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運命度、0
しおりを挟むより、優秀な遺伝子を。
より、多様な遺伝子を。
その理念にのっとって、管理コンピュータ〈TellER〉が定めたのは、遺伝子マッチングによって決められた相手とのみ子を作り、子孫を繋げることだった。
具体的には、女性側との遺伝子マッチング適性率――通称〈運命度〉が90%以上の男性のみが、該当女性の排卵日に性行為を行う権利と義務を得る。
人工受精や人工子宮の利用者も年々増加しており、人間はより効率的に子孫を残すという義務を果たそうとしていた。
つまりは、性行為とはより優秀な、そして多様な遺伝子を残すためにすることである――それが私の常識だった。現代を生きる大半の人間と変わりない、その価値観の中で生きていた。
――はずだったのに。
「……んっ、んぅ……ッ、こ、んな、のっ、てらーが、ゆるさ、なぁッ……あぁッ!」
「はは、おまえは本当に懲りないな。俺に抗議をしようと口を開くということは、おまえの言うところの『〈TellER〉が許さない』行為でおまえが感じてしまっていることを俺に教えるだけだっていうのに」
「そん、なッ……、こんなの、何かの……間違い……ひぅッ、……やっ、さわらないで……!」
「『触らないで』? 逆だろう? おまえはもう、人に言えない場所を触られたくて仕方ない――そういうふうに俺がおまえの身体中を触ったからな」
どうして、こんなことになっているのか。
知らない男が、私の体の自由を奪って、性的なところも、そうじゃないところも余すことなく触れて、蹂躙して、暴いている。
初めての性行為を前に仮想空間で予習したよりも、丁寧で、執拗で、あまりにも効率的でない――子を作るための行為として不適当なほどの愛撫を受け続けている。
そして、それを為しているのが〈TellER〉に決められた私の性行為の相手じゃない――その、あり得るはずのないことが、動かせない現実としてそこにあった。
〈TellER〉に決められた二人しか入れないはずの部屋。そこで性行為の相手を待っていた私の前に、夥しいエラー音を引き連れてやってきた見知らぬ男。
異常を感じて逃げようとした私をいとも容易く組み敷いて、あらゆる場所に愛撫を施した男。
仮想空間で感じたものとは比べものにならない快楽を呼び覚まされて思考が千々に乱れても、それが『あってはならない』ことだということは間違いなかった。何故なら――
「〈運命度0〉の男に触られて、快楽を感じて、ぐずぐずになる気分はどうだ? 生殖相手として最低の男に犯されようとする気分は? ……そんな絶望的な顔をするなよ。そそるだろ」
理解、できない。
この男が現れたとき、夥しいエラー通知の中、聞き取れたうちの一つ。
〈運命度0。あなたにはこの部屋に入る資格がありません。エラー。エラー。この部屋での存在を許されていません。エラー。早急に修正を――〉
〈運命度0〉。それはつまり、遺伝子マッチング適性率が0ということで――子を作る相手、性行為の相手として最も不適当な相手ということで。
子孫繁栄が効率化された現代では、相対することすらないように調整される相手ということで。
――こんなふうに触れられることすらないはずの相手ということで。
「もう、やめてぇ……」
何もかも、理解できない。わからない。
この男がどうしてこんなことをするのか――その目的も、動機も。
すすり泣くように懇願した私に、男はまるで積年の思いを告げるかのように言った。
「――やめるものか。ようやくおまえに触れられるんだ。覚えておけよ。おまえの初めての男も、最奥を犯すのも、子を作る相手も――すべてが俺なのだと」
「なん、でっ……、私、あなたのことなんてしらない、〈運命度0〉の相手なんてしらない……っ!」
「そうだろうな。――だから、だ」
そんな意味のわからないことを口にして、男の指が胸の頂をつまむ。それだけで脳の奥が痺れたように真っ白になって、身体中がぴんと張って、あられもない声が喉からあがって、知らない快楽に押し流される。
そんな私を見て、男は思案げに呟いた。
「事がスムーズになるかと思って生体チップから感度を弄ったが、効きすぎたか? 廃人にはならないでくれよ――やっぱり、意思のある方がいいからな、何事も」
この男に組み敷かれてすぐに生体チップに何かを読み込まされたことが、異常なほどの快楽を拾わせる原因だとわかったところで何ができるだろう。
せめて、快楽を得ていることが如実にわかってしまう嬌声を抑えようと、口を閉じることだけが私のできる精一杯の抵抗で。
だけれどその努力すらあざ笑うように男は唇を指でなぞる。それだけでぞくぞくとした快感が背筋をのぼってきて――身じろぎひとつするだけで気がおかしくなりそうな快感に苛まれる。いっそ気を失ってしまいたいと何度も願ったけれど、どうしてか気を失いそうになる度に意識が引き戻された。
これも生体チップを弄られたせいなのかもしれないと過ったけれど、それは何の解決にもならない。
とん、と軽くクリトリスを叩かれた。それだけでまた頭が真っ白になるくらいの快楽が駆け巡っていく。達する度に溢れる愛液で秘所はどろどろだった。
「わかるか? 男をくわえ込んで、精子を受け止めて、そうして作った子どもを産むためのおまえの穴が、どろどろになって、ひくついて、口をぱくぱくさせてるのが。はやくここに――ぶち込んでほしいって言ってるのが」
「……っ、うぅ……ッ」
「『そんなことない』とは言えないよなぁ? だってもうおまえは、熱くて太くて硬いものが、自分の最奥を穿つ妄想で頭がいっぱいだもんな?」
そんな――そんな淫乱のような夢想なんかしていない。そう言えたらどんなにかよかっただろう。
けれど、現実では男の言葉どおり、体はもう触れられるだけでは物足りないと、仮想空間で疑似体験した結合を伴う性行為を求めてうずいている。
否定できない私に満足したように頷いて、男は下衣をくつろげた。
そこに現れたのは、仮想空間で見たよりも何倍も凶悪で、グロテスクで、熱量をもったモノ。
絶えず与えられる快楽も一瞬忘れて息を呑んだ私に、男はそれを一息に突き入れた。
「――ッ、~~~っ!」
「ああ――……入ったな? おまえの、まだ誰も侵したことのない領域を、俺のペニスが割り開いて、征服して、届いたな――最奥に」
「や、あっ……ぬいて、抜いてぇ……ッ! できちゃ、う、赤ちゃん、できちゃうからぁ……!」
「ああ、よく勉強しているな? 勃起したペニスには先走りがあり、そこにも精子は存在している。侵入《はい》った時点で、もうおまえの子宮は犯されたも同然ということだ」
「やっ、やだぁ、なんであなたと子作りしないといけないの……っ、こんなの、こんなのゆるされない……!」
「ッ、……ははは、本当におまえは――、この世界の平均で、どうしようもなく平凡で、ありきたりな女だな!」
まるで褒めてるようには聞こえない内容を、どこまでも歓喜の声で綴って、男は激しく律動を開始した。
「あっ、ア、ああッ……や、とまって、やめッ…… ひっ……おかしくなる、おかしくッ、なっちゃ、う……ッからぁ!」
「正気を失うほどの快楽を得ようとも、正気を失わないように弄っておいた。安心して――おかしくなるほどの快楽を、受け容れろ」
「ひっ、あ、あ……、んぅ、ん――!」
「ああ、イッたか? イキ続けている、の方が正しそうだな。ナカが締まって、早く精子を子宮にぶちまけてほしいとねだってきてるぞ……ッ」
「ち、ちがっ……あ……っ、ん、あッ、~~~~~!」
「ほらっ、お望み通りッ……出してやる、おまえの最奥に、子宮に精子をぶち込んで、受精させてやるからな……!」
「やっ、やだ、やだぁっ、やめッ――」
ズン、とひときわ強く打ちつけられて、もう何度目かもわからない悦楽が襲ってくる――それと同時に、お腹の奥、それこそ外部からの侵入など経験のない場所に、何か熱い感覚が広がって――それがどういうことなのかを理解して、私は絶望した。
「や、あ……あ……。…………」
「ああ――その顔、その絶望に染まった顔、とてもいい。この世で俺だけがそれを与えられたことも、知り得たことも。……おまえにまつわるすべてが、これからは俺のものだ」
「…………!? な、んで、また……っ?」
「お行儀のいい『子作りのための予習』じゃ習わなかったか? 男のこれは、一回くらいじゃおさまらないんだってな。……まるで孕んだみたいになるまで、おまえの子宮を精子でいっぱいにしてやろうな? 確実に、おまえと俺の子ができるように」
「~~~~っ、あ、ああっ、や、あッ――」
「……この世で一番遠くて、俺のことなんてまるで知らない、憎らしくて愛しいおまえ。――これからは全部、おれのものだ」
本当に愛しげに、甘く囁くように耳に落とされたその言葉の意味を理解できないまま、また私は快楽の渦に呑まれていった。
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