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口は災いの元
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なんで、ここに細谷がいるんだ……!?
爽太は突然目の前に現れたクラスメイト、友達である細谷から目が離せなかった。緊張して鼓動が激しくなり、変な息苦しさを感じる。側に居る高木も呼吸が少し荒ぶっていた。
そんな2人に対し、細谷は曖昧な笑みを浮かべている。
3人とも、マンボウが泳ぐ水槽前で身動きが取れずにいると、細谷がそっと口を開いた。
「あ、あの」
「「へっ!?」」
高木と爽太が驚いた声を上げる。すると細谷がぎこちなく笑った。
「こ、この先に休憩エリアがあるから……、お、お話でも、どうかな?」
細谷の提案に、高木と爽太は同時に大きく頷いた。
*
細谷の案内で水族館内を進むと、休憩エリアらしきところに着いた。
明るい照明で落ち着いた雰囲気。先ほどまでは海の中をイメージしたような、ほの暗い明かりだっただけに、爽太はちょっと気分が軽くなった気がした。
休憩エリアは、学校の教室くらいの広さがある。所々にオシャレでカラフルなボックスソファが置いてあり、そこに来館者が自由に座ってくつろいでいる様子がちらほら見えた。
「あっ、あそこ。席、空いてるね」
細谷が、3人掛け用の、横に長いボックス席を指さした。あそこで良いかな? といった感じでこちらに顔を向ける。爽太がゆっくりと頷くと、側にいる高木も同じように首を縦に振った。
3人は横長のボックス席へ向かう。
「えっと……、ど、どこ座りたい?」
細谷の尋ねる声。
「お、俺は、ど、どこでも良いぞ」
「わ、私も、ど、どこでも良いよ」
爽太と高木が戸惑いながらも答える。誰もすぐに座ろうとはしない。しばらくして、細谷が遠慮がちに端っこに座った。すると、高木が空いている端にそっと腰を下ろしていく。
あっ!? 俺、真ん中じゃん……。
高木と細谷に挟まれて座るのが非常に気まずい。だが、どこでも良いと言ったから仕方ない。
爽太はゆっくりと中央に座った。強ばった表情で目線を左右に向ける。
中央の自分から右手側に高木、左手側には細谷が座っていた。
「「「…………」」」
3人とも無言。静かな時間が刻々と刻まれていく。
「え、えっと! こ、ここにはよく来るの?」
細谷が急に話し出した。爽太は慌てて口を開く。
「あっ、いや!? そ、そんなには……」
「そ、そっか……。た、高木さんは?」
「へっ!? えっと……、わ、私も、そんなに来ることはないかな……」
「そ、そうなんだ~、…………」
また会話が止まりそうだった。その雰囲気を察してか、高木が明るい声を上げた。
「ほ、細谷くんは! よ、良く来るんだよね? 前にさ! は、話してたし!」
「へっ!? そ、そうだねっ! 僕、水族館がす、好きだから! 学校が休みの日は、1人でよく来たりするんだよ! きょ、今日みたいに!! あははっ! でも、2人に会うとは思ってなくて……! び、びっくりしたなぁ~……!!」
「うっ!? 、うん……!! そ、そうだよねっ……!! わ、私達もびっくりしちゃった!! ねえっ! そ、爽太!」
「へっ!? お、おう!!」
「「「あ、はははは……!!」」」
3人して白々しい笑い声を響かせた後、また静かな時間に包まれる。
細谷が水族館大好きだということ、そして、1人でよく来ることも、アリスとのデートプランを考えているとき、確かに聞いていたなあ……。
爽太はしみじみ思った。でも、まさか高木とデートの練習しているときに会うなんて……、ほんとタイミングが悪すぎる。
「はあ~……」
「「つっ!?」」
爽太のため息に、高木と細谷が過剰に反応した。2人の顔が急にこちらに向く。
高木が顔をしかめた。
「なんなの……! そのため息はっ?」
「へっ!? い、いやぁ~!? その、な、なんか、く、空気がちょっと重いなあ~、みたいな……、ね?」
爽太が理由を継げると、高木が鋭い目を向けてきた。言われなくても分かってるわよ、と言いたげな感じだ。
「ご……、ごめんね……」
ふと、細谷の弱々しい声が左側から聞こえた。爽太が急いでそちらに顔を向けると、細谷は何やら落ち込んでいた。
「そ、その……。僕が2人に声をかけたりしたから……、ご、ごめん」
「い、いやいや!! な、何でほ、細谷が謝るんだよ!」
「う、うん! そ、そうだよ! 細谷くん!」
高木も声を張る。だが、細谷の表情は晴れない。
「で、でも…………、うん、やっ、やっぱり!! ふ、2人のこと見て見ぬ振りをするべきだったよね……っ!!」
「「へっ!?」」
爽太と高木が声を揃えて驚く。すると細谷は、2人を真剣な眼差しで見つめる。細谷が意を決したように、口を開いた。
「だ、だって2人は、で、で、デー」
「細谷くん!! それち、違うからっ!!」
高木が急に高い声を上げた。
つっ!?
爽太の右耳がキーンと鳴る。い、いきなり大声出すなよ!?
「えっ……!? ち、違う??」
細谷が目を丸くして、不思議そうに小首を傾げる。すると高木が、こくこく! と慌ただしく頷いた。
「あ、あのねっ……、つっ!! そ、その! ア、アリスちゃんのためなのっ!!」
「なっ!? おいっ、高木!? もがもが!?」
「爽太はちょっとだまっててっ!!」
爽太が思わず声を上げると、高木は小さな両手で口を塞いできた。柔らかな手のひらの感触が唇に直に伝わる。爽太がどぎまぎしているなか、高木はそのまま話を続ける。
「じ、実はね……、その~……、ア、アリスちゃんをね!! す、水族館に連れていくための……、し、下見なの!!」
「え? し、下見?」
「うん!! ほ、ほら!! アリスちゃんって、まだ日本に来て間もないでしょ? だ、だから、休みの日に、どこか連れて行ってあげたいなって思って! そ、その下見ってとこ!」
おお!! な、ナイス! 高木!!
爽太は高木の口の上手さに、内心ガッツポーズした。これなら俺が、アリスとのデート練習をしていたなんて思わない。それに、俺と高木がデートしているという誤解も解ける。細谷、これで納得してくれ!
「な、なるほど……」
細谷が少し頷いた。だが――、
「でも、その下見になんで、そ、爽太くんが一緒に?」
「へっ? あっ……、そ、それは、えっと、あの……、そ、爽太も一緒に行く予定だから……。さ、3人で」
「えっ? さ、3人で?」
「う、うん」
「……、どうして……、爽太くんなの?」
細谷が、少し問い詰めるように高木に聞いた。あ、あれ、細谷? なんかいつもの優しい雰囲気とちょっと違う?
すると高木が返答に困っていた。口元をわなわなとさせている。爽太はハッと我に返った。
た、高木! 頑張れ! 後もう一押しだから!! ほら! ファイト!!
爽太は心のなかで必死に応援するも、細谷の質問ももっともだと感じていた。だって普通は女の子の友達とか連れて、下見に来るよな。俺でなきゃいけない理由が、そこにない。
「……ねえ、高木さん」
「な!? なに? ほ、細谷くん?」
「その……、無理して、嘘つかなくても良いよ……?」
「えっ……?」
細谷の何か察したような表情。とても穏やかで、どこか物悲しそうにしていた。
「ほんとは、違うんでしょ?」
「そ、そんなこと……!! ち、違うの……!」
「あはははは……、大丈夫。僕らだけの、秘密にしておくから」
「ほ、細谷くん……!?」
高木が声を詰まらせる。爽太の口をぎゅっと塞いでいた両手の力強さが弱くなっていく。高木の両手が震えたのが分かった。急に頼りなくなる小さな両手に、爽太の心が大きく揺れる。
お、おい、おい。……たく、いつもは上から目線で、俺のことすぐ殴る、生意気な奴なのに……。急にか弱くなりやがって……。あ~、もう! 調子くるうなッ!? くっ……!! た、高木は……、割と良い奴だから……。それに……、俺も、高木と変な勘違いされるのはごめんだからな。
「ほんとはさ、爽太くんとデー」
「ほ、細谷!!」
爽太は大きな声を上げ、細谷の言葉を止めた。自分の口を塞いでいた高木の両手を無理矢理外していた。
細谷が目をぱちぱちとさせ、驚いたように爽太を見つめる。
「そ、爽太くん……?」
「えっと……! こ、これにはさ、ちゃんとした理由があるんだ!!」
爽太はそう言った後、チラリと高木の方を見た。高木の丸い瞳が少し揺れていた。事の成り行きが不安、といったところだろうか。
「ちょ、ちょっと、爽太――」
「大丈夫だから」
爽太は、にっと笑った。高木の目が見開く。
まっ、ここは俺に任せてくれよ。ちゃんと、あるからさ。何で俺がアリスのために、高木と一緒に水族館に下見に来ているのか。
アリスに間違って告白してしまったこと、デートの誘いをしたことには触れず、なおかつ、高木とのあらぬ疑いも無くなるような、俺らしいバカな理由がさ。
「そ、爽太くん? り、理由って……」
「ああ、その理由なんだけど、んんっ……」
爽太は軽く喉を整えた。そして、細谷にしっかりと告げた。
「アリスの、パンツを見ちゃったからなんだッ!!」
「へえっ!?」
細谷は驚きの声を上げた。頬は紅潮しだし、せわしなく両手をわたわたさせている。うん、よし! 計画通り!!
「あ、あんたはいきなり何言ってんのよッ!!」
「いっ!? あだだだだだだっ!?」
高木が爽太の手の甲をおもいっきりつねった。
「ち、違う!! お、落ち着け!! お、俺の話を最後まで聞いて!!」
高木がしぶしぶ、つねるのを止める。だが、爽太をゴミでも見るかのような目つきで見下していた。あんたに、期待した私がバカだった、と言わんばかりだ。
「え、えっと、そ、爽太くん? そ、その、い、一体ど、どいう?」
すると、細谷が恐る恐る尋ねてきた。爽太は、気持ちを整え、ゆっくりと口を開く。
「その、俺さ、アリスにスカートめくりしただろ?」
「へっ……!? あっ……、う、うん」
「でさ、俺、アリスにちゃんと謝ったんだけど、まだすごく避けられてて。それで、高木に相談したんだよ。仲良くなるには、どうしたらいいか。ほら、高木はさ、女子のクラス委員だろ」
「えっ? あっ、う、うん」
「そしたらさ、高木が、アリスを水族館に連れて行く予定を立てているの教えてくれて。俺も一緒に行きたいってお願いしたんだ。アリスと一緒に遊んで、仲良くなりたいから、って」
爽太が言い終えると、細谷は、穏やかな顔で、大きく頷いた。
「なるほど……。確かに……、アリスちゃん爽太くんのこと、他の男子よりも避けてるもんね……」
うっ……!? 細谷も、気付いていたか。爽太の額に嫌な汗がつたう。だが、ほんとは俺が間違って告白したからなんだけど、そんなの恥ずかしくて言えない。
「そ、そうなのよ!!」
すると高木が大きな声を上げた。
「ほんとは私、女子だけで行こうと思ってたの! そしたら爽太があまりにも泣きつくから!! アリスちゃんと一緒に水族館に行きたい! 仲良くなりたい!! ってね。まあ~、私はクラス委員だし、見過ごすわけにはいかないじゃない? ほんと困った奴よっ、ふふ~んっ!」
高木が胸をムンッと張る。なんとも鼻につく態度だが、爽太は堪えた。ここで文句を言って、嘘とばらす訳にもいかない。
「ま、まあ……、そ、そんなとこだ」
すると、細谷が少しほっとしたように息を吐いた。どうやら疑いが晴れた感じだ。はあ~、よかった。これでなにごともなく――、
「じゃあ僕も、一緒に水族館にいっちゃだめかな?」
「……、ん? んん!? ええっ!?」
爽太は思わず声を荒げた。すると、細谷が少し上目づかいで尋ねてくる。
「だ、だめかな」
「へっ!? い、いや、あの、だめというか!? な、なんで細谷も!?」
すると、細谷が佇まいをなおした。
「あ、あの、僕もクラス委員だし、爽太くんが、アリスちゃんのスカートにそのイタズラしたの……、止められなかった負い目もあるから。爽太くんの力になりたいんだ」
「い、いや、そんなのき、気にしなくても良いよ……!?」
爽太が戸惑いながら言うと、細谷が力強い目で見つめてきた。
「ううん! そんなことない! 爽太くんがアリスちゃんと仲良くなるために、しっかりフォローしたいし! だから、だめかな?」
細谷が真っ直ぐな眼差しで見つめてくる。爽太の良心が痛む。このまま断るのは悪い気がした。
「いや俺は……、ど、どちらでも……、高木が良いというなら」
「なっ!? ちょ、ちょっと、爽太!?」
急に爽太から判断を委ねられた高木。その表情は、とても憤慨なさっていた。
「た、高木さん、だめかな?」
「へっ!? いや、あの!? …………、ぜ、全然良いよ、すごく助かるっ! あははははっ!」
細谷の表情がぱあっと明るくなる。爽太と高木の口元が少し引きつっていることに気づかず。
「ありがとう! 爽太くん! それに、高木さん!」
細谷の嬉し気な微笑み。高木と爽太は、満面の作り笑顔で答えた。そしてこの後3人で、とりあえず仲良く水族館を下見したのだった。
爽太は突然目の前に現れたクラスメイト、友達である細谷から目が離せなかった。緊張して鼓動が激しくなり、変な息苦しさを感じる。側に居る高木も呼吸が少し荒ぶっていた。
そんな2人に対し、細谷は曖昧な笑みを浮かべている。
3人とも、マンボウが泳ぐ水槽前で身動きが取れずにいると、細谷がそっと口を開いた。
「あ、あの」
「「へっ!?」」
高木と爽太が驚いた声を上げる。すると細谷がぎこちなく笑った。
「こ、この先に休憩エリアがあるから……、お、お話でも、どうかな?」
細谷の提案に、高木と爽太は同時に大きく頷いた。
*
細谷の案内で水族館内を進むと、休憩エリアらしきところに着いた。
明るい照明で落ち着いた雰囲気。先ほどまでは海の中をイメージしたような、ほの暗い明かりだっただけに、爽太はちょっと気分が軽くなった気がした。
休憩エリアは、学校の教室くらいの広さがある。所々にオシャレでカラフルなボックスソファが置いてあり、そこに来館者が自由に座ってくつろいでいる様子がちらほら見えた。
「あっ、あそこ。席、空いてるね」
細谷が、3人掛け用の、横に長いボックス席を指さした。あそこで良いかな? といった感じでこちらに顔を向ける。爽太がゆっくりと頷くと、側にいる高木も同じように首を縦に振った。
3人は横長のボックス席へ向かう。
「えっと……、ど、どこ座りたい?」
細谷の尋ねる声。
「お、俺は、ど、どこでも良いぞ」
「わ、私も、ど、どこでも良いよ」
爽太と高木が戸惑いながらも答える。誰もすぐに座ろうとはしない。しばらくして、細谷が遠慮がちに端っこに座った。すると、高木が空いている端にそっと腰を下ろしていく。
あっ!? 俺、真ん中じゃん……。
高木と細谷に挟まれて座るのが非常に気まずい。だが、どこでも良いと言ったから仕方ない。
爽太はゆっくりと中央に座った。強ばった表情で目線を左右に向ける。
中央の自分から右手側に高木、左手側には細谷が座っていた。
「「「…………」」」
3人とも無言。静かな時間が刻々と刻まれていく。
「え、えっと! こ、ここにはよく来るの?」
細谷が急に話し出した。爽太は慌てて口を開く。
「あっ、いや!? そ、そんなには……」
「そ、そっか……。た、高木さんは?」
「へっ!? えっと……、わ、私も、そんなに来ることはないかな……」
「そ、そうなんだ~、…………」
また会話が止まりそうだった。その雰囲気を察してか、高木が明るい声を上げた。
「ほ、細谷くんは! よ、良く来るんだよね? 前にさ! は、話してたし!」
「へっ!? そ、そうだねっ! 僕、水族館がす、好きだから! 学校が休みの日は、1人でよく来たりするんだよ! きょ、今日みたいに!! あははっ! でも、2人に会うとは思ってなくて……! び、びっくりしたなぁ~……!!」
「うっ!? 、うん……!! そ、そうだよねっ……!! わ、私達もびっくりしちゃった!! ねえっ! そ、爽太!」
「へっ!? お、おう!!」
「「「あ、はははは……!!」」」
3人して白々しい笑い声を響かせた後、また静かな時間に包まれる。
細谷が水族館大好きだということ、そして、1人でよく来ることも、アリスとのデートプランを考えているとき、確かに聞いていたなあ……。
爽太はしみじみ思った。でも、まさか高木とデートの練習しているときに会うなんて……、ほんとタイミングが悪すぎる。
「はあ~……」
「「つっ!?」」
爽太のため息に、高木と細谷が過剰に反応した。2人の顔が急にこちらに向く。
高木が顔をしかめた。
「なんなの……! そのため息はっ?」
「へっ!? い、いやぁ~!? その、な、なんか、く、空気がちょっと重いなあ~、みたいな……、ね?」
爽太が理由を継げると、高木が鋭い目を向けてきた。言われなくても分かってるわよ、と言いたげな感じだ。
「ご……、ごめんね……」
ふと、細谷の弱々しい声が左側から聞こえた。爽太が急いでそちらに顔を向けると、細谷は何やら落ち込んでいた。
「そ、その……。僕が2人に声をかけたりしたから……、ご、ごめん」
「い、いやいや!! な、何でほ、細谷が謝るんだよ!」
「う、うん! そ、そうだよ! 細谷くん!」
高木も声を張る。だが、細谷の表情は晴れない。
「で、でも…………、うん、やっ、やっぱり!! ふ、2人のこと見て見ぬ振りをするべきだったよね……っ!!」
「「へっ!?」」
爽太と高木が声を揃えて驚く。すると細谷は、2人を真剣な眼差しで見つめる。細谷が意を決したように、口を開いた。
「だ、だって2人は、で、で、デー」
「細谷くん!! それち、違うからっ!!」
高木が急に高い声を上げた。
つっ!?
爽太の右耳がキーンと鳴る。い、いきなり大声出すなよ!?
「えっ……!? ち、違う??」
細谷が目を丸くして、不思議そうに小首を傾げる。すると高木が、こくこく! と慌ただしく頷いた。
「あ、あのねっ……、つっ!! そ、その! ア、アリスちゃんのためなのっ!!」
「なっ!? おいっ、高木!? もがもが!?」
「爽太はちょっとだまっててっ!!」
爽太が思わず声を上げると、高木は小さな両手で口を塞いできた。柔らかな手のひらの感触が唇に直に伝わる。爽太がどぎまぎしているなか、高木はそのまま話を続ける。
「じ、実はね……、その~……、ア、アリスちゃんをね!! す、水族館に連れていくための……、し、下見なの!!」
「え? し、下見?」
「うん!! ほ、ほら!! アリスちゃんって、まだ日本に来て間もないでしょ? だ、だから、休みの日に、どこか連れて行ってあげたいなって思って! そ、その下見ってとこ!」
おお!! な、ナイス! 高木!!
爽太は高木の口の上手さに、内心ガッツポーズした。これなら俺が、アリスとのデート練習をしていたなんて思わない。それに、俺と高木がデートしているという誤解も解ける。細谷、これで納得してくれ!
「な、なるほど……」
細谷が少し頷いた。だが――、
「でも、その下見になんで、そ、爽太くんが一緒に?」
「へっ? あっ……、そ、それは、えっと、あの……、そ、爽太も一緒に行く予定だから……。さ、3人で」
「えっ? さ、3人で?」
「う、うん」
「……、どうして……、爽太くんなの?」
細谷が、少し問い詰めるように高木に聞いた。あ、あれ、細谷? なんかいつもの優しい雰囲気とちょっと違う?
すると高木が返答に困っていた。口元をわなわなとさせている。爽太はハッと我に返った。
た、高木! 頑張れ! 後もう一押しだから!! ほら! ファイト!!
爽太は心のなかで必死に応援するも、細谷の質問ももっともだと感じていた。だって普通は女の子の友達とか連れて、下見に来るよな。俺でなきゃいけない理由が、そこにない。
「……ねえ、高木さん」
「な!? なに? ほ、細谷くん?」
「その……、無理して、嘘つかなくても良いよ……?」
「えっ……?」
細谷の何か察したような表情。とても穏やかで、どこか物悲しそうにしていた。
「ほんとは、違うんでしょ?」
「そ、そんなこと……!! ち、違うの……!」
「あはははは……、大丈夫。僕らだけの、秘密にしておくから」
「ほ、細谷くん……!?」
高木が声を詰まらせる。爽太の口をぎゅっと塞いでいた両手の力強さが弱くなっていく。高木の両手が震えたのが分かった。急に頼りなくなる小さな両手に、爽太の心が大きく揺れる。
お、おい、おい。……たく、いつもは上から目線で、俺のことすぐ殴る、生意気な奴なのに……。急にか弱くなりやがって……。あ~、もう! 調子くるうなッ!? くっ……!! た、高木は……、割と良い奴だから……。それに……、俺も、高木と変な勘違いされるのはごめんだからな。
「ほんとはさ、爽太くんとデー」
「ほ、細谷!!」
爽太は大きな声を上げ、細谷の言葉を止めた。自分の口を塞いでいた高木の両手を無理矢理外していた。
細谷が目をぱちぱちとさせ、驚いたように爽太を見つめる。
「そ、爽太くん……?」
「えっと……! こ、これにはさ、ちゃんとした理由があるんだ!!」
爽太はそう言った後、チラリと高木の方を見た。高木の丸い瞳が少し揺れていた。事の成り行きが不安、といったところだろうか。
「ちょ、ちょっと、爽太――」
「大丈夫だから」
爽太は、にっと笑った。高木の目が見開く。
まっ、ここは俺に任せてくれよ。ちゃんと、あるからさ。何で俺がアリスのために、高木と一緒に水族館に下見に来ているのか。
アリスに間違って告白してしまったこと、デートの誘いをしたことには触れず、なおかつ、高木とのあらぬ疑いも無くなるような、俺らしいバカな理由がさ。
「そ、爽太くん? り、理由って……」
「ああ、その理由なんだけど、んんっ……」
爽太は軽く喉を整えた。そして、細谷にしっかりと告げた。
「アリスの、パンツを見ちゃったからなんだッ!!」
「へえっ!?」
細谷は驚きの声を上げた。頬は紅潮しだし、せわしなく両手をわたわたさせている。うん、よし! 計画通り!!
「あ、あんたはいきなり何言ってんのよッ!!」
「いっ!? あだだだだだだっ!?」
高木が爽太の手の甲をおもいっきりつねった。
「ち、違う!! お、落ち着け!! お、俺の話を最後まで聞いて!!」
高木がしぶしぶ、つねるのを止める。だが、爽太をゴミでも見るかのような目つきで見下していた。あんたに、期待した私がバカだった、と言わんばかりだ。
「え、えっと、そ、爽太くん? そ、その、い、一体ど、どいう?」
すると、細谷が恐る恐る尋ねてきた。爽太は、気持ちを整え、ゆっくりと口を開く。
「その、俺さ、アリスにスカートめくりしただろ?」
「へっ……!? あっ……、う、うん」
「でさ、俺、アリスにちゃんと謝ったんだけど、まだすごく避けられてて。それで、高木に相談したんだよ。仲良くなるには、どうしたらいいか。ほら、高木はさ、女子のクラス委員だろ」
「えっ? あっ、う、うん」
「そしたらさ、高木が、アリスを水族館に連れて行く予定を立てているの教えてくれて。俺も一緒に行きたいってお願いしたんだ。アリスと一緒に遊んで、仲良くなりたいから、って」
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「なるほど……。確かに……、アリスちゃん爽太くんのこと、他の男子よりも避けてるもんね……」
うっ……!? 細谷も、気付いていたか。爽太の額に嫌な汗がつたう。だが、ほんとは俺が間違って告白したからなんだけど、そんなの恥ずかしくて言えない。
「そ、そうなのよ!!」
すると高木が大きな声を上げた。
「ほんとは私、女子だけで行こうと思ってたの! そしたら爽太があまりにも泣きつくから!! アリスちゃんと一緒に水族館に行きたい! 仲良くなりたい!! ってね。まあ~、私はクラス委員だし、見過ごすわけにはいかないじゃない? ほんと困った奴よっ、ふふ~んっ!」
高木が胸をムンッと張る。なんとも鼻につく態度だが、爽太は堪えた。ここで文句を言って、嘘とばらす訳にもいかない。
「ま、まあ……、そ、そんなとこだ」
すると、細谷が少しほっとしたように息を吐いた。どうやら疑いが晴れた感じだ。はあ~、よかった。これでなにごともなく――、
「じゃあ僕も、一緒に水族館にいっちゃだめかな?」
「……、ん? んん!? ええっ!?」
爽太は思わず声を荒げた。すると、細谷が少し上目づかいで尋ねてくる。
「だ、だめかな」
「へっ!? い、いや、あの、だめというか!? な、なんで細谷も!?」
すると、細谷が佇まいをなおした。
「あ、あの、僕もクラス委員だし、爽太くんが、アリスちゃんのスカートにそのイタズラしたの……、止められなかった負い目もあるから。爽太くんの力になりたいんだ」
「い、いや、そんなのき、気にしなくても良いよ……!?」
爽太が戸惑いながら言うと、細谷が力強い目で見つめてきた。
「ううん! そんなことない! 爽太くんがアリスちゃんと仲良くなるために、しっかりフォローしたいし! だから、だめかな?」
細谷が真っ直ぐな眼差しで見つめてくる。爽太の良心が痛む。このまま断るのは悪い気がした。
「いや俺は……、ど、どちらでも……、高木が良いというなら」
「なっ!? ちょ、ちょっと、爽太!?」
急に爽太から判断を委ねられた高木。その表情は、とても憤慨なさっていた。
「た、高木さん、だめかな?」
「へっ!? いや、あの!? …………、ぜ、全然良いよ、すごく助かるっ! あははははっ!」
細谷の表情がぱあっと明るくなる。爽太と高木の口元が少し引きつっていることに気づかず。
「ありがとう! 爽太くん! それに、高木さん!」
細谷の嬉し気な微笑み。高木と爽太は、満面の作り笑顔で答えた。そしてこの後3人で、とりあえず仲良く水族館を下見したのだった。
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