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23.過去と今と

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「……お疲れ様でした」

 無人となった屋敷で、シオンはセイへとそう声をかけた。
 実際、怒涛だった。シオンがシキとカヤがフィーネをどこに攫ったのか調べ上げ、そこへ近衛を伴って急行し、屋敷の中にいた人間たちを捕縛し、連行した。それ自体、数時間にも満たない間のことだった。

「シオンさんも、お疲れ様。……ありがとうございました」

 セイがぎこちなく微笑んで礼を告げるのに、シオンはあえて気付かないふりをして笑みを返す。

「私は君の護衛ですから。礼は不要ですよ」
「護衛の範疇を超えて働いてもらいましたから」
「『何でも屋』ですからね、本来」
「そうでしたね……」

 どこか心ここにあらずのセイに、シオンは苦笑する。

「ここはもう安全です。少し、外しましょう」
「え、……あ」

 言葉を返す間もなく姿を消したシオンに、気を遣われてしまったな、とセイは思う。
 ……少し、物思いに沈む要素が重なっただけなのに、情けない。

「フィーネ……大丈夫かな……。リフがああいう言い方をしたってことは、逆に大丈夫ってことだろうけど……」

 シキとカヤもついていたのだ。万が一はないだろうと思うけれど、捕えた者達の中に粗暴そうな者もいた。怖い思いくらいはさせられてしまったのかもしれない。彼らは一様に怯え、一部は怪我をし意識も無かったが、それが逆に『何かあった』ことを匂わせる。

「『攫われた』のも長い時間じゃないし……いや長いのかな……どうなんだろうな……」

 比較対象が自分しかいないので、よくわからない。自分が攫われた時も、実際の時間は短かった気もする。

「リフに利用されてた貴族も、僕の攫ったやつと似たようなこと喚いてたな……」

 昔。『院』に連れられる前だ。セイは攫われたことがあった。
 セイを含む兄弟は、生まれてすぐに王城から出されたわけではない。少なくとも全員、物心つくまでは王城で過ごした。とはいえ互いに顔をあわせることなど皆無だったが。むしろ城を出てからのほうが頻繁に会っていたように思う。

 しかし同年代の子供もなく、存在を出来る限り知られないためにと離宮の奥で過ごす日々は、幼かったセイには退屈極まりなかった。それ故に、時折離宮を抜け出していたのだ。
 それがいけなかったのだろう。どこかから、セイが立場ある人間の子供らしいと漏れたらしい。
 セイはよく知らないが、そういう情報は所謂裏社会で瞬く間に広がるものらしい。金品と交換しようとしたのか、それ以外の目的だったかは知らないが――その頃自分の立場の重要性を全くわかっていなかったセイは、いとも容易くならず者たちに攫われたのだった。

 その時のことは、覚えているようで覚えていない。だが、恐ろしかったし、痛い思いもしたし、怖い思いもした。――見せしめのために、人も死んだ。

 その時の経験が転機となって、セイは権力と、それにまつわるものを厭うようになった。
 なまじ権力があるから、人を思い通りにしようなどと考える人間が出る。人を踏みつけにしても当たり前だと思う人間が出る。そう――偏見が多大に交じっていることを自覚しているが――思うようになった。

 この思考は、正しくはないのだろう。人の上に立つ者としては偏向もいいところだ。
 だが、この国ではそれくらいの方がいいのかもしれない、とも思う。
 『王』の名のもとに、何事も押し通せると――それを今日、実感してしまったから。

 フィーネを助けるために……実際にはもうフィーネはこの屋敷にいなかったわけだが、セイは無理を通した。無茶だと思う命令を下した。それを近衛は粛々と受け取った。
 それがどんなに恐ろしいことか。誰からも疑問の声が上がらないのだ。事情を訊くなと、ただそこに反逆者がいるのだと言っただけで、大勢の人間を動かせてしまう。
 権力に耽溺するにはあまりにできすぎている環境だ。

 ……そう、考える者が王になるのも、もしかしたら『呪い』の一部なのかもしれない。
 権力に溺れた王は、少なくともセイが知る限り、この『聖王国』セントバレットにはいない。――先王も。
 いっそ、溺れればよかったのに、と思う。そうすれば、リフはあんな迂遠な復讐に巻き込まれずに済んだ。――、否、リフだけでなく、兄弟すべて。それから、フィーネも。
 現実は、フィーネは自分のせいで巻き込まれたし、リフは反逆者となった。
 自分が、至らないせいで。

「――君が満足でも、僕は全然満足いかないよ……」

 セイ以外の誰かが王だったら違っただろうか。……きっと、フィーネが巻き込まれない以外のことは、変わらなかったに違いないと、わかってしまうから悔しい。

「……フィーネのところに行こう」

 顔を見たい。無事を確認したい。そうすれば、少しはこの落ち込むばかりの気持ちが変わる気がした。……怒って、くれる気がした。

「……甘えてるな」

 苦笑して、セイはシオンの名を呼んだ。
 フィーネの元に、行くために。



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