61 / 144
61
しおりを挟む熱いよと注意しながら渡したカップの温度に気付かずに口をつけて次郎ちゃんが悲鳴を上げる。慌ててふうふうと息を吹きかけながら冷ましたココアを啜るうちに大分落ち着いてきたようだ。何かの強すぎる感情を吹き飛ばすために
身近な刺激を与えてみてはとの作戦が上手くいったようだ。わざわざポットの湯を沸かしなおして熱湯ココアを作った甲斐があったよ。もちろん、イタズラやいじわるをしたいんじゃなくて、彼を落ち着かせるのが目的だ。
ほぼ治った舞ちゃんの傷をカサブタが剥がれ落ちるまで、というリクエストに応えるために過剰な力を注ぐことになった次郎ちゃん。いろいろ試行錯誤もあったようで治療が終わった時には疲れ切っていたらしい。顔を上げることも出来ずに聞き耳を立てていると舞ちゃんと陽子ちゃんが喜んでいるらしく任務完了を確信したようだ。そのうちに名前を呼ばれたような気がして顔を上げると上半身裸の舞ちゃんが両手を広げて迫ってくるところだったという。
柔らかい何かに襲われて?視界が暗くなり、気がつけば頭を固定されて、生温かいスライムもどきが顔に貼り付いていると思ったようだ。それが舞ちゃんの胸だと分かったのは押しのけようとした手が舞ちゃんのおっぱいに触れて頭の上から声が聞こえたからだ。困ったことに肌理が細かくて柔らかい舞ちゃんの肌は次郎ちゃんの鼻と口を絶妙に塞いだようで。彼は呼吸を止められてしまう。
呼吸再開のためにも、彼女を押しのけようとするのだがお腹を押されたことで身をよじって笑い出したため断念、私と陽子ちゃんからの救出を頼りに酸素節約モードに入ったという。他に生き延びる策が思い浮かばなかったとか。
なまじな抵抗をしても舞ちゃんの拘束が強まるだけなら、いっそ何もせずに酸素の消費量を少なくした方が良いと。これはまた随分と信頼されたものだ。
実際、私と陽子ちゃんが舞ちゃんを制止したときには、彼は気を失っていた。原因が酸欠だとすれば、思ったよりも際どいタイミングだったかもしれない。
学校の男子共ならニヤけた顔で羨ましがるだろう舞ちゃんの生巨乳パフパフ
をスライム扱いしている段階で印象悪いのがわかる。ちなみにスライムという架空のモンスター、獲物を取るときは体に取り込んで窒息させるという設定があるらしい。次郎ちゃんもそこまでは意識していないと思いたい。
「この前テレビで見た洋画の、モンスターの幼生体を思い出したよ」
少しは落ち着いたのだろう。ポツリと呟いた次郎ちゃんだけど。
内容が不穏当すぎる。
その映画は私もテレビで見たけれど。怖い系のヤツで、内容は宇宙貨物船の
乗組員が遺跡みたいな所の調査に行って、尻尾と足を長くしたカブトエビみたいなモンスターの幼生体に取り付かれて、寄生されて、死んじゃって。
・・・印象最悪じゃん。
舞ちゃんからすればこの世に存在しないかもしれない運命の人と巡り会って気持ちが舞い上がったのかもしれないが。千載一遇のチャンスなんて思い切って大胆な行動を取ったのに。
結果がホラー映画に出てくるモンスターの幼生体扱いなんて。
・・・酷すぎる。
問題はそれだけじゃない。それを伝える人間が私しかいないということも。
少女の、一世一代の大バクチに残念でしたと伝えるメッセンジャー。そんな役はやりたくない。代役なんていないし、明日学校に行けば二人の方から私に聞いてくるだろう。
まず舞ちゃんは、落ち込むだろうな。悲しそうな顔が目に浮かぶようだ。
陽子ちゃんは、やっぱり同情して一緒に落ち込むのかな。或いは、意外と
おなか抱えて大爆笑・・・かもしれない。当事者には悲劇でも、離れて見れば
喜劇になる、って誰か言ってなかったっけ。
せっかくケガの件が片付いたのに、一難去ってまた一難だよ、これじゃ。
学校の勉強よりも頭を使った気がする私は熱を冷ますように冷たいココアを啜る。ちょっと気持ちが落ち着いて、ココアの甘味が一際うれしい。これは私も疲れているのか。カップのココアを飲み干したところで次郎ちゃんと目が合う。
無表情は相変わらずだがさっきよりも頬に赤みが差している。よしよしだいぶ回復してきたね。ただ視線が私の胸元に来ているのが気になるな。いや違うよ。
私が手にしたカップを見ている。さっきまで次郎ちゃんが使っていたものだ。
一瞬私は固まった。これ以上の問題発生はカンベンしてほしい。今日の星占いはトラブル注意な運勢なのか。私の本能が次の行動を“逃げる”に指定する。
「あー、ごめん。なんか喉が渇いたから飲んじゃった。まだ欲しいなら作るよ。
どうする?」
「・・・いいよ、もう、いい」
努めて明るい声を張り上げる私に疲れを隠さない返事が返ってくる。
「じゃあ、洗っておくね」
流しの冷たい水でカップを洗う。ついでに顔の熱が取れてるといいけど。
ハンカチで手を拭きながら高めのテンションを保つ。選択肢は逃げるの一手。
「じゃあ私も帰るね。次郎ちゃんも疲れただろうから、今日は早めに休むんだぞー」
怒っているのか照れているのか。さっきよりも赤みが増した彼の顔色を無視して私は慌ただしく帰宅する。いやいや、自分のココアを横取りされて怒るなど幼稚園児レベルの反応だよね。陽子ちゃんにいろいろと言われたせいかどうも気になってしまう。
それでも、次郎ちゃんから横取りしたココアのおかげか、アイデアは浮かんだ。
連想したモンスターを、幼生体ではなく、スライムにしてしまおう。国民的に人気な某ゲームに出てくるスライムは私もグッズが欲しくなるようなかわいい
デザインをしている。何よりもウソをついてることにはならないはずだ。ものは考えようで、私たちはラッキーなのかもしれない。後一分次郎ちゃん救出が遅れていれば舞ちゃんは理想の想い人を自分の胸で窒息死させていたかもしれない。それはトラウマどころの騒ぎじゃ済まない、面倒事の発端になるはずだった。
うん、私たちはラッキーだ。
幾分気が楽になった私は早めに休むことにする。
夢の中では爆笑する陽子ちゃんの横で落ち込む舞ちゃんをあやす私がいた。
夜中に目を覚ました私は先程の夢が予知夢にならないようにと祈りながら
再び眠りについた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者様の仰られる通りの素晴らしい女性になるため、日々、精進しております!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のバーバラは幼くして、名門侯爵家の若君と婚約をする。
両家の顔合わせで、バーバラは婚約者に罵倒されてしまう。
どうやら婚約者はバーバラのふくよかな体形(デブ)がお気に召さなかったようだ。
父親である侯爵による「愛の鞭」にも屈しないほどに。
文句をいう婚約者は大変な美少年だ。バーバラも相手の美貌をみて頷けるものがあった。
両親は、この婚約(クソガキ)に難色を示すも、婚約は続行されることに。
帰りの馬車のなかで婚約者を罵りまくる両親。
それでも婚約を辞めることは出来ない。
なにやら複雑な理由がある模様。
幼過ぎる娘に、婚約の何たるかを話すことはないものの、バーバラは察するところがあった。
回避できないのならば、とバーバラは一大決心する。
食べることが大好きな少女は過酷なダイエットで僅か一年でスリム体形を手に入れた。
婚約者は、更なる試練ともいえることを言い放つも、未来の旦那様のため、引いては伯爵家のためにと、バーバラの奮闘が始まった。
連載開始しました。
死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?
わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。
ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。
しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。
他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。
本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。
贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。
そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。
家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ひとまず一回ヤりましょう、公爵様 7
木野 キノ子
ファンタジー
21世紀日本で、ヘドネという源氏名で娼婦業を営み、46歳で昇天…したと思ったら!!
なんと中世風異世界の、借金だらけ名ばかり貴族の貴族令嬢に転生した!!
第二の人生、フィリーという名を付けられた、実年齢16歳、精神年齢還暦越えのおばはん元娼婦は、せっかくなので異世界無双…なんて面倒くさいことはいたしません。
小金持ちのイイ男捕まえて、エッチスローライフを満喫するぞ~…と思っていたら!!
なぜか「救国の英雄」と呼ばれる公爵様に見初められ、求婚される…。
ハッキリ言って、イ・ヤ・だ!!
なんでかって?
だって嫉妬に狂った女どもが、わんさか湧いてくるんだもん!!
そんな女の相手なんざ、前世だけで十分だっての。
とは言え、この公爵様…顔と体が私・フィリーの好みとドンピシャ!!
一体どうしたら、いいの~。
一人で勝手にどうでもいい悩みを抱えながらも、とりあえずヤると決意したフィリー。
独りよがりな妬み嫉みで、フィリーに噛みつこうとする人間達を、前世の経験と還暦越え故、身につけた図太さで乗り切りつつ、取り巻く人々の問題を解決していく。
しかし、解決すればまた別の問題が浮上するのが人生といふもの。
嫉妬に狂った女だけでもメンドくせぇのに、次から次へと、公爵家にまつわる珍事件?及びしがらみに巻き込まれることとなる…。
しかも今回…敵だったアイツらが…。
病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
剣聖の娘はのんびりと後宮暮らしを楽しむ
O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。
それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。
ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。
彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。
剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。
そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……
ブリードスキル いじめられっこ覚醒! いじめられスキルで異世界でも怖くありません……
石のやっさん
ファンタジー
虐められ自殺までした僕が異世界転移......もう知らない。
主人公である竜崎聖夜はクラスで酷いイジメにあっていた。
その執拗なイジメに耐えかねて屋上から飛び降り自殺をした瞬間。
聖夜のクラスが光輝き女神イシュタスの元に召喚されてしまう。
話しを聞くと他の皆は既に異世界ルミナスに転移ずみ。
聖夜は自殺し、死んでいたので蘇生したぶん後になったのだと言う。
聖夜は異世界ルミナスに行きたくなかったが、転移魔法はクラス全員に掛かっているため、拒否できない。
しかも、自分のジョブやスキルは、クラスの情報でイシュタスが勝手に決めていた。
そのステータスに絶望したが……実は。
おもいつきで書き始めたので更新はゆっくりになるかも知れません。
いじめられっこ覚醒! いじめられスキルで異世界でも怖くありません……
からタイトルを『ブリードスキル いじめられっこ覚醒! いじめられスキルで異世界でも怖くありません……』に変更しました。
カクヨムコン9に出品予定でしたが、期間内に10万文字まで書けそうも無いのでカクヨムコン出品取り消しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる