僕たちは正義の味方

八洲博士

文字の大きさ
上 下
91 / 144

91

しおりを挟む


 女子剣道部の山下コーチと向かい合う。僕は男子剣道部なのに手合わせをしなければならないようで。まったく、なんでこんな目に合うのかな。まずは序盤、相手の出方は小手調べからだろうと思っていたら。そんなところが全然ない。
 里紗ねぇ達が相手をする時は、竹刀が相手の体まで届かないアウトレンジな位置で油断を誘っていた。竹刀の持ち方は力を込め過ぎず、当てる瞬間に竹刀を絞り込むように握るのが基本だ。相手の攻撃に対応しやすいようにと緩く構えた竹刀なんて彼女達なら容易く料理出来るだろう。
 相手の出方を見極める。山下コーチの戦い方を、そう判断した僕だったけど。予想は大ハズレだった。もう少し手順を踏んで欲しかったけど強引過ぎない?
 避けるのも難しい重そうな竹刀の攻撃が空を割く音が聞こえる。
 僕のことは二年生、三年生の練習相手になった時に、判定されていたのかも。
 その対応がコレということは、グレーを通り越してブラック判定でも出たのかな。
 仕方なしに僕も相手の竹刀を弾く戦法を取る。そうでもしなければこの剣戟はしのぎ切れない。数えるのも面倒なくらい、竹刀を弾き合っていい加減不安になってきた。体力的にはまだまだもつけど、いつまで続けるつもりなのかと。
山下コーチにも疲れた素振りが全く見えないのだ。
 いや待てよ。女子部員の練習相手をした分、僕の方が不利じゃないか?
 その分余計に体を動かしてるのは事実だ。けれど相手がそんな事を考えるのは自分の体力に自信がないから故の姑息な戦法とも言える。特に恐れる必要もない。
 もう一つの可能性があるとすれば相手がそんな事を気にしていない場合だ。
 相手の強さを計るとき基準になるのは自分の力だ。どれほど相手が強くてもその値が自分のそれを下回っていれば何の問題もない。
 むしろ山下コーチの感覚では、程よく体がほぐれただろうくらいの準備運動扱いなのかもしれない。
 これは困った。僕は盛大に考え違いをしていたかもしれない。
 強制参加の部活で、時間つぶしに竹刀を振っていた先輩なら、その強さは気にする程の事はないけれど。もし部活の時間も真面目に練習して、僕らみたいに剣道教室に通ったり個人でどこかの道場に通っている先輩がいるとしたら。その人に勝つのは容易ではないだろう。積み重ねた練習の時間が違うのだ。
 学生の僕たちは。勉強をするために学校へ通う。部活はその一部だ。これが大人なら勉強の割合を仕事に置き換えることができるだろう。仕事の後は道場に通うのも本人の趣味であり、自由だ。その辺は僕らと大差ない。
 だけど山下コーチのように勤め先が道場となると話が違ってくる。普通の人に比べて、剣道に没頭できる時間が圧倒的に多いということだ。純粋に稽古時間の総量の多さで強さが決まるなら、今この場では、山下コーチが最強かもしれない。多分間違いなく、そうなるだろう。
 そんなコーチに対して、全力でお相手しましょうなどと決意するなんて。自惚れるにも程がある。あまりにもバカバカし過ぎて笑えるほどだ。
 コーチとの年の差を考えると、生まれた直後から練習に励んでも勝ち目は無いことになってしまう。
 「また、何か、失礼な、事を、考えて、ますか」
 果てが無いような剣撃の弾き合いにも関わらず、低めの声で怒りのこもった問いを投げかけられる。
 そんな事は無い、こともないのかな。なんだろう、この人勘が鋭すぎる。特に
この手の思考については異常なレベルだ。防具越しで碌に表情も読み取れないはずなのに。
 これが剣豪の洞察力、というものか。
 だいたいよくも喋れるものである。こちらにそんな余力はないというのに。
まあ本来ならばあり得ない、格上な人との手合わせである。猫を被ってやり過ごすつもりが、見事に化けの皮を剥がされたわけだし。後はひたすら牙を剝くだけだ。技とは言い難い、最後の奥の手を試させてもらうとしよう。敢えて牙と呼ぶのなら最弱の、と但し書きがつきそうだけど。
 上段からの面打ちを迎撃する刹那、僅かに身をかわしつつ、右手を軸に竹刀で小さく弧を描く。
 互いの竹刀はぶつかり合うことなくすれ違い、勢いにつられて山下コーチの体が横に流れていくところに面打ちを放つ。
 決まった、と思った一撃は右腕だけで振るわれた竹刀に弾かれた。さらには空中で身を捻ると、体勢を立て直しつつ間合いの外に逃げられる。猫の着地を思わせる、人間離れした動きだった。
 そんなのアリか、と内心毒づく。避けられるはずがないのだが。あえて理由をつけるなら、女性の細身で体が柔らかいことが幸いしたのだろう。実際、避けて、逃げられているのだから。
 天元流の打ち合いは、相手の竹刀にぶつけた反動を次の攻撃に最大限利用している。そこに肩透かしを食らわせただけなのだが、やはり効果があったか。
 例えばトランポリンで高く飛ぶ時も落下の反動を利用している。どんな名人でも一回目で五メートルの高さには飛び上がれない。どうしても反動が必要だ。
 さらにいうなら、三段跳びの最後の踏切地点に落とし穴があるようなものだ。
競技者は間違いなくケガをするだろうし、いい記録なんて残せるはずもない。
元々は剣道教室で、里紗ねぇをからかうために考え出したギャグやコントめいた発想の技である。対象者はもちろん、天元流の使い手限定だ。
 
 「今のは、何?・・・何をしたの・・・」
 乱れた息づかいで、苦し気に問い質す山下コーチ。どこかの筋でも痛めたのだろうか。実際、まともな動きではなかった。人間離れにもほどがある。
 答えようとしてみたが、そんな余力はとっくに尽きている。咳き込むばかりで声出すのがつらい。会話はちょいムリだ。

 「ぷっ、うふふふ。あははは」
突然山下コーチが笑い出した。何だろう、きれいなおねえさんがこんなシーン
で笑い出すと何とも言えない恐怖を感じさせる。
 「(いきなり笑い出して。ナニ、この人?怖い、怖すぎる)」
 試合疲れも相まって、ただ立ちすくむだけの僕だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...