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7章:一番近くに...

54話

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また空気を読んで、先回りして動いてくれた。
せっかく、友達が誘ってくれたのに、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。
やっぱり、私はまだ忘れられないみたいだ。

「ありがとうございます。えっとこっちです」

まだ電車は走ってる。皆はこの後、どうするのだろうか。終電ギリギリまで飲むのかな?
私はとりあえず、帰宅したら寝る。そうすれば、何も考えずに済むから。
もう少し時間が経てば、きっと愁のことなんか忘れて、私もまた新しい恋をすることができるはず…。

「俺が言うのもあれだが、あんたが合コンに来たのって、人数合わせとか?」

この人は敢えて、私の核心に触れないようにしてくれている。その気遣いが、今はとても有難かった。

「いえ、ちゃんと誘われて来ました。蒼空さんは?」

確か先程、呼ばれたから来ただけだと言っていた。
たとえ人数合わせだとしても、どうして彼が合コンに来たのか、純粋に興味があった。

「まぁ、そこは友達付き合いというか、ただの人数合わせだな。
アイツら必ず俺を呼ぶんだよ。正直、俺は困ってるんだけどな」

困っていても、友達のためなら来る。
どこまでも、お人好しな人なんだと思った。

「友達思いなんですね。普通はそこまで付き合いませんよ」

「あ?そんなんじゃねーよ。他に断わる理由がなかったんだよ。ただそれだけだ」

これは絶対に照れ隠しに違いない。蒼空さんは言葉がキツいだけで、本当は優しい人なんだと思う。
彼のことを知れば知るほど、どんどん興味が湧いていく。

「蒼空さんって、ギャップ萌えですね」

もうとっくに怖いイメージはなくなっていた。
こうして話してみると、とても親しみやすかった。もっと彼と仲良くなりたいと、心からそう思えた。

「うるせーよ。なんだよギャップ萌えって。…お前、変わってんな」

「そうですか?変わってませんけど?」

「充分変わってるわ。俺の周りにいる女とは違う」

周りにいる女…。これだけ優しい人なら、さぞおモテになることであろう。
だって、放っておけないんだもん。この人のことを…。

「遠回しにモテるアピールですか?…って、私、そんなに変わってますかね?」

自分では気づいていないだけで、そこまで私は変わっているのかと思うと、少しばかり凹んだ。
これから少しずつ、普通の女子になっていこう。目指せ!普通女子…。

「そんなアピールなんかしてないわ。それに俺はモテないから。
あと変わってるって、俺にとっては褒め言葉の意味で言ったんだよ。あんたみたいな女、出会ったことなかったから、なんだか新鮮だ…」

頭をワシワシされたので、髪がボサボサになってしまった。

「もう!髪がボサボサになっちゃったじゃないですか!せっかくおめかししたのに……」

なんてブツブツ文句を言っていたら、後ろから抱きしめられた。
今、何が起きたのか、私はこの状況を上手く飲み込めなかった。

「なんだかあんたのことが放っておけないんだ。
…もっとあんたのことが知りたい」

耳元で甘く囁かれた。それだけで、身体がビクンって反応してしまった。
つい、いつもの癖が出てしまい、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。

「ごめん。いきなり抱きしめて。今すぐ離れるから、安心しろ」

ゆっくりと身体が離れていく。
どうして、抱きしめられても嫌じゃなかったのだろうか。自分でもよく分からなかった。

「だ、大丈夫です…。びっくりはしましたが」

私は愁以外の男性を知らないので、これがどういう意味なのかよく分からなかった。

「あと、敬語で話さなくていい。幸奈が嫌じゃなかったら、連絡先を教えて欲しい」

「いいよ。教えても」

もう敬語で話すのを止め、すんなりと連絡先を教えた。
出会ったばかりで、いきなり抱きしめてくる人のことを、簡単に信用したらいけないのかもしれない。
でも、私はこのまま終わらせたくないと思った。
まだこの人と話したい。愁以外の人に初めてそんな感情を抱いた。

「教えてくれてありがとう。必ず連絡するから、待ってろよ」

それから、蒼空はずっと黙っていたので、私もなんだか黙ってしまった。本当に家の近くまで送ってくれた。
さすがに家までは気が引けたのか途中で、「ここまででいいか?」と言われ、私も「いいよ。送ってくれてありがとう」とお礼を告げた。
「気にすんな。またな」と頭を撫でて去ってしまった。
それから、蒼空は本当に連絡をしてくれた。暫く蒼空とのやり取りは続き、いつしか愁のことを考えることも減った。


           ◇


それは、忘れかけた頃に突然、起きた出来事だった…。
いつか返そうと思っていたが、なるべく愁のことを考えないようにするために、中山くんのことを避けていたら、返すタイミングを逃してしまった。
まさか中山くんの方から、今度は電話がかかってくるとは思わなかった。
最初は気づかないフリをし、電話には応じなかった。
しかし、再び電話がかかってきたので、緊急事態かもしれないと思い、今度はさすがに電話に応じることにした。

「もしもし…」

「大平さん?やっと連絡が取れた。よかった…」

唯一、私の気持ちを知っていた人だ。
もし、まだ責任感を感じているのだとしたら、もう自分のことを責めないでほしい。

「ごめん。バタバタしてて、すっかり連絡するのを忘れてた。何かあった?」

本当は避けてたなんて言えないが…。ここは黙っておくことにしよう。
これはあくまで私の推測に過ぎないが、もしかしたら、中山くんは私がバイトを辞めた理由が何なのか、薄々気づいているのかもしれない。
中山くんは愁と仲が良いので、直接本人からあれこれ事情を聞いた可能性がある。
それで私のことが心配になり、電話をかけてきてくれたのかもしれない。
中山くんが私に愁の気持ちを伝えなければ、私は一生知ることはなかったと思う。
知ったところでもう遅かったが…。それも今となっては良い思い出だ。
まだ完全に気持ちは消えていない。それでも、ようやく前に一歩踏み出せたばかりである。
中山くんには申し訳ないが、今の私は落ち込んでなどいない。中山くんが心配する必要なんてないくらいに。

「大平さん、愁が彼女とやっと別れたって」

え……?今、何て言った?愁が彼女と別れた…?
もしかして、あの時、愁が怒っていたのは、私が愁の話をちゃんと聞かずに、無理矢理関係を終わらせようとしたからってこと?!
どうしてちゃんと最後まで話を聞かなかったのだろうか。もし、あの時、ちゃんと話を聞いていたら、今頃違う未来があったかもしれないのに。

「愁は今でも変わらずに、大平さんのことをずっと想い続けてるよ。
アイツが不器用なことは、もうとっくに知ってるでしょ?アイツから連絡は着てないかもしれないけど、それはただ意地を張ってるだけだから。
ごめん。そろそろ切るね。また連絡するよ」

一方的に通話は途中で切られてしまった。私は愁の気持ちを知らされて、正直戸惑っている。
私はどうしたらいいのだろうか。そもそも愁ってまだ私のことが好きなのかな。
そんな様子、一ミリもこちらに感じさせなかったくせに…。
中山くんの親切心は有難いが、私はもう愁の元へは戻れない。
ようやく前を向いて歩き始めたのだから、もうこんなことを考えるのは止めよう。

あれ?でも待てよ。中山くんの様子から察するに、私と愁の事情を知った上で、愁の気持ちを知らせてくれた。
だとしたら、愁が彼女と別れたのも、私のことを想っているのも、本当ということになる。
益々、分からなくなってしまった。私はどうしたらいいのだろうか。
やっぱり、本人から直接聞かないと、何もかも信じられない。
意地を張ってるわけではなくて、私からお別れを告げたのにも関わらず、こちらから会いにいく勇気が出ないだけだ。
何であんなことをしてしまったのだろうかと、今更になって後悔し始めている。
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