僕たちは正義の味方

八洲博士

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 私が次郎ちゃんのことを気にし始めたのは、まだ小さな子供のころだ。
 保育園の年長組だった私が一人で帰る途中、団地の公園の中を通ると兄貴達が遊んでいるのが見えた。
 うちの兄貴はガキ大将というガラではなかったが次郎ちゃん達の中では年上ということで、言ってみれば親分みたいなもの、だった。私という妹がいたせいだろう、年下の面倒を見る、そんな癖がついていたのかもしれない。
 兄貴がそんなだったから私からみても次郎ちゃんや悟君は子分扱いで私の方が年下なのに二人のことは呼び捨てで呼んでいた。もちろん子分の扱いで。

 夏だったのだろうか、その日は暑かった。

 兄貴達とは別で遊んでいた私はいい加減、遊び疲れていた。砂場にいたので日差しの照り返しが眩しくて、きつく感じる。
 その頃の私は三階の自宅まで階段を上る時、兄貴に甘えて手を引っ張ってもらうことがよくあった。たまにだが、おぶってもらうことも。
 毎日のこととはいえ、小学生以下の、いわゆる幼女には三階までの階段を上るという行為はけっこうきつい。ちょっと甘えて、手を引いてもらうだけでも楽になるし、おぶってもらえた時は背中に乗せられている間に自宅まで着いてしまうので、どうしても味をしめてしまう。まあしかたないよね。

 おにいちゃん、つかれたから帰りたい、今日はうちまでおぶって。
いつものように、軽い気持ちで声をかけようと兄貴を探す。その目に映ったのは兄貴と、そのそばで、よろけてしゃがみこむ、悟の姿だった。
 いつから遊んでいたのだろうか、兄貴や次郎より体つきが細い悟はすっかりバテてしまったようでへたりこんでいる。それを引き起こした兄貴が悟に肩を貸して家まで送るようだ。
 「おにいちゃん、私も・・・」
 私はあわてて声をかけたが、いくら兄貴でも二人を一度には運べない。
 「悟が先だ」
 そう言い残して、多少ふらつきながらも兄貴と悟は立ち去ってしまった。
 
 しかたない。順番はゆずってやるけど、次は私の番だ。
 そう思って砂場の縁に腰掛けて待つのだが、いくら待っても兄貴は戻らない。
戻ってくれば、手を引いてくれ、背負ってくれと私が甘えてくるのが分かっていて、面倒くさくなったのかもしれない。
 照り付ける日差しを遮る影もなく、痛いほどの日差しと暑さに私は泣き出してしまった。お母さんが帰ってきたら、絶対にこの事を言いつけてやるぞ。お母さんに怒られて私を置き去りにしたことを後悔させてやろうと固く心に誓ったものの、それで暑さが気にならなくなる、なんて都合のいい話はない。
 それでも泣くことをやめられない私に次郎が声をかけてきた。
 「雫ちゃん、そんなに泣かないでよ。勇吾にぃもしょうがないなぁ。おばさんに怒られるって分かっているだろうに。ほら、僕が家まで送るから、乗って」
 そう言うと私に背中を向けて次郎はしゃがみこんだ。
 おにいちゃんの背中じゃなきゃいやだ、と駄々をこねるほど、私は兄貴が好きというわけではない。特に好き嫌いはないのだ。
 兄貴よりは幾分細い、次郎の首に手を回してしがみつく。体つきも華奢だ。
つまり頼りない。砂場の縁を乗り越えるだけで、彼は大きくバランスを崩した。
なんとか踏ん張って、転びこそしなかったが。多少の不安は感じたけれど、このまま楽に帰れると思った私は上機嫌で次郎の体にしがみついていた。

 雰囲気が変わったのは団地に着いてから、だった。それまでも、息を弾ませていた次郎だったが階段を上り始めると平地に比べて一気に呼吸が荒くなった。私のひざを押さえていた手は両方とも手すりを掴み、私ごと体を引き上げるように階段を上がっていく。普段ならそんな登り方はしないのに。疲れていたのだ、彼も。
 悟がへたばり、兄貴が私の迎えを面倒くさいと思う程には遊び疲れていた。
次郎だけがまだまだ元気、というほうがおかしい。
 私も団地で育ってきた人間だ。階段で足を滑らせて転んだ回数は数えきれない。上りで足を滑らせたり、下りで足を滑らせたり。コンクリートの階段に体を叩き付けられる痛みは身に染みている。なかでも今回は最大のピンチだ。
 なぜなら、次郎の背中にしがみついている私には自分の意思で動くことが出来ない。彼が転べば私も転ぶ。死なばもろとも、というやつだ。階段を上っているので前に倒れれば手をつきやすいし体を支えやすい。でももし後ろに倒れたら・・・。コンクリートの階段に着地するまでに勢いが付き過ぎて、手では体を支えられないだろう。次郎と私、二人分の重さで階段に叩き付けられるのは私の背中だ。折れちゃうよ、骨が。
 次郎が転ばなくても、私がずり落ちればやっぱりケガはするだろう。その時に怒られるのは、次郎じゃなくて無理を言った私だ。だから私は次郎に必死でしがみつく。痛い思いをして、さらに怒られるなんて絶対にいやだったから。

 どれほど時間が過ぎたのか。彼が踏みしめる一歩一歩の振動を全身で感じながら夢中で私は次郎にしがみついていた。私の服までびしょ濡れになるほど汗をかいているのに、彼の体は火のように熱かった。目をつぶると焚き火を抱きしめているような気がしてくる。熱いけど、離せば転げ落ちるのでひたすら手足に力を込める。
 気が付くと私はコンクリートの上に腰掛けていた。三階の踊り場、私の家の前だ。階段の一段下に次郎ちゃんがうなだれて腰掛けている。わたしたちは無事に到着できたみたいだ。
 強張る手足をほぐして彼の体を解放すると、良く出来ましたといわんばかりに優しく彼の頭を撫でる。
 さあ突撃だ。家に帰った私は畳に寝転ぶ兄貴に向かってびしょ濡れの服のまま飛びついた。
 「うわぁ、冷てぇ。なんだ、これ。どうしたんだ」
 おどろき、あわてる兄貴をしり目に、私は無言で着替えを始める。兄貴なんて無視だ。服もシャツもパンツも、汗に濡れてべとつき、気持ちが悪い。これでは風邪を引いてしまう。
 真っ先にやったことはといえば、兄貴へのうっぷん晴らしだったが、思えば私が次郎ちゃんを意識したのはこの日からだ。彼のことが気になり、真似をして
みたくなる。呼び捨てにするのもやめたし、悟のことも彼の真似をして悟君、と呼ぶようになった。
 神様にチカラを貰ってから、面白かったり、つらかったりと大変だったけど。
でも、みんな一緒で楽しかった。
それなのに今、みんな中学校に進学して、私だけが取り残される。みんなうれしそうにしてるのに、私だけ留守番を言いつけられたみたいだ。悲しくて泣き出して次郎ちゃんに抱き着いてしまった。気がついたのは華奢でぷにぷにしていた
次郎ちゃんの体が筋肉質でたくましくなっていたことで。この事を知っているのは私だけかも?驚いたせいなのか胸がドキドキして涙も止まってしまった。
 今は順番だから仕方ないけど。次は私の番だからね。
 自分でもよくわからないけど、なぜか気分が昂ぶって私は笑顔で次郎ちゃんを送り出すことができたのだった。
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