僕たちは正義の味方

八洲博士

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 熱いよと注意しながら渡したカップの温度に気付かずに口をつけて次郎ちゃんが悲鳴を上げる。慌ててふうふうと息を吹きかけながら冷ましたココアを啜るうちに大分落ち着いてきたようだ。何かの強すぎる感情を吹き飛ばすために
身近な刺激を与えてみてはとの作戦が上手くいったようだ。わざわざポットの湯を沸かしなおして熱湯ココアを作った甲斐があったよ。もちろん、イタズラやいじわるをしたいんじゃなくて、彼を落ち着かせるのが目的だ。
 ほぼ治った舞ちゃんの傷をカサブタが剥がれ落ちるまで、というリクエストに応えるために過剰な力を注ぐことになった次郎ちゃん。いろいろ試行錯誤もあったようで治療が終わった時には疲れ切っていたらしい。顔を上げることも出来ずに聞き耳を立てていると舞ちゃんと陽子ちゃんが喜んでいるらしく任務完了を確信したようだ。そのうちに名前を呼ばれたような気がして顔を上げると上半身裸の舞ちゃんが両手を広げて迫ってくるところだったという。
 柔らかい何かに襲われて?視界が暗くなり、気がつけば頭を固定されて、生温かいスライムもどきが顔に貼り付いていると思ったようだ。それが舞ちゃんの胸だと分かったのは押しのけようとした手が舞ちゃんのおっぱいに触れて頭の上から声が聞こえたからだ。困ったことに肌理が細かくて柔らかい舞ちゃんの肌は次郎ちゃんの鼻と口を絶妙に塞いだようで。彼は呼吸を止められてしまう。
 呼吸再開のためにも、彼女を押しのけようとするのだがお腹を押されたことで身をよじって笑い出したため断念、私と陽子ちゃんからの救出を頼りに酸素節約モードに入ったという。他に生き延びる策が思い浮かばなかったとか。
 なまじな抵抗をしても舞ちゃんの拘束が強まるだけなら、いっそ何もせずに酸素の消費量を少なくした方が良いと。これはまた随分と信頼されたものだ。
 実際、私と陽子ちゃんが舞ちゃんを制止したときには、彼は気を失っていた。原因が酸欠だとすれば、思ったよりも際どいタイミングだったかもしれない。
 学校の男子共ならニヤけた顔で羨ましがるだろう舞ちゃんの生巨乳パフパフ
をスライム扱いしている段階で印象悪いのがわかる。ちなみにスライムという架空のモンスター、獲物を取るときは体に取り込んで窒息させるという設定があるらしい。次郎ちゃんもそこまでは意識していないと思いたい。
 「この前テレビで見た洋画の、モンスターの幼生体を思い出したよ」
 少しは落ち着いたのだろう。ポツリと呟いた次郎ちゃんだけど。
 内容が不穏当すぎる。
 その映画は私もテレビで見たけれど。怖い系のヤツで、内容は宇宙貨物船の
乗組員が遺跡みたいな所の調査に行って、尻尾と足を長くしたカブトエビみたいなモンスターの幼生体に取り付かれて、寄生されて、死んじゃって。
・・・印象最悪じゃん。
 舞ちゃんからすればこの世に存在しないかもしれない運命の人と巡り会って気持ちが舞い上がったのかもしれないが。千載一遇のチャンスなんて思い切って大胆な行動を取ったのに。
 結果がホラー映画に出てくるモンスターの幼生体扱いなんて。
 ・・・酷すぎる。
 問題はそれだけじゃない。それを伝える人間が私しかいないということも。
少女の、一世一代の大バクチに残念でしたと伝えるメッセンジャー。そんな役はやりたくない。代役なんていないし、明日学校に行けば二人の方から私に聞いてくるだろう。
 まず舞ちゃんは、落ち込むだろうな。悲しそうな顔が目に浮かぶようだ。
 陽子ちゃんは、やっぱり同情して一緒に落ち込むのかな。或いは、意外と
おなか抱えて大爆笑・・・かもしれない。当事者には悲劇でも、離れて見れば
喜劇になる、って誰か言ってなかったっけ。
 せっかくケガの件が片付いたのに、一難去ってまた一難だよ、これじゃ。
 学校の勉強よりも頭を使った気がする私は熱を冷ますように冷たいココアを啜る。ちょっと気持ちが落ち着いて、ココアの甘味が一際うれしい。これは私も疲れているのか。カップのココアを飲み干したところで次郎ちゃんと目が合う。
無表情は相変わらずだがさっきよりも頬に赤みが差している。よしよしだいぶ回復してきたね。ただ視線が私の胸元に来ているのが気になるな。いや違うよ。
私が手にしたカップを見ている。さっきまで次郎ちゃんが使っていたものだ。
 一瞬私は固まった。これ以上の問題発生はカンベンしてほしい。今日の星占いはトラブル注意な運勢なのか。私の本能が次の行動を“逃げる”に指定する。
 「あー、ごめん。なんか喉が渇いたから飲んじゃった。まだ欲しいなら作るよ。
どうする?」
 「・・・いいよ、もう、いい」
 努めて明るい声を張り上げる私に疲れを隠さない返事が返ってくる。
 「じゃあ、洗っておくね」
 流しの冷たい水でカップを洗う。ついでに顔の熱が取れてるといいけど。
 ハンカチで手を拭きながら高めのテンションを保つ。選択肢は逃げるの一手。
 「じゃあ私も帰るね。次郎ちゃんも疲れただろうから、今日は早めに休むんだぞー」
 怒っているのか照れているのか。さっきよりも赤みが増した彼の顔色を無視して私は慌ただしく帰宅する。いやいや、自分のココアを横取りされて怒るなど幼稚園児レベルの反応だよね。陽子ちゃんにいろいろと言われたせいかどうも気になってしまう。
 それでも、次郎ちゃんから横取りしたココアのおかげか、アイデアは浮かんだ。
 連想したモンスターを、幼生体ではなく、スライムにしてしまおう。国民的に人気な某ゲームに出てくるスライムは私もグッズが欲しくなるようなかわいい
デザインをしている。何よりもウソをついてることにはならないはずだ。ものは考えようで、私たちはラッキーなのかもしれない。後一分次郎ちゃん救出が遅れていれば舞ちゃんは理想の想い人を自分の胸で窒息死させていたかもしれない。それはトラウマどころの騒ぎじゃ済まない、面倒事の発端になるはずだった。
うん、私たちはラッキーだ。
 幾分気が楽になった私は早めに休むことにする。
 夢の中では爆笑する陽子ちゃんの横で落ち込む舞ちゃんをあやす私がいた。
 夜中に目を覚ました私は先程の夢が予知夢にならないようにと祈りながら
再び眠りについた。
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