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5章:秘密

32話

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他人が決める勝手なイメージなほど、怖いものはない。
それでも、私の中の愁のイメージは、自信に満ち溢れてる人というイメージが強い。
本当は違うんだろうけども。私はいつの間にか、勝手に決めつけていたのかもしれない。愁にそうであってほしいと…。

「隠してたわけではないが、擽られるタイミングがなかったから、今までバレずに済んだのかもしれないな」

そもそも私の頭の中に、擽るという発想がなかった。
皆、そんなに擽るものなのだろうか。今まで人にされたことも、そんなにないかもしれない。
それに自ら弱いと発言しているので、なるべく擽りをしない方がいいのかもしれない。
でも、いつかしてみたいと、密かにタイミングを窺っているのであった。

「幸奈には余裕があるように見えていたのかもしれないけど、俺にはいつも余裕なんてなかった。
今でも時々、余裕がない時がある。俺って本当は、そんな男だぞ」

私はどんな愁でも愛おしい。受け入れる覚悟がある。
こんな関係であったとしても、私の好きという気持ちは変わらない。

「愁は愁だよ。余裕がない愁も、愛おしいって思うよ」

改まって告白したみたいな形になってしまった。
今更、訂正するのももう遅い。どんな受け止め方をされても、気にしないことにした。

「よかった。イメージと違って、嫌だと思われたら、どうしようかと思った。
幸奈は絶対にそんなことは言わないと信じてたけど、いざこうなると不安だよな」

人の気持ちを知ろうとすることは、それだけ勇気のいること。
誰しも不安になるものだ。私だって、常に不安に苛まれている。

「幸奈のそういう気持ちが俺は嬉しいんだ。ありがとうな」

私の想いは、愁の心の支えになった程度に過ぎない。
今はそれでいい。そういう意味合いで伝えたのだから。
でも、胸が苦しかった。愁にとってはその程度なのかと、卑屈に考えてしまう自分もいた。
そんな自分を早く消し去りたいのに、なかなか消せない。心の奥深くに黒い水溜りが、溜まっていくような感覚がした。

「それならよかった。ちゃんと愁に届いたみたいで」

「あぁ。いつでも幸奈の気持ちは充分、伝わってるよ。いつもありがとうな」

愁のいう気持ちって、きっと優しさとか感謝の気持ちとか、そういった類いのものだと思う。
でも、私の気持ちは違う。いつだって、愁を想っている。他には何もいらないくらいに。

「本当に?それならよかった」

好きって気持ちは、永遠に届かないのかもしれない。
きっと愁は、言葉にしても私の気持ちには、応えてくれないと思う。彼女を選ぶに違いない。
だからこそ愁に、私の気持ちを分かったような顔をされると余計に傷つく。
どうせ付き合ってくれないくせに。変な期待を持たせないでほしい。

「本当だよ。俺は嘘をつかないから」

嘘つきだよ。身体では応えてくれても、気持ちでは応えてくれないじゃん。

「うん。そうだね…」

この恋はずっと一方通行なんだ。交わることは、一生ないのかもしれない。
この旅行が終わりに差し掛かってきているせいか、自分の気持ちも段々と暗くなってきた。
彼女の存在が気にならなかったのに、今は幸せだと思えたのに。
どうして、一番肝心な気持ちだけは交わらないのだろうか。
どんなに甘い言葉を囁いてくれても、私を好きにはなってくれない。
こうなることは、最初から分かっていたはずなのに。
愁にとって私は、本当にただの友達でしかないのだと思い知らされた。

「お前、信じてないって顔してるぞ?
俺は本当だからな。幸奈には絶対に嘘なんてつかないからな」

だって、私には嘘をつく必要がないからだ。
私のせいで、彼女には嘘をつかせているわけだが…。

「愁が嘘をつくのが、苦手な性格なのは分かってるから大丈夫。
信じてないわけじゃないの。ただ、何て言ったらいいのか分からないだけ」

私の方がよっぽど嘘つきだ。肝心な時に尻尾を巻いて、本音を言わないのだから。

「そっか。それならよかった」

優しい笑顔を私に向けてくれた。いつの間にか、抱き寄せられていた肩も離れていた。
またくっつきたい。その想いが通じたのか、愁が正面から抱きしめてくれた。

「よかった。信用されてないんじゃないかって不安で…」

少し声が震えていた。私の言葉一つひとつが、愁の中で大きな意味があるのだと実感させられた。
本当に分かっていなかったのは、私の方なのかもしれない。想いはいつも愁へ届いていたのかもしれない。
今だってそう。抱きしめてほしいと思った時に、愁は抱きしめてくれる。
私の想いは届いてるって言葉は、あながち間違えではなかったのだと思い知った。
だとしたら、私の心の奥底に溢れ出ている想いにも、本当は気づいていて、わざと気づかないフリをしてくれているのかもしれない。

「そんなわけないでしょう?愁のことは信用してるよ。ごめんね、私の言葉が足りなくて…」

背中に腕を回した。優しく背中を撫でるように、手でさすった。

「私は信用してるからこそ、シンプルに伝えたかったの。
それが愁を不安にさせてしまったのならごめんね。ただ、私の中で愁はずっと…」

大好き…。この想いを今、口にしたらどうなるのだろうか。全て終わってしまうのかな。
怖い。でも、いつかまたちゃんと告げなくてはならない。その時はこの想いが叶うと信じて……。

「愁が想ってくれているのと同じくらい、私の中で愁は大切な存在だよ」

今はこれだけでいい。いつかちゃんと好きって伝えるから。それまで傍に居させてほしい。

「俺も幸奈は特別だ。大切すぎて誰にも触れさせたくない。どこかに閉じ込めておきたいくらいに…」

私達はいつも近くにいるのに、どうして恋人同士になることができないのだろうか。
恋人として、上手くやっていけないってことなのかな?今の関係のままの方がいいのかな?

「ありがとう。そこまで大切に想ってもらえて、私は幸せ者だなって思ったよ」

ずっとこのままでいられたらいいのに。私を離さないでほしい…。

「ダメだ。もう我慢できない……」

抱きしめる力が強くなった。今、愁は私が欲しくて欲しくて、堪らないんだ。
本音を言えば、まだ帰りなくない。この魔法が解けないでほしいから。
まだここに居たい。あなたとずっと一緒に居たい。
でも、あなたに抱かれたい。あなたの熱に溺れたいと思う自分もいた。

「早く帰ろう。ホテルに。朝まで抱かせて?」

「好きなだけ私を抱いてください」

わざと耳元で甘く囁いた。愁をドキッとさせるために。

「煽った分、激しくなるのは覚悟しておけよ?」

もちろん、最初からそのつもりだ。分かった上で、わざとやっている。愁にとっては酷な話だが。

「愁も私の本気、覚悟しておいてね」

「分かった。覚悟しておく」

抱き合っていた身体は一旦離れ、手を繋いだ。
私の手を握る愁の力は強く、またいつもより歩くスピードは速かった。
不思議と速いとは感じなかった。自然と歩くスピードを合わせられた。
きっと私も我慢できなかったんだと思う。早くホテルへと帰りたかった。

「幸奈、ホテルに着いたら、すぐにしてもいいか?一分一秒でも無駄にしたくない」

相当、痺れを切らしているみたいだ。
でも大丈夫。それは私も同じだから。

「うん。分かった」

これ以上、煽る言葉は言えなかった。
次第にお互いの口数は減っていき、ホテルまでの道のりは無口だった。
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