上 下
57 / 70
7章:一番近くに...

56話

しおりを挟む
「条件…って何?先に言っておくけど、あまり高い物は買えないよ」

「…はぁ。お前は一体、俺を何だと思っているんだ?物を買わせるわけがないだろう。
それに、そんな難しいことをお前に要求したりなんかしない」

確かに言われてみればそうだ。となると、条件とは一体、何なのだろうか。
途端に緊張してきた…。次にどんな言葉がくるのか、まだ心の準備ができていない。
私にできることだと分かっていても、それでも不安になってしまうのは、きっと自分に自信が持てないせいなのかもしれない。
もう一度、やり直すチャンスを頂いた。次こそ失敗なんてできない。もう二度とあなたを失いたくないから。

「それじゃ、どんな条件なの…?」

怖い…。でも知りたい。愁、早く教えてよ。

「まずは俺の話をちゃんと最後まで聞いてほしい。
今から話したいことがあるんだが、時間は大丈夫か?」

まだ話したいことがあるみたいだ。一体、どんな話をするのだろうか。
私はその話を聞いてどう思うのか、全く想像できなかった。

「大丈夫。時間ならいくらでもあるから。それで、場所はどこにするの?」

今ならまだお店もやっている時間帯だ。だからといって、お店で話せるような内容ではない。
となるとこの流れはやっぱり、家しかない。今、部屋が綺麗かどうか不安になってきた…。
この際、そんなことを気にしたって仕方がない。今、大事なのは、愁とちゃんと話をすることだ。

「俺ん家に来ないか?よくよく考えてみたら、今まで俺ん家に幸奈を呼んだことってなかったから」

今までは彼女に見つからないようにするために、万が一のことも踏まえて、なるべく愁の家に行くことをお互いに避けていた。
やっと愁のお家へ行ける…。嬉しい気持ちと同時に、今は複雑な気持ちが入り交じっていた。
今からどんな話をするのか、不安な気持ちの方が大きかった。

「そう言われてみれば、そうかも。お邪魔しても大丈夫なら、愁のお家に行きたい」

初めて男の人のお家にお邪魔する。しかも、好きな人の家に…。
自分の家に上げるよりも、人ん家にお邪魔する方が何倍も緊張するかもしれない。

「俺から誘ってるんだから、大丈夫に決まってるだろうが。
それじゃ、決まりだな。行くぞ」

こうして、愁の家にお邪魔することになった。
一体、愁はどんな家に住んでいるのか、全く想像できなかった。


           ◇


「お邪魔します…」

自分ん家からそんな遠くない距離だと知ってはいたものの、いざ来てみると思ったよりも近くて驚いた。
中へ入ると、愁の部屋はシンプルだった。あまり物を置いておらず、必要最低限といった感じだ。

「悪いな。散らかってて。男の一人暮らしだから、大目に見てやってくれ」

とはいうものの、物があまりない上に、清潔感もあるので、ちゃんと掃除をしている様子が見て窺える。

「ううん、そんなことないよ。充分過ぎるくらい、綺麗だよ」

「そう言ってくれてありがとうな。…ちょっと待っててくれ。今、お茶を用意するから」

待っている間、どうしたらいいのか分からず、あまりジロジロ見るのは気が引けてしまい、ずっとモジモジしていた。
ただ座って待っているのも案外、大変なのだと知った。

「お待たせ。どうぞ」

私の目の前にお茶が置かれた。二人の間に今、微妙な空気が流れている。
私はあまりの気まずさに、お茶を一口飲んだ。

「……美味しい」

「だろ?これ一緒に京都へ行った時に買ったやつなんだ」

そういえば、京都へ旅行に行った時に、愁がお茶を好きという新たな一面を知ったのを、今思い出した。
そんなことすら忘れてしまうほど、気持ちに余裕がなかったのだと思い知らされた。

「これがあの時のお茶なんだ。美味しいね。愁が好きなのも納得」

「嬉しいな、そう言ってもらえて」

今までに見たこともないような、穏やかな表情だった。
誰しも自分の好きなものを理解してもらえたら嬉しい気持ちになる。
よかった…。愁のこんな顔が見られて、ほっとした。

「幸奈、今から俺の話を聞いてくれないか?」

真剣な眼差しで私の目を見ながら、そう問いかけてきた。
今から愁の話を聞かなければならないのかと思うと、より緊張してきた。

「うん、いいよ。愁の話を聞かせてほしい」

こちらとしては、先程の話でもう充分、聞きたかったことは聞けたので、満足している。
一体、今からどんな話を聞かされるのだろうか。
たとえどんな話であったとしても、今の私なら落ち着いて愁の話を聞くことができるはず…。

「さっきも言ったが、改めて言わせてほしい。俺はちゃんと彼女と別れた。
いや、正確には付き合ってはいなかったんだ。話がややこしくなるが、今から話す話は真実なんだ。
だから、ちゃんと落ち着いて、話を聞いてほしい」

ん?今、付き合ってなかったって言った?それはどういうことなのだろうか。
何が何だかよく分からないまま、私は話の続きを聞くことにした。

「あ、うん。分かった。ちゃんと話を聞くから。
それでその…、付き合ってなかったってどういう意味なの?」

告白されて、付き合うことになったと聞き、今日までずっと疑うことなく、その言葉を信じてきた。
でも、まさか本当は付き合っていなかったと知り、どこか心の中で安心している自分がいた。
しかし、何故、嘘をつく必要があったのだろうか。その理由を早く知りたい。

「俺はずっと見栄を張ってたんだ。幸奈が全く俺のことを好きだって認めないから、ヤキモチを妬いてほしかったんだ」

どうやら、私は今までヤキモチを妬かせるための作戦に、付き合わされていたみたいだ。
こんなの納得できない。それに今まで愁の彼女だと思っていたあの子が可哀想だ。

「なるほどね。だから、今まで私に嘘をつき続けてきたってことね。
それで嘘をついた手前、なかなか本当のことを言うタイミングを逃したってことでしょ?」

「お恥ずかしながら、そういった感じです…」

つまり、私はセフレになる必要なんてなかったということになる。
あの時、素直に気持ちをぶつけていればよかったのかもしれない。
って、そんなことできるか。普通彼女ができたと聞いたら、その段階で諦めてしまうものだ。
どうして、こんなにも二人して不器用なのだろうか。遠回りしてばかりだ。

「俺はくだらない男の意地を張って、幸奈を傷つけてしまった。
そんな意地なんか、張らなければよかったのに…」

愁もずっと苦しかったんだ。嘘をつき続けたことや、傷つけてしまった罪悪感で。
ずっと愁の心の中で抱え込んでいたのだと思うと、その痛みが伝わり、私も胸が苦しくなった。

「もうお前を悲しませたりしないと、絶対に約束する」

愁の本気の決意が伝わってくる。私をこんなにも大切に想ってくれていたなんて知らなかった。
これまで頑張ってきた想いが、報われたように感じた。

「悲しませないのは当然でしょ?今までたくさん辛い想いをしてきたんだから。
そうさせた原因は、私がはっきりと気持ちを伝えなかったせいでもあるけど」

二人して空回りばかりしていた。この関係が壊れてしまうことが怖くて、いつしか素直になることを恐れていた。
こうして今、ようやく素直に気持ちを伝え合えるようになったのも、遠回りしたお陰かもしれない。

「いや、俺のせいでもある。そうやって、人任せにして、逃げたんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

物置小屋

黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。 けれど私は、失声症でもうやりたかった仕事を目指せない...。 そもそももう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。 どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。 ーーここは、そんな作者が希望をこめた台詞や台本の物置小屋。 1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。 時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。 使いたいものがあれば声をかけてください。 リクエスト、常時受け付けます。 お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...