上 下
6 / 19

災い送り・4

しおりを挟む



 あたしの言葉に、ガイエンは目を丸くした。……当然の反応だとは思うけど、ちょっと居心地が悪くて目を逸らす。
 数秒の沈黙の後、ガイエンはなんだか難しい顔をして口を開いた。


「とりあえず、なんでいきなりそんなこと考えたのか聞かせてくれるか?」


 さすがに前後関係がわかんねぇと何とも言えねぇ、と言うガイエンに、あたしはつっかえつっかえエディトさんの話をした。

 口を挟むこともなくじっと無言で話を聞くガイエンは、なんだかいつもと雰囲気が違う気がして、ちょっと戸惑う。
 ……『いつも』なんて言えるほど、知り合ってから時間は経ってないんだけど。


「なるほどな……」


 顎に手を当てて、ガイエンは考え込むような仕草をする。
 どうやら怒ったり反対されたりはしないみたいだけど、妙に真剣な感じだ。何か問題があるんだろうか。

 エディトさんはあたしの『力』で『異界』に『送』ることができるのは確定してるような言い方をしてたけど、実はできないのかな。
 それともそもそも『異界』なんてないとか……?


「昨日なんか妙な視線を感じるとは思ってたんだよな。そいつが見てたんなら納得だ。……『ヤク』だってのは本当なんだな?」


 問われて、ついつい悪い方悪い方に寄っていっていた思考を引き戻す。慌てて頷いた。


「『ヤク』が明確な自我を持つってのは聞いたことねぇけど、リアが実際見たってんならマジなんだろ。しっかし『異界』ねぇ……」


 それきり黙りこんだガイエンにドキドキする。どうしたんだろう。やっぱりあたしじゃ難しいのかな。


「……まあ、こんな祭りしてるくらいだし、この辺は多分繋がりやすいんだろ」


 そう呟いて、ガイエンはぽん、とあたしの頭に手をのせた。そのまま軽く撫でられる。


「結論から言えば、リアの力で『ヤク』を『異界』に『送』ることはできる。昨日言った通り、『ヤク』ってのは聖霊になり損ねたようなものだからな。リアの力の及ぶ範囲の、『聖霊に類するもの』ってのに当てはまる。ただ、その『力』の使い方に関しては、俺には教えられねぇと思う。……俺の力は『破壊』に偏っちまってるから」


 苦く笑うガイエンの表情に、なんだか悲しい気持ちになった。
 その表情を浮かべたのが、あたしに『力』の使い方を教えられないことになのか、過去に色々あっただろう、自分の『力』について考えたからなのか、わからないけど――とにかく、ガイエンがそんな顔をしなくていいんだよって、言わなくちゃって思った。

 だけど、あたしがその言葉を言う前に、よく知った声がその場に響いた。言いかけた言葉を思わず飲み込む。


「どうしたの、リア」


 穏やかな笑みを浮かべて近づいてくるのはシリスだ。
 声を聞いた時点で確信できていたけど、その雰囲気がなんだかいつもと違っているように感じてとっさに言葉を返せなかった。

 どこかどう、と明確に言えるわけじゃない。
 だけど、なんというか……昨日『ヤク』に相対していたときのような、所謂『殺気』に似たものを感じる気がする。

 シリスの方を見たまま固まってしまったあたしの背を、シリスの方に行ってやれよ、っていうように、ガイエンが押した。
 でもまだ、ガイエンに言いたいことを――言わなくちゃって思ったことを言ってない。

 かと言ってこのタイミングで言うのもなにか違う気がする。自分の行動を決めあぐねて、ガイエンを振り返ってしまった。
 なんだか驚いたようにガイエンが目を丸くして――ついで「あちゃー」とでも言いたげな顔をした。


「リア?」


 何の気配も感じなかったのに、いきなり肩に手を置かれて驚いた。声を出さなかったのが救いだ(というより、声が出なかったと言ったほうが正しいかもしれないけど)。

 心なしかさっきよりシリスの声が冷たい気がする。
 正直に言って、ちょっと逃げ出したいくらいだ。……そんなこと思っちゃいけないって、わかってるのに。


「えっと、シリス。どうしたの?」

「それは俺の台詞だよ、リア。やっと帰ってきたのかと思ったら、宿の近くからなかなか動かないし。心配になって出てきてみれば、黒炎なんかと話してるし……」


 黒炎『なんか』と、って……その言い方はどうかと思う。だけど、どう注意すればいいのかわからない。
 シリス、結構最初からガイエンに対してはこんな態度だし、聖霊同士ってこんなものなんだろうか。

 ちらりとガイエンを見ると、すごく微妙な顔をしていた。怒ってるというより呆れてるに近い感じだ。


「……なあ、」


 ガイエンは、何故かそこで迷うような間を空けた。そして小さく息をついて、再び口を開く。


「シリス。お前いくらなんでも過保護すぎないか? 俺が気に食わないのはわかるけど、ちょっといきすぎだと思うぜ?」

「君に俺の名を口にして欲しくない」


 触れれば切れるような、っていう表現がぴったりの口調で、シリスがそう返した。
 ガイエンは一瞬きつくシリスを睨んだけど、すぐに思い直したように目を伏せた。

 ……ああ、まただ。またガイエンが、――傷ついてる。


「だ、駄目、だよ」

「リア?」

「シリス、駄目だよ、そういう風に言っちゃ。……そんなに、主共有するの嫌だったなら、ちゃんと言ってくれれば良かったのに」

「いや、俺は……」


 シリスがどこか戸惑うようになにか言おうとするのを遮って、あたしは続ける。


「ガイエンのことをそう言う風に言わないで。そういう風に、蔑むみたいに、言わないで。……そういうの、慣れたと思ってても、すごく傷つくんだよ。悲しいんだよ。いちゃいけないのかなって、思うんだよ」


 言いながら、鼻の奥がつん、とした。泣きそうなんだってわかったから、必死でこらえる。
 ここであたしが泣くのは駄目だ。それじゃいけない。


「どうしてなの、違うから駄目なの? 『異端』だからいけないの? だったら、っ……あたしだって、駄目なんじゃないの!?」


 そこまで言うのが限界だった。
 堤防が決壊したみたいに一気に溢れ出した涙を二人に見せないように、もと来た道を走り出す。
 後ろから名前を呼ぶ声が聞こえたけど、返事することも、立ち止まることもできなかった。


  ……二人は、追いかけては来なかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

神に愛された子

鈴木 カタル
ファンタジー
日本で善行を重ねた老人は、その生を終え、異世界のとある国王の孫・リーンオルゴットとして転生した。 家族に愛情を注がれて育った彼は、ある日、自分に『神に愛された子』という称号が付与されている事に気付く。一時はそれを忘れて過ごしていたものの、次第に自分の能力の異常性が明らかになる。 常人を遥かに凌ぐ魔力に、植物との会話……それらはやはり称号が原因だった! 平穏な日常を望むリーンオルゴットだったが、ある夜、伝説の聖獣に呼び出され人生が一変する――! 感想欄にネタバレ補正はしてません。閲覧は御自身で判断して下さいませ。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...