水族館の鈴木くん

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予冷と本鈴

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 水族館デートの次の日。学校の教室にて。
 
「ウソ!? 黒川くろかわ先輩をフッたの!? はな!?」

 月曜日の朝のホームルーム前、私は友達の玲奈れなに昨日のデートについて、シンプルに報告した。

「うん」
「なんで!?」

 そんなの決まってんじゃん。

「つまんなかったから」

 私が素気なく言うと、玲奈が信じられない、といった感じで詰め寄ってきた。

「なんでそんな、もったいないことしてんの!?」
「えぇ~ん? そうかなぁ?」
「そうだよっ!! サッカー部のイケメンエース!!」
「うんっ、うんっ」
「付き合いたい女子は数知れず!!」
「うんっ、うんっ」
「告白した女子は数知れず!! フッた女子数知れず!!」
「うんっ、うんっ」
「そんなイケメンからデートの誘いを受けてんだよっ!? しかも3回!!」
「ひゃっ! や、やめてよぉ~、は、恥ずかしいっ……」
「わ、私の前で可愛い子ぶるなっ! 通用しないからねっ! この腹黒悪魔系女子!!」
「ちょい、なにそれ、全然可愛さの欠けらもないじゃん」
「ふんっ、あんたは昔っからそうでしょうに」
「む~っ」

 私は小悪魔可愛い系だっつうの。たく、中学からの幼馴染は何もわかっちゃいない。ムカつくので、上目づかいで拗ねてやった。ちょっと頬をふくらませて。すると玲奈はあきれ顔で、小さくため息を付いた。

「ほんと、なんで男子はこういうのに引っかかんのかねぇ~」
「可愛いですから」
「自分で言うなっての」

 玲奈はそう言うと、苦笑交じりに聞いてきた。

「でっ、華は高校でも誰とも付き合わないと?」
「ん? そんなわけないでしょ。すごく付き合いたいよっ。イケてる男子とさ」

 私がずっと掲げている彼氏の基準。

「イケてる男子ねぇ~。華のイケてる男子基準は曖昧で、なおかつ高いからなぁ~」
「そんなことないし。そのなに? あっ、この人ちょっとイケてるかもっ、って感じるくらいで良いわけだし」
「だからそれが曖昧で高いっての。それにだよ、あんた、ちょっとイケてるって思っても、ことごとく男子フってるでしょに……」
「むっ……、それはデートしててさ、あっ、こいつやっぱイケてないなぁ~、って分かっちゃったから、そうなるだけ」
 
 昨日の黒川先輩もそう。私の足をいやらしく見たり(ミニスカワンピ着なきゃよかった)、写メ撮るとき肩に腕をまわしてきたり(肌と肌が触れたのマジ最悪)。
それにさ、せっかく水族館に来たのに、水槽ゆっくりと見れなかったんだよ。キレイな熱帯魚、ジンベイザメ、マンボウ、あっ、それにペンギンやイルカetc 黒川先輩は私と一緒に映ってる写メを撮ったり、部活動の成績自慢とか、私のルックスやファッションを褒めたり、などなど。私へのアピールばっかでさ。悪い気はしなかったよ、黒川先輩はイケメンだし。
 でも……、一緒に水族館デートを楽しむ、といった雰囲気ではなかった。

 私の気持ちはずっと気をはってばかり。しまいには疲れちゃって。

 イルカショーを見ていて、表向きには楽しそうにしてたけど。心の中は、沈んでいた。

 だから、今もすごく印象に残ってるの。

 鈴木くんがすっごく楽しそうに笑って、イルカショーを見ていた、あの輝いている表情がさ。
 私の視線が自然に動く。経壇の近くにある玲奈の席から、目線を後ろの席の方へ。そこにぽつんといる、鈴木くん。

 予鈴は鳴っていないのに、きちんと自分の席に座っている彼。おっとりした表情で、スマホを眺めている。



 ふと耳に聞こえた玲奈の声に焦った。

「えっ!? な、なに?」
「いや、だからさ。とりあえず付き合ってから、良いか悪いか判断したら? って言いたいの。付き合うためのハードル高すぎたらさ、高校でも一生彼氏できないよ、華」
「むっ、そんなことない。私は絶対高校で、イケてる彼氏を捕まえるっ」

 そのために私は、小悪魔可愛い系女子を磨いてきたんだから。玲奈は、腹黒悪魔系って言ってるけど。

「はぁ~……、華、あんたそんなことばっか言ってるとさ、イケてる男子を次々に逃がしちゃうよ」

 そう言ってから、玲奈が意地悪く笑う。

「しまいには、全然イケてない男子と付き合うことになるかもよ。例えばあいつとか」

そう言って指さした。その先にいたのは、鈴木くん。

「名前は、なんだったかな……、えっと……」
「……鈴木くん」
「あっ、そうそう、鈴木。あはは、名前もイケてない。華、よく覚えてたね」

私の中で、ちくりと何かが痛む。なんだろう、このどこか嫌な気持ち。

「……、男子の間口は私、広いですからねっ」
「ぷふっ! あははっ、うける」
「…………、私が鈴木くんと付き合ったら、もっとウケるんじゃない?」

 玲奈の笑い顔が、一気に驚きに変わる。

「はいっ!? な、何言ってんの華!? あんなイケてない男子、範囲外でしょ!?」
「とりあえず付き合ってから、良いか悪いか判断したら? って言ってなかったっけ?」
「だからって、あんなモブ系男子と―――」

 キーンコーン、カーンコーン。

 予鈴が鳴る。

「あっ、私、席戻るね」
「ちょ、ちょっと華!?」

 私は手のひらをフリフリしながら、

「冗談だよ、冗談」

 と、自分の席へ向かう。

 後ろの方の席へ。

「よいしょっと」

 椅子に座って何となくホッとする。そして、私は少し気持ちが高ぶっていた。

 私、玲奈に何言ってんだろ。

『付き合ったら、もっとウケるんじゃない?』

 隣にいる鈴木くんは、今もスマホを眺めている。ほんわかした表情。童顔のせいか、中学生にも見えなくもない。耳にうっすらかかった短めのストレートの黒髪は痛みもなく艶があり、染めたり、パーマをあてたことないんだろうなぁ、と感じさせる。ほんと、モブ系男子と言っていい。
 
 でも、私は知っている。鈴木くんは―――、あっ。

 スマホを見ていた鈴木くんが小さく笑った。ほんとに小さな笑いだった。でも、すっごく楽しそうに笑ったの。その表情は輝いていて。イルカショーを見ていたあのときと同じ表情だ。

 そのとき、鈴木くんがこっちを向いた。

 あっ、しまった、ちょっと見過ぎたかも。心音が、少し慌ただしい。

 不思議そうに、どこか気まずそうにしている鈴木くん。

 私は、冷静を装いつつ、小悪魔可愛い系で、

「おはよっ、鈴木くん」

 と、挨拶をした。

 鈴木くんは驚いて目を丸くしている。だよねっ、今まで挨拶なんてお互いしたことなかったし。

 ただの隣同士。それだけだった、今までは。

「お、おはよ、い、一条さん」

 そう言って、ぎこちなく笑う鈴木くん。私も、ニコッと笑う。鈴木くんの顔がほんのり赤くなったのがわかった。

 ただの、挨拶だけになるはずだった。

 カチャン!

「わわっ!?」

 鈴木くんがスマホを落とした。

 あっ、しまった。鈴木くんには小悪魔可愛い系は刺激が強すぎたか。

 私は笑いを押えつつ、拾ってあげる。ちょっとした罪滅ぼしだった。でも、そんな思いは一気に吹き飛んだ。スマホの画面に目を奪われる。

 これ! イルカショーのだっ!!

 映っていたのは、2匹のイルカが同時にジャンプし、水面から飛びあがっている画像だった。確か、クライマックスのジャンプだ。すごくキレイで、カッコよくて、可愛かった。いつのまに撮ってたんだろ。いや、そんなことよりも、

「ほしい」

 自然と出た言葉だった。だって、私、黒川先輩と見てたときは、全然写メ撮れなかったから。
 
「良いよ」

 えっ?

 優しい声音に、目線がいく。

 鈴木くんが、ふわりと笑んでいた。とても自然な笑みに、胸がなんだか熱い。鈴木くんにスマホを返すと、

「一条さん、スマホ持ってる?」
「あっ、う、うん」

 自分のスマホを取り出した。

「これ、僕のアドレス」

 チャットアプリのQRコードを差し出してくれていた。

 私の頬がじんわり熱くなる。鈴木くんが、こんなグイッとくるとは思ってなかったから。
 でも、それは鈴木くん自身もそうだったらしい。彼の目が何かに気づいたように、丸く見開いた。

「あっ……、ご、ごめん!? い、一条さん、その、こ、これはつい、勢いで!? ま、間違っちゃって!?」
「………………」

 間違いじゃないよ。

 ピコン。

「いっ!? 一条さん!?」
「ありがとっ」

 私は可愛く笑う。そして、

 ピコン。

 鈴木くんのチャットアプリに、私のスタンプが表示された。イルカがジャンプしてる、可愛いスタンプ。

「写メ、送ってねっ。鈴木くん」

 キーンコーンカーンコーン

 本令が鳴り、少しの間の後、先生が教室に入ってきた。

 私はさっと前を向く。スマホはカバンへ。

 鈴木くん、ちゃんと送ってねっ。

 隣を見るのは気恥ずかしくて、心の中でそう願うだけにした。

 号令の掛け声。起立、気をつけ、礼。

 いつもの何気ない高校の日常だけど、今日の私の心は楽し気に弾んでいた。
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