ガールフレンドのアリス

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保健室にて-1

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「んん……」

 爽太の口元から小さな声が漏れた。うっすらと開いた目に真っ白な天井が映る。見慣れない天井に、爽太の瞳が丸くなった。

 えっと……、あっそっか、ここ保健室か。

 周囲を見渡すと、白のカーテンが自分の寝ているベッドを囲んでいた。
 爽太は細谷に保健室に連れられた後、すぐベッドに横になった。肌触りの良いシーツや布団に包まれてから、記憶が無い。気付いたら寝ていた、ってとこだろう。
 布団を持ち上げ、ゆっくりと上半身を起こした。

「ふぅー」

 ぐっすり寝たおかげか気分がすごく良い。体も軽い。しばらくぼーっとしていると、シャッ、とカーテンが開いた。

「おはよ」

 明るい声とともに、白衣を着た大人の女性が顔を覗かせた。保健室の先生だ。

「あっ、お、おはようございます」

 あまり接することがない保健室の先生に、寝起きの挨拶を交わすのは気恥ずかしかった。

「気分はどう?」
「えっ? あ~、すごく良いです」
「そう、なら良かった」

 保健室の先生は嬉しそうに微笑みながら、爽太のベッドのそばにあるパイプ椅子に腰かけた。ふわりと甘い香りが爽太の鼻孔をくすぐる。シャンプーの香りだろうか。

「ん~?」

 保健室の先生がふいに、爽太の顔を覗き込む。端正で綺麗な顔が近づいてきたかと思うと、白くて綺麗な手が伸びてきた。爽太のまぶたに優しく触れる。少しひんやりとしていて、柔らかな感触。緊張して頬が引きつる。だが保健室の先生はそんなことに気づきもせず、薄く淡い唇をそっと開いた。

「顔色もだいぶ良くなったね~、目のくまも、もう無いし。うんうん、若いって良いねぇ~。でもだからって、遅くまで起きてちゃだめだぞ。昨日は、夜遅くまでゲームしてたってとこかな?」

 そう言いながら笑う保健室の先生。肩までかかった艶のある黒髪が少し揺れ、その表情はとても可愛らしい。大人な雰囲気から、急に子供っぽくおどけた感じになって、どう反応したら良いか戸惑う。それに、昨日眠れなかったのはゲームをしていたわけではない。高木にデートの練習を頼んだことが恥ずかしすぎて、眠れなかったわけで。だが、そんなこと言えるわけがない。

 爽太が曖昧に頷くと、保健室の先生は苦笑する。

「これからはちゃんと寝るんだよ~。さて、おでこのほうは、まだ痛いかな?」
「へっ? おでこ? あっ」

 一瞬なんのことか疑問に思ったが、すぐに気づいた。自分はおでこを2回も強打していたんだった。トイレのドアや、教室のドアに。思い返すとすごく恥ずかしい。保健室の先生も知っているんだろうなぁ。まあトイレのドアは知らないだろうけど。
 爽太は自分のおでこに触れた。布みたいな肌ざりが指先に伝わる。少し弾力もあった。あっ、これっておでこを冷やすやつかな。

「どう? まだ痛い?」
「えっ? あっ、いやあの……、全然痛く無いです、大丈夫」
「そう、良かった」

 保健室の先生は安心した声音で言うと、スッと爽太から顔を離した。そのことに思わずホッとする。

「でもまあ、もう少しここでゆっくりしててね」
「あっ、はい」

 保健室の先生が椅子から立ち上がる。爽太のベッドから離れカーテンを閉める際、こっちを振り向いた。

「あっ、そうそう。もうすぐお昼休みになるけど、食欲のほうは―――」

 くぅ~。

 爽太のお腹が、小さく可愛らしい音で返事をした。保健室の先生がにんまりと笑う。

「うんうん」

 爽太の正確な腹時計に、保健室の先生は満足げに頷いた。爽太の顔が真っ赤になる。

「あっ、あの、これは―――」
「給食はここに持ってきてあげるからね。ふふっ、ゆっくり休んでなさい」
「はっ、はい……」

 保健室の先生が楽し気な表情でカーテンをゆっくり閉めた。

 爽太はお腹を軽くたたく。なに恥ずかしいことしてんだ、このアホ。はあ~……。

 短いため息を付きながら、ベッドにまた横になった。

 カサッ。 

「ん?」

 なにやら紙が擦れるような音。右ポケットあたりから聞こえた。ハッとする。そうだ、高木からの手紙を入れっぱなしだったな。
 爽太はカーテンが閉まっていることを確認し、手紙を取り出して開ける。
 英語で書かれた文章。日本語では、

(意味:来週の土曜日か日曜日、水族館に遊びに行きませんか。良い日に〇をつけてください。)

とある。

アリスをデートに誘うための文章。

 爽太の気分が重くなる。ほんと、今日はこの手紙のせいでえらい目にあった。
 ラブレターと勘違いするわ、手紙を読んでいて遅刻しそうになるわ、頭を教室のドアにぶつけるわ……。
 ふと脳裏に、高木のビックリしている表情、そしてアリスの心配する顔が浮かんだ。
 2人にどんな顔して会えばいいのか、頭の中でぐるぐるとかけめぐる。
 ふう……、今考えるのはよそう。ゆっくり休みたい。
 爽太はポケットに手紙をしまうと、柔らかなベッドの心地よさに身をゆだねた。しばらくしてから、昼休みを知らせるチャイムの音が鳴った。
 くぅ~、とまたお腹が鳴って、そんな自分に苦笑いがこぼれた。
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