僕たちは正義の味方

八洲博士

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 病院の中にはまだ外来患者の姿がちらほらと見える。会計のコーナーの方は、・・・満席のようだ。一度に数人ずつ、名前を呼ばれては支払いを済ませて
帰っていくのだが、診察を終えて会計にくる人の方が多くないかな。しばらくは混雑が続きそうだ。これ幸いと私たちは陽子ちゃんのいる病棟を目指す。一階と二階は診察室のようで通路には椅子が並んでいた。その上からが病室らしい。
ここからが正念場だ。
 引き継ぎの準備で慌ただしい雰囲気のナースステーションに近寄るとあえて声を掛ける。
 「すみません。私たち、今日入院した帯刀陽子さんの同級生なんですけども。明日には彼女が退院すると聞きまして、制服と靴を持ってきたんですが・・・」
 そう言って紙袋をかざす私と舞ちゃん。少し顔をしかめた看護師が応対にきた。
 「ああ、今日入った帯刀さんね。ええ、明日退院する予定で。袴に裸足だったかしら・・・って、あなた達、面会者のバッチはどうしたの?受付は?」
 「あっ、そおいう物があったんですね。気がつきませんでした。ご免なさい。じゃあ今から受付をしてきます」
 看護師さんは、はっきりと顔をしかめた。この忙しい時に二度手間を踏むことになるのだから、いやだよね。
 「今回はいいけど。入院患者に会うにはそういう手続きがあることを覚えておいてね。彼女は麻酔のせいでまだ眠っているから静かに手早く用件を済ませてちょうだいね」
 優しい看護師さんでよかった。彼女は奥の方で書類のチェックに戻った。
 うん、これで許可はもらえたということで。私と舞ちゃんは防具を入れる袋を担いでいるのだけどナースステーションから死角ができるように並んで歩く。
もちろん次郎ちゃんの姿を隠すためだ。呼び止められることなく病室に入る。
 「見つかる前に終わらせないと」
 つぶやきながら次郎ちゃんが陽子ちゃんの左目を囲むように両手を置いた。包帯が巻かれていない顔の右側は青白くつらそうに見えたのだが。次郎ちゃんの『治療』が始まると見る間に血色が良くなり、わずかに口角が上がる。トロンとした笑顔になっている。今のところ順調だ。
 舞ちゃんはといえばていねい且つ慎重に靴をロッカーにしまっている。まるで爆弾処理班みたいな動きだ。続いてハンガーに制服を掛けていく。ここに居座る唯一の理由なので看護師さんのいうように手早く済ますわけにはいかない。
とはいえいつまでも引き伸ばせることもなく。手が空いた私たちは次郎ちゃんを隠すように後ろに立ち舞ちゃんと肩を組んで人間の壁になる。ケガをしたところに手を置くなんて、看護師さんに見られたら叱り飛ばされるだろう。何より
彼の『治療』を病院に知られたくない。
 空いた右手を次郎ちゃんの右肩に置く。気持ちだけでも彼の『治療』を応援したい、そんなつもりだったのに。なぜか舞ちゃんがモジモジと恥じらいながらも左手を次郎ちゃんの左肩に置く。うつむいた顔がどんどん赤くなるのを見てるとちょっとばかしイラッとくる。友達が大ケガをして大変な時に不謹慎だよね。私は純粋に陽子ちゃんのケガを心配し、次郎ちゃんの応援のつもりなのに。まあ多少は暑すぎる病室の温度が気になる私ではあるけれど。入院患者のパジャマも看護師さんの制服も薄着の分類だ。空調の設定が私たちにはちょっと暑い。
 こんなところで不満をさらけ出すほど私は子供ではないと気持ちを落ち着けていると、次郎ちゃんの体がグラリと揺れた。魔法のような治療には代償が必要なようで、彼のいうには、非常に疲れる、とのことだった。
 「・・・終わった。包帯で確認できないけど、治ってるはず」
 顔を見合わせた私たちは無言でうなづき合う。
 さあ、撤退だ。
 外には患者さんの夕食を載せた大きな台車がいくつか見える。歩ける人には手渡しで、歩けない人には看護師さんが配膳をしている。なかなかに忙しそうだ。私たちの滞在時間は、裸足に袴での退院を気の毒に思ってくれた看護師さんの許容限度を超えているかもしれない。さりげなく急いで階段から脱出する。

 「「「やったね」」」

 病院の前で、三人でハイタッチする。
 治しきれない重度の損傷が跡形もなく消えたのだ。大人の事情で何人かは頭を抱えることになるかもしれないが大人なんだから頑張ってほしい。
 「あっ!」
 突然次郎ちゃんが叫び出す。どしたの?
 「しまった。病院の中で僕も着替えればよかったよ」
 うん?何をいっているのかな。
 「空は暗いし風は冷たいし、剣道着姿じゃ寒いよね。僕の制服もあるんでしょう。誰が持ってるの?」
 ああ、そおいうことね。舞ちゃんと顔を見合わせる私。ここはもう笑うしかないかな。
 「持ってきた制服は陽子ちゃんの分だけだよ」
 何を当たり前の事を聞くかな、という顔の舞ちゃん。ややジト目になってるね。
 「ええっ、僕の服も荷物も学校に置きっぱなしなの?なんか扱いがひどくない?この中で一番の功労者は僕だと思うんだけど」
 「うん、そこは認めるよ。次郎ちゃんは頑張った。だけど私たちじゃ男子更衣室には入れないじゃない」
 剣道部でいろいろ頑張ってきたら、顔と名前が売れてしまった私と舞ちゃん、
陽子ちゃん。そんな私たちが放課後の男子更衣室で、後輩の制服を漁っているところをみられたら・・・。尾ひれがついた噂が学校中を暴れまわってとんでもないことになるに決まってる。痴女なんて新たな称号は絶対にお断りだ。
 「今日の事件で先生達が会議をしてるからまだ学校は開いていると思うけど。急いだ方がいいと思うよ、次郎君」
 「ん?里紗ねぇはどうするの?」
 「私?私は陽子ちゃんの荷物を彼女の家に届けないと。舞ちゃんは自分の荷物で手一杯だからね」
 「わかったよ。・・・やばい、寒いのに眠くなってきたような」
 「冷えてきたし、急いだ方がいいかもね。ガンバだよ、次郎ちゃん」
 ジョギングペースで学校に向かって走り出す彼の背中を見送る。さてと私は陽子ちゃんの荷物運びだ。

 陽子ちゃんとは家が隣同士という舞ちゃんは先に自分の荷物を置きに行った。
隣は来客があったようで。
 「あら、あなた達。どうしたの?こんなところで」
 話しかけてきたのは香川先生で、うしろに校長先生と江口先生がいる。これは陽子ちゃんの親御さんにお知らせにきたのかな。入院中で今夜は返れないのだ。
親なら心配するし学校としてもお詫びが必要だ。
 「あそこが私の家です」と隣を指差す舞ちゃん。
 「私たちは明日退院する帯刀さんに制服を届けてきたところです。剣道の防具や鞄は自宅の方がいいかと思って持ってきました」と私。
 「あなた達、気が利くじゃない。ありがとう、おかげで考え事がひとつ減ったわ」と香川先生。
 「荷物は病室に届けたのでしょう。彼女の様子はどうだったかしら」
 香川先生に舞ちゃんが答える。
 「幸せそうに寝てましたよ」
 ・・・おかしな空気がただよう。
 「・・・あっ、麻酔のせいで痛みを感じてないのか」
 「ふむ、そういうことか。せめて今夜くらいは安らかに眠ってほしいものだが」
 ちょっ、ちょっと、舞ちゃん。陽子ちゃんのケガが治ってることは私たちしか知らないんだから。そこは合わせてよ。勝手に納得してくれた江口先生には心の中で感謝しておこう。そして長居は無用だ。舞ちゃんのうっかり発言第二弾が出る前に先生達とお別れしたい。重苦しい空気をまとう校長先生達の脇を通り過ぎる。あと少し歩いて陽子ちゃんの荷物を届ければ私の任務は完了だ。
 「あなた達にお願いがあるんだけど・・・」
 私の気持ちに反して香川先生から呼び止められる。
 「これまでと変わらずに帯刀さんと接してあげてね。あなた達が気を使い過ぎると、かえって彼女を落ち込ませることになるかもしれないから」
 そんな気遣いが無用なことは知っているけど。お願いしてくる内容のレベルというか、ハードルが高すぎませんか香川先生。私はすぐに返事ができない。
 「だいじょぶですよ。まかせてください、私たち友達ですから」
 さらに明るく笑顔で答える舞ちゃん。先生達とはまとう空気が全然違う。
 会議で疲れたのか、先生達は力なく手を振るとふかくはつっ込まずに帰ってくれた。気がつけば胸はドキドキしてるし冷たい汗もかいている。

 私、もう帰っていいかな・・・。
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