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しおりを挟む慣れない試合に疲れ切った一年生と再び先輩からシゴキを受ける運命にある二年生。重く静まり返った空気が漂う中で、ハイテンションな男が一人。それは大将(仮)を務めた山下先輩だった。互いに礼を交わしたところで面や籠手を外すと満面の笑みで私を褒め始める。
「いやあ、いい試合だった。最後の突きも機転が利いていて良かった。今年の一年生は有望だ」
負の感情がこもった視線を浴びながらそれに気づかないのか、嬉しくてたまらないという顔で私の肩を叩き始めた。その衝撃は肩を突き抜け、左わきの痛みを倍増させて。
「!・・・」
声も出せない程の痛みに、私の左手から竹刀が滑り落ちる。
「どうした、ケガでもしたのか。そういえば、狙った突きを何度も躱されて
つい、ムキになってしまったが。そこの女子、早見の具合を見てやってくれ。
男の俺が見る訳にはいかないからな」
そう言って背中を向ける山下先輩。慌てているような、落ち着いているような
妙な違和感を感じながらも目を見合わせる舞ちゃんと陽子ちゃんに頷いて傷の様子を見てもらうことにした。道着の胸元を広げて下に着たTシャツの襟に指を掛けて隙間を作る。傷の痛みからして、浅くはないと予想する私だったが。
「きゃっ、痣です。ひどい、痣になってます」
「痛そう。こんなのひどすぎます」
舞ちゃんと陽子ちゃん、二人の泣き出しそうな声を聴いた途端、私の目にも涙が滲んできた。
「すまない、本当に申し訳ない。いくら試合に熱くなったとは言え、ケガを
負わせてしまうとは。後遺症が残るようなら一生面倒を見る。養ってやる。傷痕が残って嫁の貰い手が無いようならそれも俺が責任を取る。俺が結婚して一生養う。幸せにしてやる」
・・・え?・・・エ?・・・エェ?ナニイッテルノ、コノヒト?
山下先輩、いや、もう呼び捨てでいいや。山下の顔は罪悪感とはなぜか程遠いスッキリとした達成感が漲っているし、被害者の私の気持ちは無視されてるし何もかもおかし過ぎる。
言ってる内容は戸惑ってるようにも狼狽えてるようにも受け取れるけど私の見た目は役者が芝居の役を演じているようにスラスラとセリフが紡がれてる。立て板に水、というやつだ。どんだけ練習したのかね、とツッコミが入らないのが不思議なくらいだ。男達も一人くらい、気付いてよ。バカなの?みんな。
話の内容も飛躍が過ぎる。謝罪のはずが、なんで結婚宣言で終わるのよ。さらに
それを囃し立て、盛り上がる男達。
「やったな、山下」
「うらやましいぞ、山下」
「がんばれ、山下」
なんで加害者が胸を張って英雄気取りなワケ?
早く治療をと舞ちゃん陽子ちゃんに背中を押されて保健室へと急かされる私。
否定するなら、反論するなら今が絶好のチャンスかもしれないけれど。
この痛みをガマンしながら男達と延々、言い合いをする気力は、もう、ない。
わきというか、胸というか元からひどい怪我なのに、汗が染みても服が擦れても焼けるような痛みが倍増しで襲ってくるので一刻も早く解放されたかったのだ。
保健室での治療で発育途上の胸元を晒す羽目になった私は怒りの炎をさらに燃え盛らせる。そんな私が戸惑うほどに、この騒動は発展していくのだった。
翌日、まだ痛む痣のせいでゆーうつな気分のまま授業を受ける私。保健室の
先生が傷を見極めて特製の湿布をしてくれたおかげで、かなり治まったのだが
痛いモノは痛い。なんでも痣の原因となった打突のせいで細かい擦り傷できているという。普通の湿布では薬効成分が傷にしみて痛むうえに悪化しかねないらしい。青黒い泥を塗りたくったガーゼを当てて油紙を重ねる。冷やされた傷の痛みが随分と楽になる。泥が乾いたら効果もなくなると予備のガーゼも貰った。
入浴はしてもいいが、患部を温めないよう注意を受ける。長距離のランニングをして試合までしたのだ。シャワーだけでも汗を流せるのは嬉しいし、助かった。帰りは私の防具や鞄を持って舞ちゃんと陽子ちゃんが付き添ってくれて。
手ぶらで帰れた私がお礼を言うと、とんでもないよと返される。名簿順なら私は一番最後のはずだった。
「里紗ちゃんのおかげで私たちは助かったんだから。感謝するのはこっちだよ」
涙ぐみながらありがとうと繰り返す舞ちゃん。
この二人を山下から守れたというのなら、痛む痣も名誉の負傷だ。そう考えると少しは気分が軽くなる。彼氏を通り越して、旦那ヅラするあの男は結構目立ち噂にもなっていた。もう、うっとうしいのなんの。いつか泣きを見るだろう。
三人で和気あいあいとお弁当を食べ終わったところで、二年生の女子が私を呼び出しに来た。山下の件で用があると言う。
もしかしてあんな奴にも彼女がいて、私はその人からあの男を奪ったことになっているのかな。人の好みはそれぞれだし、あんなのを好きだという人がいるのなら、私はその彼女さんを応援する。一刻も早く山下を回収して欲しい。
のん気なことを考えながら教室を出ると私を待っていた二年生に会う。
てっきり相手は一人だと思っていたのだが、違ったようだ。
三人、いや六人。違う、八人だ。呼び出された理由もわからず、その八人に
囲まれながら廊下を歩く。
私、どうなっちゃうんだろう。
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