僕たちは正義の味方

八洲博士

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 町で一番早起きをする仕事と言えば新聞を配達する配達員さんだろう。その内で中学校周辺の配達を受け持つ何人かは仕事中に聞き慣れない音を耳にしたはずだ。
 もっともエンジンの音も勇ましく寒風を切って駆け抜けていたのなら気がつかないのも仕方ない話だが。
 強い怒りとお仕置きというあいまいな概念をどのように理解したのか、木々は与えられた不可思議なエネルギーを消化しながら植物としてはあり得ないスピードで蠢いていた。捕らえたモノを変形させ、固定していく。盆栽のように。
 折れないのが不思議な程に撓んだ枝が九つのオブジェクトを地表に下ろす。
先触れのように伸びた根が着地の衝撃を緩和しつつ、深く広く土台を構築していく。大役を果たした木々は老人が、ヤレヤレとつぶやきながら腰を伸ばすように絡み合った枝を解いていく。そして静かに眠りについた。春の訪れを夢に見て。
残り少ないエネルギーを受け取ったオブジェクトは堅牢に根を張り、仕上げに一輪の花を咲かせて活動を止めた。

 オシオキの第一部が完了した。第二部は同族により執り行われるであろう。

 新聞を配り終えた配達員が慎重に帰途に就く。すでに空は明るいが日差しが当たらないため、今が一番冷え込む時だ。凍結した路面を見逃さないように広い視界を意識していたのでかすかに感じた違和感にバイクを止めるとその正体を確認すべく公園に足を踏み入れた。
冬の景色の中に立つ鮮やかな緑のオブジェクト。その中身は人間だった。全員口元にバラの花を咥え珍妙なポーズをとっている。淀んだ目に血の気の引いた白い顔。無精ヒゲとだらしなく伸びた髪が赤いバラを際立たせている。一般の通行人を巻き込む悪ノリの企画かと思い当たるも周囲にそれらしい人間は見当たらない。隠しカメラもないようだ。ひとしきり悩んだ男は新聞の販売店と警察に連絡を取る。そして自分のスマホでオヤジ狩りのオブジェクトを動画で撮影するのだった。
 男達は全身トゲの生えた緑のツルに巻き付かれ手の角度から顔の向きまでも固定されており、倒れる自由すら与えられていないようだ。
 一人は片足立ちでバンザイのポーズ、一人は片足立ちで案山子のように手を広げたポーズ。二人共に膝をつき、両手を掲げる従者のポーズのオブジェクトを左右に侍らせている。
かと思えば、一人は砲丸投げの構え、一人は体を地面と平行にして両手を広げたスケートの滑走のポーズ。残る一人は相撲の四股を踏むように片足を高く上げていた。どのポーズも難しいものではないが、長時間、維持するとなると難易度が跳ね上がる。警察が駆けつけた時点で容疑者達はフラフラだった。太く鋭いトゲの生えた堅牢なツルが全身を拘束しており、逆らうものなら容赦なくトゲが体に食い込む。何度も倒れそうになったが、堅牢なツルはびくともせず、彼らの体をトゲだらけの枝で支えきった。そこまで張り巡らされた根を引き抜こうとは考えられない痛みだった。逃げることは諦めよう。警察に捕まって早くこの
苦行から解放されたいと願う男達だったが。
 警察の作業も難航していた。ツルを切る道具がない。コンクリートを砕くためのハンマーならあるのだが、今回は出番がなさそうだ。人力で挑むにも素手では触れないほどトゲが鋭い。やがて通勤通学の時間となり、見物人の対応に追われた。隣には中学校があり、目の前の通学路を児童、生徒が行き交う。さらにはよそ見をした通勤ドライバーが渋滞や事故を発生させる。騒ぎに気付いたテレビ局の取材班が見守るなか、近くのホームセンターで調達したハサミやノコギリを使ってオヤジ狩りが救出されたのは昼近くになった頃だった。
 一方テレビ局はワイドショーの内容変更を決定し情報収集に力を注ぐ。警察発表の密度が薄く視聴者の情報提供を期待していたのだが。今時の子供は概ねスマホを持っている。教室と思われる高所からの画像が多数寄せられた。どれも似たり寄ったりの、遠距離からの荒い画像を検証中に本命が現れる。
 第一発見者の配達員がアカウントを登録し編集を終えた画像をアップしたのだ。赤いバラを咥えた珍妙なポーズに一部からヤラセだ、偽造だと声が上がるが遠距離俯瞰とはいえ多数の画像が証拠となりついには番組内で本物だと認定される。開設されたばかりのアカウントは注目を浴び、最終的なアクセスは四億を超えてしまった。

 「やっぱり、やり過ぎてたんだね」
 隣に座った里紗ねぇから、呆れたようなツッコミ?が入る。
 あれ?こんなもんかな。学校に行く途中に見た騒ぎからもっと厳しいお説教があるものと覚悟していたんだが。
 僕たちは悟君の家に集まって勉強会というか宿題を片付けている。悟君のお母さん、聡子さんは歓迎してくれたがお菓子とジュースが足らないとスーパーまで買い物に出てしまった。
すいません。実はそこまで計算済みです。
ここまでの大騒ぎになるとは思わなくて、流石にすべり台の下で会議じゃ不安になりました。
 「昨日はヤバイくらい、追い詰められたからな。いいんじゃねえか。アレで。
悪い奴らも怖気づいて大人しくなるさ」
 「昨日の人達はアレがトラウマになって、二度と悪事は出来ないと思う」
 勇吾にぃ、悟君。それフォローだよね。フォローのつもりなんだよね。微妙に違う気がするんだけど。
 「次郎ちゃんの心の闇を覗いた私はとっても心配なんだけど」
 「ひどいな、里紗ねぇ。あれは言いたい放題されてやりたい放題されて。頭に血が上ったというか、コンチクショウってなって・・・」
 「計算ずくじゃないのね」
 「ないない。怒り過ぎて頭がまっしろになったというか」
 「(私が蹴られたのを見て)怒りに我を忘れたと?」
 「そうそう、それそれ」
 「ふうん、そうなんだ」
 僕から視線を外して前を向く里紗ねぇの横顔はほほ笑みを湛え頬の赤みが増したようだけど。何で急に機嫌がよくなった?
僕としても心の闇なんて誤解が解けてひと安心だよ。
 しばらくすると聡子さんが戻ってきた。
 「遅くなったわね。宿題はもう終わった?」
 「「「「はい!ばっちりです」」」」
 声を揃えて答えると僕たちは教科書、ノートを仕舞い始める。
 空いたスペースを埋めるのは氷の入ったコップに注がれたジュースとお菓子の盛られた木皿だ。
 お菓子にはしゃぐ僕たちを見ながら聡子さんが口を開く。
 「さっきそこで、勇吾君のお母さんとお話しをしたのよ。貴方たちが続けてきた夜のランニングだけど、しばらくの間お休みしなさい」

 想定外の爆弾発言だった。
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