがうらやましいけど。味見が済んで向かったのは隣の次郎ちゃんのウチ。
 「あれ、雫ちゃんも?」
 少しおどろいた里紗ねえさんだったが、かすかに強者の余裕が感じられた。
今回はチョコも生クリームも借り物だからね。
 出てきた次郎ちゃんは少し寝ぼけていたみたい。うたた寝でもしていたのかな。今の時刻におどろいてるし。

 「「はい、バレンタインデー」」
 里紗ねえさんと声がシンクロする。
上がり込んだ私達にお茶を入れてくれた次郎ちゃんは目の前のチョコに顔をほころばせて喜んだ。どうやらお腹が空いていたらしい。
空気を呼んでか、交互に味わいながら食べているが。
「「ねえ、どっちがおいしいの?」」
答えがないのでつい、急かしてしまう私と里紗ねえさん。
「いや、どちらもおいしいけれど」
困ったように答える次郎ちゃん。けど、それじゃ私達は収まらない。
「その言い方は失礼じゃない?ちゃんと、はっきり答えてよ」
「そうです。もっと、真剣に味わってください」
和気あいあいと料理や試食をした二人でも贈る相手が同じとなれば張り合う心が出てくるものだ。わずかな差でも私の方がおいしかったとほめてほしい。
ここは次郎ちゃんに優劣をつけてもらいたいところだが、当人ははっきりした物言いをしてくれないのだ。・・・がんばって作ったんだぞ、こっちは。
不満をあらわにする私達の前で困った顔バージョンの百面相をする次郎ちゃんがひらめいたように顔を上げお茶をすする。
「これ、どこで作ったの?」
「私のところだよ。興味がありそうだから雫ちゃんも誘ったけど」
手を上げながら答える里紗ねえさん。
「使っているチョコは買った物?」
「市販のチョコに白チョコをブレンドしたの。私のオリジナルになるかな。
すごいでしょ」
得意げな里紗ねえさんとは逆に私は自分のミスに気付く。同じチョコを使ったのなら味に差が出るはずがないってことに。里紗ねえさんにも伝えなきゃとあせる私に判決が下される。
「同じチョコを使ったのなら同じ味がするのも当然だよね。ごちそうさま。
どちらも同じようにおいしかったから。ありがとね」
セリフこそ平常だけど彼の怒りはひと目でわかる。手の込んだイタズラだよね、これじゃ。うん、ムキになりすぎた。里紗ねえさんにもごめんなさい。

手間と時間とお金をかけて、結局次郎ちゃんを怒らせるなんて。
何をやってるんだろうねえ、私たちは。
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