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episode3.過去の話

10話

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私達は一先ず、場所を移動した。美咲くんの話を聞くために。
移動してきた場所はカラオケだった。
美咲くん曰く、今から話す内容はなるべく人に聞かれない場所が良いとのこと。
きっと今から話す内容に、美咲くんが腐男子であることが関わっている可能性が高いのかもしれないと思った。

私はとりあえず、美咲くんが落ち着いて話せるのならと思い、近くにあったカラオケを提案した。
歌う目的で利用する客が大半ではあるが、防音な上に個室なため、誰かに話を聞かれる心配もない。
手っ取り早くて、そんなに高くはない。お手軽な場所がカラオケだ。
他にこれといって良い案もなかったため、カラオケとなったのである。

「とりあえず、ドリンク頼もうか。あ!ここでもアイスマのコラボやってるよ。せっかくだから頼もっか」

私にできることは、とにかく雰囲気を明るくすることだけだった。
話を聞く側が話しやすい環境を整えてあげることは大事だと思う。その人がリラックスして話せるようにするために。

「茜ちゃん、気を使ってくれてありがとう。今の俺にはとても助かります」

やっと美咲くんの表情が少し和らいできた。
どうやら、もういつもの美咲くんに戻ってくれたみたいだ。

「いえいえ。今の私にできることは、これくらいしかないから」

あの元カノさんと過去に何があったかなんて、私には分からない。
私が知り合ったのは極最近で。きっとあの元カノさんの方が美咲くんのことをよく知っているのだと思う。
だから、モヤモヤしているのかもしれない。私の知らない美咲くんを知っているから。

「そんなことはない。俺はいつも茜ちゃんに助けてもらってばかりいるよ」

そんなのお互い様である。私だって助けられた部分がある。
ずっと欲しいと思っていたヲタ友が、やっとできた。最初は男ということに戸惑いはしたが、今ではそんなの関係ないと思っている。

「ううん、私だっていつも助けられてるよ。こちらこそありがとう」

友達が困っていたら助けたいと思うのは当然だ。これからもそんな関係であれたらいいなと密かに心の中で思った。

「いや、俺はお礼なんて言われる必要ないと思うけど…。
でも、ありがとうって言われるのは嬉しい」

照れた美咲くんは不覚にも可愛いなと思ってしまった。

「それであのさ、アイスマのドリンク頼む前に、俺の話をしてもいい?」

「もちろん。それでいいよ。話してる最中に店員さんが入って来たりでもしたら、気まずいだけだもんね」

これから話す内容が内容なだけに、店員さんに聞かれたくはない内容だ。
所詮、赤の他人なので問題ないとはいえども、込み入った話はなるべく人には聞かれたくないものである。

「そうだな。ま、とりあえず、順を追って説明するよ」

ゆっくりと美咲くんは昔話をし始めた。


           *


「綾香とは高校時代、同じクラスで。隣の席になったことがきっかけで仲良くなって、それで付き合い始めることになったんだ」

よくある少女漫画みたいな展開である。
私には全くそんな青春を過ごしたことなんてなかった。
綾香さんも美人さんだし、きっと美男美女カップルとして有名だったんだろうなと思った。

「今のところ良いお話だと思うんだけど。
どうして、こんな気まずい関係になってしまったの?何かやらかしたの?」

「茜ちゃん、俺がやらかしたみたいな言い方するの止めてくれる?
どちらかというと俺、向こうにこっぴどくフラれたんですけど…」

フッておいて、その上、再会した途端にいきなり連絡先を聞くなんていう手のひら返し。
あまりの無神経さに腹が立った。元カノさんはきっと図太い神経をしているはずに違いない。

「マジですか。こんなハイスペックイケメンをフるなんて…。美人恐るべし」

「いや、ハイスペックでもイケメンでもないわ。
それに俺、普通の男性にはないもの持ってるだろ?ほら、あれ」

美咲くんが普通の男性にはないものといえば、腐っているということだ。
もしかして、美咲くんがフラれた原因って…。

「腐男子が理由でフラれたってこと?」

「そういうこと。腐男子は生理的に受け付けられないんだってさ。
まー、分かっちゃいたけどな。さすがに当時は傷ついわ」

ん?あれ?だとしたら、フラれた理由に納得がいかない。
確か私達は同人誌専門店に向かう途中で、元カノさんと遭遇した。
あの辺にいたということは、つまり元カノさんもヲタクということになる。

「ねぇ、美咲くん。元カノさんもヲタクなの?」

「うん。アイツもヲタクだよ。俺達が仲良くなったきっかけって、きみだけのプリンスさまでいさせて…がきっかけだったから」

きみだけのプリンスさまでいさせて…こと、通称きみプリは、大人気シリーズの乙女ゲームである。
お互いにきみプリ好きがきっかけで仲良くなったということは、彼女が乙女ゲームが大好きだということはよく分かった。
しかし、それでもまだどこかで引っかかっている自分がいる。
これはもしや、腐女子の勘という奴かもしれない…。

「なるほど。きみプリか。懐かしいなぁ…。私も高校時代、ハマってたな」

そういえば、まだ美咲くんの年齢を確認していなかったことを思い出した。
多分、歳は近いんだろうなとは思っていたが、まさか本当に歳が近いとは思ってもみなかった。

「確かにきみプリは懐かしいけど、今はその話は関係ないから。
話を戻すとして、まぁ、その付き合ってたらお互いの家に行く流れってあるじゃん。
そんで、俺ん家に行くことになったんだよ」

特に高校生ともなれば、あまりお金がないため、デート代を節約するためにもお家デートは欠かせない。
もちろん、目的はそれだけじゃない。二人っきりになれるというチャンスもある。
もちろん、まだ実家に暮らしている時期でもあるため、親が乱入してくるというイベントも発生される可能性も大いにあるわけだが…。

「へー。やることやるの早いんですね。さすがイケメン」

「あの、俺、綾香とはキスすらしてないから。そういうことする前にフラれてるんで」

そろそろイケメンネタで弄るのは止めることにした。
何だかこれ以上弄ると、美咲くんの傷を抉ることになりそうだと思った。

「それは…高校生男子に大きな傷を作ったもんですな。怖い怖い」

「俺が今、一番怖いのは茜ちゃんだけどね」

うぅ゛…。それを言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。

「ごめんなさい。ちゃんと真面目に話を聞きます」

「仕方ない。特別に許すとしよう」

とりあえず、許してもらえたみたいで安心した。
私もふざけてしまわないとやっていられなかった。なんだかずっと胸の辺りがザワザワしていたので、胸の痛みを紛らわすためにもふざけるしかなかったのであった。

「話を先に進めるね。それで、家に綾香が遊びに来たんだけど、やっぱり健全な男子には隠すものの一つや二つあるものでして…」

そりゃあるでしょうよ。エロ本とかAVとか…。

「その頃からBLが好きで、漫画とか集めていた俺は、綾香が家に来ることになって、慌てて隠したんだよ」

恐らくあの様子から察するに、BLだけではなく、エロ本とかもあったんだろうなと思われる。

「ぶっちゃけエロ本が見つかった方がまだマシだったんだけどな。
でも、まさかのBL本が見つかっちまったんだよ」

とんでもない恐怖である。下手したら、ゲイだと勘違いさせてしまったかもしれない可能性が高いというわけである。

「それは…災難だったね。BL本はどこに隠してたの?」

「押し入れの中。急遽だったから、他に隠す場所がなかったんだよ」

よく女性は男性の家に上がると、家探しをすると聞く。
恐らく押し入れのふすまが微妙に空いていたか何かで、それで中が気になってしまい、襖を開けてみたら、中から大量のBL本が見つかったといったところであろう。

「押し入れね。わざわざ探したりするような場所にも思えないけど…。
でも、もしかしたら、美咲くんが慌ててたせいで、襖をちゃんと閉めるのを忘れてて、それで中が見えちゃって、気になっていざ襖を開けてみたら…とかだったりする可能性も高いかもね」

「うーん、それが俺もよく覚えていないんだけど、さすがに見つかるのはまずいと思って、ちゃんと閉めたはずだと思うんだけどな…。
ま、あの頃はまだガキだったし、もしかしたら、やらかしてる可能性も高いな」

過去の記憶なんて曖昧なものだ。ちゃんとやったつもりでいて、実はやった気になっていただけなんてことはよくある。

「そっか。まぁ、そこら辺は曖昧でよく分からないことだよね。
それで、えっとどのタイミングで押し入れを見られちゃったの?」

「確か俺がお茶菓子を取りに行っている間に、押し入れを開けられちゃって。
それで俺がBL本を所持していることがバレて、腐男子は嫌い、生理的に無理って言われてフラれて。
それからずっと気まずくて、そのタイミングで席替えが決まって、席が離れたことによって俺達の距離はどんどん離れていき、そのまま何事もなく別れたって感じだな」

なんとも言えない別れ方である。切なすぎて涙が溢れ出ることすらなかった。

「なんだか胸が痛む話だね。聞いてて胸が苦しくなったわ」

「だろ?マジで辛かったわ。友達にしつこく何で別れたの?なんて聞かれる始末だし。
ま、向こうは別れてすぐにササッと新しい彼氏を作ってたけどな」

そういう切り替えの早い女はたまにいる。
切り替えの速さも大切だが、あまり速すぎるのもどうかと思われる。

「そうだったんだ。とりあえず、話が聞けてよかったよ。
美咲くん、私に話してくれてありがとう」

「いや、お礼を言うのは俺の方だよ。こちらこそ俺の話を聞いてくれてありがとな」

私はただ、美咲くんと彼女の関係を知りたかっただけ。
だから、お礼を言って貰える資格など、私にはない。

「あのね、私、凄く心が汚い女だと思う。人の過去を知りたいという自分の欲を満たすためだけに、美咲くんの話を聞いたんだ。
だから、私、美咲くんにお礼を言われる資格なんてないと思う…」

美咲くんの様子がおかしかったことを、真剣に心配していたのだとしたら、お礼を言って貰える価値はあると思う。
でも、私は人の触れては欲しくない領域に、土足で踏み込んでしまった。
罪悪感で胸が苦しくなった。もう友達だと思って貰えないかもしれないと思い、とても落ち込んだ。

「そんなの、俺が決めることだと思う。話を聞いてもらった俺が、ありがとうって言ってるんだから、それでいいんだよ。
茜ちゃんはただ知りたかったから話を聞いただけなのかもしれない。
でも、俺にとってはそれが救いだったから。それでいいんじゃないかなと俺は思うよ」

美咲くんにそう言ってもらえて、なんだか私の方が救われたような気がした。
誰だって友達のことならば、気になって当然なのかもしれない。
美咲は最初から話してくれるつもりでいたのだから、ここは素直に喜ぶべきところだったのかもしれないなと思った。

「そうだよね。そう言ってくれてありがとう。美咲くんがそれでよかったのなら、私はもうそれで充分です」

「うん。それでいいんだよ。だから、改めてお礼を言わせて。
俺の話を聞いてくれてありがとう」

今度こそ素直に受け止めることにした。これは美咲のご好意なのだから、私の気持ちなんて二の次でいいんだ。

「いえいえ。また何かあればいつでも話を聞くので」

きっとこの気持ちは、元カノの綾香さんに負けたくはないという気持ちがどこかにあるのかもしれないと思った。

「それはもちろん、これからもよろしくお願いします」

私の方が美咲くんのことを知っていると思いたいのかもしれない。
こんな気持ちは初めてで、正直、こんな自分に戸惑いを隠せなかった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

なんだか雰囲気に飲まれて、お互いに畏まってしまった。
どうにかしてこの空気を打破するためにも、話が落ち着いてきたこのタイミングでコラボドリンクを注文することを提案してみることにした。

「あの…そろそろコラボドリンク、注文してみない?」

「そうだな。頼んでみるか」

メニューを見てみる。ここでもやはりキャラクター個々のメニューはなく、グループ事にイメージされたドリンクとなっていた。

「人数が多い作品だと、やっぱりグループをイメージしたものになっちゃうよね」

「みたいだな。ま、それでも推しに貢ぐことに変わりはないけどな」

確かにそうかもしれない。それでもどこかで個々のイメージのドリンクを期待してしまう自分もいた。

「でもいつかは見てみたいけどな。推しをイメージしたドリンクとかフードとか」

分かったことが一つある。私はきっと美咲くんに同じことを考えていてほしかっただけなのだと…。
だから、凄く嬉しかった。同じことを考えてくれていたことが。

「見てみたいよね。いつか叶うといいな」

それまでコンテンツが終わらないことを願いたいが…。

「叶うよ、きっと。俺達がいる限り、コンテンツを終了させねーから」

不思議だ。いつも美咲くんのたった一言だけで、魔法をかけられたかのような感覚に陥ってしまう。

「絶対に終わらせないと誓える。もう永遠に応援し続ける」

私達はアイスマに身を捧げる覚悟を持っているくらい、アイスマが大好きだ。
もちろん、アイスマに限らずではあるが…。
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