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しおりを挟む校長室に顧問の先生共々呼び出されてから数日、山下母こと美央さんが野原スポーツ用品店の車を引き連れて私たちの学校にやってきた。この店は学校で指定の上履きやら体操服を扱っている。どうやら今は防具等の引き渡しらしい。
流石に十人分ともなると積み込みきれなかったようで、美央さんの車にも二人分の防具が積まれていた。
スポーツ用品店の人と、それぞれに一人分の防具を担いだ美央さんは受付に向かって歩いていくが、どこか表情が暗く見える。
「なんか姿勢が綺麗だね。防具って軽くはないのに。担ぎ慣れてるのかな」
おかしなことに気が付く舞ちゃんだ。でも確かに姿勢はいい。
「美央さんの表情が、暗くない?」
「それは里紗ちゃん、百万円の出費だよ。それも突然の話でしょ。いくら大人でも、顔色悪くなって普通じゃない」
「それもそうか。大金だもんね、百万円は」
流石、陽子ちゃんの言葉には説得力がある。これでこの件は私たちの意識から
外れてしまった。
校長室に集まった四人はそれぞれが『大人の事情』を抱えていて話し合う程、互いに困惑を深めるのだった。
「先日お話しした防具等十セットをお持ちしました。後ほど体育館の方に搬入します。そして、その代金なのですが。なぜか、こうなりまして・・・」
テーブルに置かれた領収書には『金五十万円』と受領金額が記載されている。
「いやー、今回は特別です。今回限りの特別価格です」
そう胸を張るのは指定業者の野原だった。いつにも増して明るい表情と声は何か吹っ切れたような清々しさに満ちていた。
「実は今回、学校の剣道部に百万円分の寄付というか贈呈の様なことを考えておりまして。百万円という額は変更できないので、あと五十万円分の追加となるとどうなりますか。防具等一式がもう十セット注文になるんでしょうか」
「いえいえ、特別価格は今回限りですので防具等一式だと五セットで五十万円になります」
防具等一式十セットの追加に五十万円を払おうとする美央に、野原が慌てて説明を繰り返す。
「ち、ちょっと待ってください」
目の前で進む野原と山下美央の話に剣道部顧問の江口が割って入る。
「十人分の防具を受け入れるこちらの事情も考えていただきたい。先日以来
手を尽くして、ようやく保管スペースを確保したばかりなんです。学校内の中でもう保管場所がないのですよ。これ以上防具が増えるのは困ります」
「では残りの五十万円は備品に使いますか」
「備品には男女の区別がつかないからと、先日も話し合ったではありませんか」
懲罰を受け入れる形で取り決めた百万円分を使い切りたいと逸る山下美央を校長がなだめる。
話し合いが堂々巡りを始める予感に野原はいらだちを感じ始める。
「( この人達は何を揉めているのだろう。こちらにも事情があるが、儲けるどころか赤字まみれの半額セールをしてるのに。何が不満なんだ?この上私の時間まで無駄遣いされては、泣きっ面に蜂だ ) あのう、お話に時間が掛かるようでしたら防具の搬入を終わらせておきましょうか。場所は体育館の隅にということで。では一旦、失礼致します」
内心を気取られないよう注意しながら、実りの無い言い合いの場から逃げ出した野原は美央が来店した日を思い出す。余りにタイミングの悪い来店だった。
あの夜、時計の針は七時を回り客足は望めそうにないにも関わらず、煌々と店の明かりを点したまま自分は慣れない手つきでスマホを操りチャットを繋いでいた。
野原 「赤黒の調子はどうか」
相手も忙しくはないようで間をおかずに返事が来る。
原田 「よろしくないな。流行ってるらしいから仕入れたが、今日まで
一セットも売れてないぞ。ガセじゃないのか」
野原 「うちは黒赤十ずつ仕入れて、黒は完売。赤も五セットは売れた。
勢いは悪くない。ちゃんと見栄え良く飾っているのか」
原田 「うちの店はお宅ほど広くはないからね。黒の一セットを飾るのが
せいぜいさ」
野原 「飾るなら黒じゃなくて赤だろう。どうしても黒が欲しけりゃ聞いて
くるさ。今からでも赤を飾れよ」
田上 「お疲れ。野原さんとこ売れたんだ」
野原 「おう、祐香ちゃん。お疲れ。そっちはどうだい」
田上 「私んとこは黒赤七ずつでしょ。黒は残一だけど赤は残五てとこかな。
お客さん喜んでいたから悪い気はしないけどね」
隣町の同業者と在庫を融通しあう取り組みを考えたのは野原だった。以前の顔合わせの機会に声をかけ所謂同盟を組んだ理由にネット通販の台頭があった。カード払いと置き配が当たり前になると一気に需要を奪われてしまった。時間に余裕のある客を根こそぎ、さらっていきやがって。深夜早朝に関係なく注文を受ける相手と張り合うには急ぎの客を取りこぼさないようにしなければ、勝てないのだと思った。明後日でも明日でもない、今現物を欲しがるというニーズを捕まえる。そのためには過剰な在庫が必要になるが、仲間と融通し合うのなら、イケる、そう踏んだのだ。
祐香ちゃんと原田のおっさんを巻き込んでお互いの強みを生かすことで通販に対抗しようと話を勧めた。
剣道関係は原田のおっさんの方が詳しいのだが店の構えがこじんまりしているので消耗品を買いに来る馴染みが多いと聞く。
うちは大きな通りに面してるし店舗も倉庫も大きいので広く浅い品ぞろえで
祐香ちゃんとこは原田のおっさんとことうちの中間くらいだ。基本の品ぞろえとその時の流行を追った専用スペースでの展示が売りだ。新しい知識を教えて貰うこともあれば相談を受けることもある。
「次はレーザーライフルとか仕入れてみたいんだけど、どう思う?」
そう聞かれた時には正直慌てたが。内職で武器商人でも始めるつもりなのか。
「武器はダメだろう」
思わず怒鳴りそうになったが、なんとか抑える。
落ち着いて考えれば、砲丸投げや槍投げ。アーチェリーも武器だったっけ。
射撃も競技だ。成人なら実弾射撃だが、学生用にレーザー光線を使ったライフル銃があるらしい。バッテリー電源のためメチャクチャ重いようだが。
「コストと需要をよく調べないと。仕入れても客がいなけりゃ売れないぜ」
当たり前のことを言ってその場をしのぐ。近くの中学や高校がクラブを作るというなら、いい儲けになるのだろうが。
頭の中でアニメに出てくるビームライフルと混同したことは恥ずかしいので
今でも内緒だ。
ひと昔前に作られた、剣道部が舞台の青春ドラマがどういうわけか再放送されて、この前最終話で終わったところだ。今見れば古臭いし放映も打ち切りかと思っていたのに。
何が面白いのか、今時の中高生には大ウケらしい。若い奴の考えは分からんな。
ただ、剣道関連のメーカーは今を商機と捉えたのだろう。例年の倍近い竹刀や
防具を量産し、問屋に押し付けた。泣きを見たのは問屋である。同盟共通の、外まわりの若いのが余りに不憫だったので、同盟の原田と田上に話を通し、まとまった数の注文を取り付けたのだが。
この話を主導した野原は一人、責任を取る覚悟を決めるのだった。
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