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番外
シキとカヤ・1
しおりを挟む(落ち着け……)
シキはゆっくりと呼吸を整え、閉じていた目を開いた。
視界には、鬱蒼と茂る木々と、ちらちらと降り注ぐ木漏れ日。
「今日負けたらやべぇしな……」
小さく呟いて。
ある場所を目指して、走り出した。
「眠……」
修行場のひとつである小さな森の中。ぽっかりと拓けたその場所の、一際大きな木に寄りかかって、カヤは大きく欠伸をした。
(眠い……)
先ほど呟いた科白を胸中で反復する。ぽかぽかと暖かい陽気がさらに眠気を誘う。
(ちょっとだけなら……いいかなぁ……)
今は修行中だということを考えると全く良くはないのだが、基本的に本能に忠実なカヤは、目を閉じて心地よい眠りに浸ろうとした。
だが。
――ドガバキドスッ。
「…………っっっだああああっ! またか!!!!」
ここ数日で聞きなれた自分の片割れの叫び声に、シキは覚えず溜息をこぼす。
「また、眠り損ねた……」
そう言って、視線を声のした方に向けると。
「ったく何でこんなトラップばっか仕掛けてんだよ! 修行なんだから手合わせしろよ手合わせ!!」
カヤが背を預けている木を中心に仕掛けておいた罠の1つに、見事に嵌っているシキがいた。
「……臨機応変に身を守る術を学ぶのが目的だって、師匠言ってたし」
「だからってトラップばっかり作るな! この修行始めてからお前に近づけたためしねぇぞ!?」
激昂するシキに、カヤは淡々と言葉を返した。
「近づかれたら『お仕置き』だから。手段がどうでも勝ちは勝ち」
「俺ばっかあの鬼畜サドの餌食になってんのは不平等だろうが!!」
響いたその声に顔をしかめたカヤは、少しの同情(らしきもの)を瞳に浮かべてシキを見つめた。
「……ご愁傷様」
「あ?」
「気づいてなかったみたいだけど、師匠、近くで見てる」
「……!!」
生きながら地獄に落とされることを宣告されたような表情を浮かべるシキ。カヤは興味を失ったらしく、シキから目を離し、空を見上げた。
穏やかな日差しに目を細めて、そのままうとうとと居眠りを始める。
「……こら待てカヤ!! 寝るな! むしろ俺を助けろ!!」
「自業自得って言葉を知るいい機会だよ。…あと口は災いの元、とか」
「寝てんのか起きてんのかはっきりしろ! つーかこういうときぐらい兄を助けてくれたっていいだろうが!!」
「兄って言ったって、たった何十分かの違いだし……。それに師匠から助けるとか無理だよ。師匠強いから」
人類最強の座を争えるくらいには……、というのはもちろん口には出さない。シキの二の舞はごめんだ。
「眠……」と本日何度目かの呟きを口にして、未だ何か喚いているシキをきっぱり無視して今度こそ惰眠を貪ろうと目を閉じた。
それに気づいてシキの声が一層煩さを増したが、今のカヤにとってはそれすらも子守唄にしか聞こえない。
心地良い眠りがカヤの意識を攫っていこうとしたその時―――。
「外で寝ると風邪を引いてしまいますよ」
突如、気配が降り立った。
「げっ!!」
シキが思わず声をあげ、慌てて口を両手で抑える。意識を無理やり引き戻したカヤは、自分のすぐ傍で微笑む、自分たちの養父であり師匠であり先輩でもある人物の姿を認めた。
「師匠……」
ぼんやりと呼ぶと、彼は困ったように笑った。
「カヤはこの間も昼寝をしてくると言って出て行ったのに、次の日の朝まで戻ってこなかったでしょう?」
そういえばそんなこともあったな、と思い出しながらカヤは立ち上がった。
「じゃあ家で寝ていいですか」
もう勝負はつきましたよね?と首をかしげながら訊くと、師匠は「そうですね」とあっさり承諾してくれた。その瞬間にシキの心の中で悲鳴が上がったが、誰の耳にも届かなかった(当たり前である)。
「それじゃあ帰りましょうか」
にっこりと笑って歩き始めた師匠の後ろをとてとてと着いて行きながら、カヤは自分の片割れがこっそりと逃げようとしているのを見つける。
「……師匠」
「なんですか?」
「シキ、放っておいていいんですか?」
問うと、師匠は再び微笑んで、言った。
「逃げたりしたらどうなるかぐらいシキも分かってるでしょうからね。大人しく『お仕置き』を受けてくれるはずです。だからいいんですよ、放っておいても」
ぎくりと動きを止めたシキを見て、「多分師匠はわかってて言ってるんだろうなぁ」と眠気の去らない頭で考える。つくづく恐ろしい人だ。
絶対敵に回すまい、と固く決意して、カヤは家路を急いだ。
◆おまけ◆
ちなみにシキに課せられた「お仕置き」は、師匠のペットである「メリーちゃん」の世話一週間だったらしい。
その一週間でシキはカヤがちょっと同情するくらい憔悴してしまったとか。(師匠のペットはマトモなのがいないから)
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