僕たちは正義の味方

八洲博士

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 自称先輩田中との試合が始まる。主審は牧野講師。互いに礼を交わして竹刀を構える。
 「お互い、剣道教室で習ったことを全力でぶつけ合おうぜ。いいな!」
 田中先輩にしてはまともな、当たり前のことを口にした。普通の人が相手ならここは素直に頷くべきだが。自称先輩だからなあ、裏がないかと考えてしまう。いやいや、これは落ち込んだ田中先輩の印象を回復させるイメージアップ作戦なのだろう。
 開始早々、フェイントを混ぜながら面を狙う田中先輩の竹刀を躱したり払う。速さはともかく、手数が多い。以前ならもうすぐ息が切れる頃だがそんな気配がない。だいぶスタミナが付いたようで、これが強気の根拠かもしれない。そうは言っても体力の無駄遣いだろうと思いながら攻撃を避けて続けていると。
 「場外!」
 牧野講師の判定に田中先輩の攻め手が止まる。
 場外。なんですか?それ。
 「すまん、教えていなかったか。試合の時は動ける範囲が決まっていてこの
ラインから外に出ると、場外になる。場外三回で負けが確定する」
 やっちまったという顔で説明を始める牧野講師。僕自身こんなに早く試合をするとは思わなかったので、ルールについては勉強不足だ。
 盲点だった。なるべく受け流そうとしたんだが、後退もしてしまった。
 してやったりの顔で息を切らせていた先輩だが、今は呼吸が落ち着いている。
牧野講師が説明する間にしっかり休んでいたからね。なかなか姑息な作戦ではある。自信ありげな先輩の感じでは、まだまだ奥の手がありそうだ。
 試合が再開すると再び面を狙った猛攻が始まるが同じ手に引っかかるつもりはない。後退しつつタイミングを読んで押さえ籠手、一本を取る。
 乱れた息を整えたいのか、ノロノロと開始線に戻る田中先輩。
 試合再開とともに再び、猛攻を開始するが。なんとかこちらを場外にしたかったのか、なかなかのペースで打ち込んでくる。後のことを考えずに押し迫ってくるようにもみえるが、それがパタリと止まる。上段に構えていた竹刀が中段より下になり、肩で息をしている。だからといって、こちらが有利な立ち位置に移ろうとすると、左右に動いて牽制してくる。スタミナ切れなら攻め時かなと思ったところで、先輩の体がグラリと倒れ込むように突っ込んできた。体当たりか。
 竹刀を持った腕を伸ばしているので間合いが狭いというのか、切っ先はもう目の前だ。下がって避ければ・・・場外かも。
 「突きーーーっ」
 遅れてきた掛け声を聞きながら僕は右足に力を込め、左足を折り曲げる。まるで棒が倒れるように体を左に倒す。腰も落とし、なんとか左足で傾いた体を支えるが。胴の防具が左足に当たって姿勢が崩れる、そして痛い。ついには尻もちをついてしまった。場外だけは免れたけど。
 田中先輩はといえば視界の隅で、宙を舞っている。全体重をかけた突きの姿勢で、僕の右足に躓いて。
 床の上にダイブした先輩は着地しても勢いのままに横滑りして、止まったが。
その姿は不時着した飛行機を連想させる。
 牧野講師をみると片手で顔を覆っていた。
 ちょっと主審。試合中なのに、目を逸らさないでください。
 「先輩、今のはなんですか?」
 「今のは突き、という技だ。まだ習っていないお前にはわからないが力加減の難しい技だ。お前には使えないよなぁ。使うなよ、まだ教わってない技を」
 「僕が使っちゃいけない技を、先輩は使うんですか」
 「俺はちゃんと教わったから、問題ない。伊達に先輩してないさ」
 「こ、姑息な。先輩なら逆にハンデを負ってくださいよ。ハンデを負った後輩に勝負を挑むなんて男らしくない」
 「最初にお互い、確認したよなあ。後になって文句を言う、お前の方が男らしくないぜ」
 ああ言えばこう言う、とはこの事か。場外の件と自分だけが使える突き技の件。
先輩が強気な理由がこれで明らかになった。これだけ切り札があれば僕だって勝てる。先輩なりの切羽詰まった理由があったとしても、狡いというか卑怯というか、やり口が汚い。牧野講師は呆れているが、僕は怒りに火がついた。
 現在、僕が一本取って、おたがいに場外が一回。このままで時間切れになれば僕の勝ちになるけど、先輩もそれでは納得しないだろう。僕も一撃、返したい。
 開始線に戻って試合再開、自称先輩はなんとかこちらを境界線の隅に追い込みたいようだ。先程と同じく、テンポの速い攻撃を繰り返す。自分だけが使える突き技のアドバンテージが有って、なお場外との二段構えに執着する。将棋での王手飛車取りとかを真似た作戦なんだろうけど。慎重というよりは、臆病だよね。
 先輩の進撃もあって、いい感じに追い込まれた。ここでチラリと位置を確認。
境界線まで、あと五十センチ。隙ありとばかりに先輩から例の突きが繰り出される。僕は竹刀を垂直に立てて両肘を張り出し、前に出ていた右足を左足の後ろにまわす。突っ込んでくる先輩の竹刀を右にいなし、そのまま体を捻れば・・・。
体当たりを仕掛けてくる先輩の体を独楽のように回転して、うまく弾けた。
 体ごと勢いをつけた突きは止まり切れずに、二度目の場外へ。そして約束の
床ダイブ。先輩の防具はおいといて、床の被害も軽くはないだろう。心なしか
牧野講師も怒ってるよ、顔が。突き技のアドバンテージにも呆れるけれど場外狙いの体当たりなんて剣道というよりは相撲である。怒りもするか。
さてここまではうまくいったので、次こそは先輩の体を受け止めてあげよう。
再開とともに攻める先輩、泣かされた子供じゃないけど、ムキになってないか。
二回も床ダイブしたのだから肘も膝もノーダメージとはいかないだろう。僕は無傷で一本先取の場外一回。先輩は一本も取らずに場外二回。ムキにもなるか。
誘うまでもなく、怒涛の攻めで境界の隅に追いやられる。ムキになっていた先輩が笑ったように感じた。
 「突きーーーっ」
 若干慎重に体当たり突きを仕掛ける先輩に対して僕は右手で竹刀の中ほどを掴むと両手で、喉を狙う竹刀の切っ先を跳ね上げ、腰を落としながら自分の竹刀を引き寄せる。竹刀を抱え、半身になると、僕の竹刀の切っ先に先輩の喉が落ちてきた。
 言葉にならないうめき声を上げて、脱力する先輩の体を跳ね除けるように肩を回す。受け止めるには重すぎた先輩の体は場外へと転がり、防具がドチャリと音を立てる。すぐさま距離を取って様子を見るが、仰向けに倒れたままの先輩は動けないようだ。突きに体重を掛け過ぎた故の、因果応報である。難しい力加減とやらはどこにいったのか。
 えーっと、場外三回で先輩の負け?僕の置いてきた突きは一本にはならないだろうし。でもこのまま先輩が試合続行不可ならば一本先取で僕の勝ちかな。
 声が掛からないので牧野講師を見ると顔に手を当て、天井を見てる。嘆かわしいのはわかるけど、試合終了宣言と勝敗判定はまだでしょうか。
 胸の前で小さく拍手しながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる里紗ねぇを見てたらなんかもう、どうでも良くなったけど。

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