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しおりを挟むなにかよくわからない、正体不明のものがじりじりと迫ってくる不安。体が重いというのか気が重いというのか。似た経験はあったけど、ここまでつらいのは初めてだ。目の前の正体不明が独演会を続けている、落語じゃないけど。
「昔は良かったとは言わないけれど、世の中自分勝手な輩が増えすぎた。偉くなりたいけれど面倒くさいのはイヤ。つらいことも疲れることも他人任せで自分はラクして暮らしたい。アナタが稼ぐ人、私が使う人と言いたい放題でやりたい放題なんだ。神様は見捨てることなく説得を続けるけれどもその声は届かない。神の声を聴く資格がないんだな、連中には」
ここでおじいさん、ひと息ついて胸を張る。
「そこで儂の出番じゃ。儂、神の声聞こえるもん。神の言葉を預かり伝える。
それが預言者、神の使いじゃ。儂の言葉は神様の言葉、儂をもてなすことは神様をもてなすことになる。解るかな、君たち。儂、偉いのよ。いつでも神様のメッセージを聞き逃さないように耳を澄まし、身辺を守っている。神域の見回りなんて朝飯前なのじゃ。はっはっは」
ここでおじいさん、身を乗り出すと大事な秘密を打ち明けるように声を潜める。
「ところで君たち、何か食べる物、持ってない?儂、腹減っちゃって」
神の使いだというおじいさんの、予想を超えた発言は私たちの思考を停止させる破壊力をもっていた。
「君たちハイキングに来たんでしょ。だったらお弁当は当然持ってるよね。儂、見回り途中でここに迷い込んだから、朝ご飯も食べてないし食べる物も持ってない。もうお腹がペコペコなのよ。君たちの背負ってるリュックサック、中身はお弁当でしょう。半分ずつでいいから分けなさい。あ、儂の神様ってばその辺の神様よりも全然偉いからね。今儂に恩を売っておくと後々お得よん」
神の使い、には見えないおじいさんの爆弾発言に私の頭の中はちょっと忙しい。
遭難寸前の緊急事態に子供達から食べ物を巻き上げようとするだけでもダメなひと判定だけど、私たちを助けた理由が最初からお弁当狙いだとしたら。
これはもう最高にダメなひと確定である。
ただこちらにも弱みがある。お弁当なんて、持っていないから。
「おべんとうはね、おかあさんが持ってくれるの」
ニッコリと微笑む雫ちゃんの反撃に対してガッカリなおじいさんは背もたれに寄りかかるのだった。
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