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13.即位式
しおりを挟む「うわぁ……」
通りにあふれる人波に、フィーネは少々引き攣った声を上げた。
「すっげー人だな。即位式ともなれば当たり前かもだけど」
のんきにシキがそんなことを言う。カヤと二人で、さりげなくフィーネが人波に流されてしまわないように庇いつつ。
――そう、今日はセイの即位式当日である。国を挙げての一大行事であるからして、当然ながらどこもかしこも人でいっぱいだ。
最後に会った日に即位式を見に行くと言ったら、セイは「来ないでいいよ! 恥ずかしいから!」などと言っていたが、一世一代の晴れ舞台といっても過言ではないので、やはり見に行くことにしたのだ。気持ちは子どもの大舞台を見守る母親である。
ちなみに院長も誘ったのだが、「私は家でのんびりしているよ。人ごみは苦手だからね」とやんわり断られてしまった。無理強いするつもりはないので大人しく一人――ではなく、シキとカヤを含めた三人で出かけることにしたのだ。
やはり新王の誕生ということで、みなどこか浮き足立っているように思える。通りや広場には屋台なども出ていて、まるでお祭りだ。似たようなものだが。
その雰囲気につられそうになるものの、即位するのがセイだと考えると我に返る。大丈夫なんだろうかとか転んだりしないだろうかとか色々と心配になってきてしまうのだ。子が巣立つときの親とはこういう気持ちだろうか、とセイが知ったら涙目になりそうなことを思うフィーネ。
『即位式』と言っても、それほど大仰なものではないらしい。ただ正装をして城のバルコニーに出て、王になったことを宣言し、顔見せをするだけなのだとか。
それまでの慣例によると、本来は先王から王冠を直接受け取らなければならなかったらしいのだが、その先王がセイを次期王に認めた後、自分の仕事は終わったとばかりに姿を眩ませたらしい。王族ってそんなんでいいんだろうか、とちょっと遠くを見てしまったフィーネだった。
開放された城の前庭には、それはもうぎゅうぎゅうに人が詰まっていた。これはややもすれば押しつぶされるんじゃなかろうか、と身の危険を感じたフィーネの心情を察したのか、それとも元々そのつもりだったのか、シキがこっそりと案内してくれたのは、彼曰く『穴場』――庭に植えてある木の上、だった。
「あの、シキくん」
「ん? 怖いなら俺かカヤにつかまっといてくれてもいいけど」
「いや、それはいいんだけど。……ここ、登っていい場所なの?」
そんな場所があるのかと思いつつも、案内された身としては気になる。
シキは当然のように笑顔で答えた。
「多分ダメだろーなぁ。っつーかそもそも登ろうなんて考える奴いないし」
「それってすっごくマズいんじゃ……」
まさか見つかったら不審者として捕まったりするのだろうか、と表情を変えたフィーネを安心させるように、シキは軽く背中を叩いてきた。
「大丈夫だいじょーぶ。ここ、死角になってっからさ。誰にも見られないように移動したし、心配無用だって」
ものすごく軽い調子で言われて、フィーネはここに来る前に口を挟まなかった自分をちょっと後悔した。シキが言うならば死角なのは間違いないだろうが、なんだか犯罪者のような気分である。
と、ぽん、と肩に手が置かれた。見れば、カヤが労わるような目でフィーネを見ている。
「……本当に大丈夫、だから。あんまり、気にしないほうがいい」
そう言われても気になるものは気になるが、その気遣いは嬉しかったので、了解の意を込めて頷いた。安心したように、ふ、とカヤが笑う。何となくほのぼのとした気分になって、フィーネも笑った。
と、唐突に、足元から聞こえていた声がどっと膨れ上がった。何事かと驚いて前を見ると、そこには――……。
白を基調とした衣装に、目に鮮やかな真紅の外套。腰には儀礼用らしい華美な長剣を佩いている。金の台座に紅玉のついた腕輪が陽の光に煌めき、他の装飾品がない分その装いを華やかにしていた。頭上には全てが黄金でできた王冠が輝いている。
陽に透けて金色に輝く髪に、穏やかな光を灯す青い瞳。
それは間違いなく、セイだった。
「ほ、ほんとに王様、なんだ……。…………」
「フィーネー? おい嬢さーん。……完っ璧呆けてんなー」
聞くと見るとでは大違いで、改めてセイが『王』となったことを実感し、驚きを隠せないフィーネ。
嘘だと思っていたわけではないが、やはり今まで身近に居た人物が、本来は言葉も交わせないような高貴な存在だったということに驚きを隠せない。
頭では理解していても、本当の意味では理解できていなかったのだと、呆然とする思考の隅でかろうじてフィーネは理解した。だからこそ、自分にはこんなにも衝撃を受けているのだと。
(セイは、王様――この国の最高権力者、なんだ……)
それは何ともいえない気持ちだった。驚いているのか、さみしいのか、誇らしいのか。様々な感情がごちゃごちゃに混ざりあって把握できない。
フィーネが己の内の感情に半ば飲み込まれているうちに、即位式は滞りなく進行し、終了した。
呆けたままのフィーネをシキとカヤは心配そうに見守りつつ、念のためと手を引いて『院』へと戻る。
ほとんど無意識に足を動かしながらも、フィーネの心は即位式の最中のセイに囚われていた。よく知っているはずなのに、知らない人に見えたその瞬間に。
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