君に贈る花

番茶

文字の大きさ
上 下
6 / 6

あの頃は

しおりを挟む










今年もあの季節が近づいてきている。















私たちの婚約をした日は今でもはっきり覚えている。

外は生憎の雨で、私の屋敷に彼女と彼女の両親、そして何故か彼女の兄であるルーニーまでもが来ていた。




「アッシュ様…お久しぶりでございます。」
「シンディ、久しぶりだね。」



久々に会ったシンディはあの頃の可愛らしい面影を残しながらも美しい女性になっていた。
夢に描いていたとおりだ、と思ったのも束の間、彼女が自分に向かって微笑んだ瞬間そんな愚かな想いは吹き飛んだ。



本物だ、本当に彼女がいる。



私の婚約者として。



私は感動を覚えるほどに彼女を実感していた。











「私と結婚してくれますか?」
「はい、喜んで。」









私があんなに愚かでなければ、私たちの結婚は幸せなものになるはずだった。







なんてことはないよくある話。
まだ城勤めとして働き始めたばかりだった私はほとんど家に帰ることが出来なかった。
それも結婚してからほとんど一年をそんな風に過ごしてしまった。
帰れない日が続く中、暇を見つけては手紙を送ったけれど、彼女からの手紙は私を気遣う内容やこちらは大丈夫です、心配しないで、という内容だった。
 

私はそれが不満だったのだ。


正直に欲を言うならば彼女にもっと我儘を言って欲しかった。
本音を秘めた嫌味の一文でもあれば私は喜んでその手紙を後生大事にしただろう。
けれども、彼女からそういった類の手紙は来なかった。
会いたいと言って欲しかった。




「シンディが寂しがってたぞ。」




しかし、私の欲しい一言は彼女の片割れとも言える兄ルーニーの口から聞くこととなった。
私はそれでも浮かれ、そろそろ落ち着いてもいい年齢に差し掛かるというのにその日は若者のようなノリでルーニーと酒を飲んだ。


「そうかそうか、妹は愛されてんなー。良かったよかった。」


程よく酔いも回ってきた頃、ルーニーは年配者のようにふざけた物言いをしてきた。


「私は彼女と結婚するのが夢だったんだ…愛しているのは当然さ。」
「へー?贈り物ひとつしたことないのにそりゃー大した愛だな!」

あっはっは、と上機嫌にブランデーを飲むルーニーの言葉に私は固まった。


「ルーニー、いま、なんて…?」


息をのむ。


「いや、だからさ。結婚に必要な指輪類以外で?あげたことないだろ?シンディに聞いたら何も貰ったことないって笑って誤魔化してたけど…?」
「な、なんてことだ…!」
「え…?」










そんなこんなで。
私はとてつもなく重大な失態を犯していることに気付かされた。
愛してると言いながら義務的な最小限の贈り物以外なにも渡したことがないなんて!
手紙ではいつも不自由はないか聞いてはいるものの、彼女とて実家からそれ相応の荷物は持ってきていたため、その件について答えはいつも「不自由なく足りております。」の一言だった。
いや、言い訳だ。
これは言い訳に過ぎない。





私は贈り物を考えた。
彼女の欲しいもの、似合うもの、相応しい愛の形を求めて。






そして考えついた。









「そうだ、彼女に花火をプレゼントしよう。」

王都で毎年行われる祭。
その最後のセレモニーとして行われている花火は寄付をすればその分の花火を打ち上げてくれるのだ。
家に帰れないほど働いてきた自分ならばセレモニーの最後のラストスパートを飾るほどの花火を用意できる。
そうして彼女に聞こえるだけの愛を囁き、アクセサリーを贈ろう。
ベタすぎる、と後日相談したルーニーには笑われたがそれでよかった。
彼女も笑ってくれるだろうか。
彼女が笑ってくれるならそれでいい、それがいい。私の頭の中はそれでいっぱいだった。


ちょうど祭は結婚記念日の前日ということもあったし、上司の話を信じるならば次の年からはせめて夜には家に着くほどの勤務体制になるという。
実はこのこともまだ彼女には話していない。


直接伝えたい。
じっくりとは言えないが少しずつ着実に彼女との時間を持ちたい気持ちを全力で伝えよう。




私は着々と準備をしその日を待った。
王都まで彼女を呼び出す手紙はもう送った。
恐らく彼女のことだ、「楽しみにしております。」という返事が返ってくるに違いない。
本当に、本当に後は楽しむだけだったのだ。





あの事故がなければ。








しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。

水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。 主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。 しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。 そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。 無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。 気づいた時にはもう手遅れだった。 アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

処理中です...