ガールフレンドのアリス

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保健室で休戦

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 男子トイレの個室で、爽太は意を決して高木からの手紙を開いた。

「へっ!? なにこれ?」

 爽太は驚きとともに首を傾げた。何が書いてあるのかまったくわからない。

 これって、英語か?

 アルファベットで書かれた文らしきもの。意味を理解できず、爽太はただ視線で左から右へとなぞっていった。するとやっと読める文字、日本語が目に映った。

(意味:来週の土曜日か日曜日、水族館に遊びに行きませんか。良い日に〇をつけてください。)

 そして、来週の土日である日付が記載されている。

 あれ? 高木と水族館に行くのは今週の土曜日だよな。

 爽太は小首を傾げる。もしかして都合が悪くなったから急きょ手紙で知らせたのだろうか。でもなんで英語を使ってるんだ? ん? 

 高木の手紙には続きがあった。

(この手紙に書いてある英文をちゃんと間違えずに書くこと! 間違ったら承知しないから。それでちゃんと渡して返事をもらうのよ、アリスちゃんから)

「えっ? アリスから返事を―――、あっ!? ああっ!! そ、そういうことかッ!!」

 爽太は思わず声を上げた。この手紙には、アリスをデートにお誘いするための例文が書いてあったのだ。そういえば昨日高木が、アリスに渡すための手紙の文章を考えてあげる、と言っていたことを思い出した。

「はぁ~、なんだよ、驚かせやがって……」

 爽太は座っていた便座の上で、大きなため息をつく。強ばっていた表情がほぐれたが、ちょっと頬が赤くなる。高木からのラブレターと勘違いした自分が恥ずかしかった。

「ま、まあなんにせよ、これに書いてある通りに、英語の文を書いて、アリスに渡せばいいということか」

 いよいよ、アリスとのデートに向け行動するときが来た。爽太はごくりと喉を鳴らした。デートを無事にできるのか不安がよぎる。だが、まだ何もしてないのにそんな心配しても仕方がない。

「まずは手紙をちゃんと書いて、アリスに渡すことだよな……」

 高木からの手紙を見つめながら小さく呟いたときだった。

 突如、予鈴があたりに鳴り響いた。

「なっ!?」

 しまった!? 早く教室に行かないと!

 学校にいるのに遅刻するなんてありえない。

 爽太は慌てて手紙をズボンのポケットに押し込んだ。トイレのドアを勢いよく開けようとして―――、

ドガッ!!

「っつ!? いっ、てぇっ!?」

 鍵をかけたままのドアに思いっ切り額をぶつけた。

「あ~! もう! 何やってんだ俺はッ!」

 ぶつけたおでこをさすりながら急いで鍵を外し、トイレから飛び出した。廊下には誰もいない。爽太1人だけだった。

 キーンコーンカーンコーン。

「や、やばい!」

 本鈴を合図に爽太は廊下を走り出した。『走ってはいけない』なんて気にしている余裕はなかった。

「はあ……! はあ……! あっ!?」

 自分の教室が見えた。だが開いていたドアの先に担任の背中が見えた。ちょうど教室に入ったところだった。

 う、うそだろ!? ええいっ! まだ間に合う! 

 先生とほぼ同時に教室に入れば、ぎりぎり遅刻はまぬがれるはず。
 先生が前を向いたまま手を後ろに伸ばし、教室のドアをゆっくりカラカラと締め出した。

 ま、間に合え!! 

 爽太は走る速度を上げた。前のめりになる。片手を伸ばし、閉まるドアを止める体制で走ろうとしたら、足がもつれた。

「っと!? わわっ!?」

 前のめりになっていたせいで、ヘッドスライディングするかのようにドアに向かってしまい、教室のドアに頭から派手にぶつかった。大きな衝撃音が辺りに響く。そして爽太の悲痛な声。

「いっ!? つぅ~!!」
「え!? そ、爽太くん!?」

 おでこを両手で覆い悶えている爽太に、担任の藤井教諭が慌てて傍による。

「だ、大丈夫!?」
「あっ、うぅ、だ、だい、っつう~!」

 爽太の瞳から涙がこぼれる。2回もおでこを強く打ち付けたのだ、無理もない。

「よく見せて爽太くん! まあ、おでこ赤く腫れてるじゃない!」
「あっ、こ、これくらい、だい、じょうぶ」
「そんなわけないしょ! それにちょっと顔色も良くないじゃない!」

 藤井教諭は爽太のおでこを優しく撫でながら、顔を覗き込む。

 ざわざわと騒がしい音が、爽太の耳に届く。クラスメイトが何ごとかと、近くまで寄ってきていた。ふと視界に、高木のビックリしている表情、そしてアリスの心配する顔が見えた。今の自分の状況が情けなすぎて、爽太は慌て下を向いた。急に顔が熱を帯び始める。

 藤井教諭が爽太の赤い顔を見てさらに心配の色を強めた。全員に向け声をかける。

「誰か爽太くんを保健室に連れて行ってあげてくれないかしら」

 なっ!? ほ、保健室!? そんな大げさな!?

 爽太は慌てて顔を上げ、藤井教諭に大丈夫だと目で訴えた。だが、うっすらくまができている目では説得力に乏しい。

「あっ、先生。僕が爽太くんを連れて行きます」
「あら細谷くん、ありがとう。お願いするわね」

 あれよと保健室に連れて行かれる段取りが整ってしまった。もう観念するしかない。

「えっと爽太くん、立てる?」
「お、おう……」

 細谷に手を差し伸べられた。あまりにも恥ずかしい状況に、爽太はさらに顔を赤くする。だが、ちゃんと手を伸ばし細谷の手を掴んで立ち上がった。

 藤井教諭が爽太の背負っているランドセルをそっと預かり、優しく声をかける。

「2人とも、慌てずゆっくりでいいからね」 
「「はい」」

 藤井教諭とクラスメイトに見守られながら、爽太と細谷はゆっくりとした足取りで保健室へ向かった。
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