10 / 29
10.打ち明け話
しおりを挟む夜も深まり、子供達が就寝の準備を始めた頃、フィーネは難しい顔で院内の廊下を歩いていた。原因はセイである。
最近セイの様子がおかしいのだ。行き先の知らされない外出の回数が増え、帰ってきても院長と重要図書閲覧室にこもってなかなか出てこない。それとなく院長に聞いてみても、「そのうちセイから話すだろうから」と言われ教えてもらえない。
しかし、セイは日々隈を濃くして憔悴していっているように見える。事情がなんにせよ、それを見過ごすわけにはいかない。
フィーネはセイの部屋の前に立ち、深呼吸をする。
今日もセイは朝早くに出かけ、日が沈んでから帰ってきた。夕飯もそこそこに部屋に引き上げ、それから一度も出てきていない。
疲れが取れる効能があるというお茶を載せた盆を片手に、フィーネは意を決して扉を叩いた。少しの間を空けて、誰何の声が返ってきた。
「フィーネだけど……お茶、持ってきたから開けて?」
「え、フィーネ? えっと、ちょっと待って」
何やら紙の擦れる音と、引き出しを開け閉めしたらしい音がした後、勢いよく扉が開かれる。距離的に当たるはずはないのだが、その勢いにフィーネは思わず身を引いた。風圧が前髪を揺らす。
「どうしたの?」
やはり、近くで見てもセイの顔は疲労が色濃い。
「何か最近疲れてるみたいだから。疲れが取れるってお茶淹れてきたの。入ってもいい?」
「え、あ、……う、うん」
慌てたように無意味にきょろきょろと周囲を見た後、へらりとセイは笑った。そして、身体をひいて室内に招き入れてくれる。
セイの部屋とフィーネの部屋の間取りは同じだ。家具の配置は少々違うところもあるが、概ね違いはない。奥にある机にお茶を置いて、セイが勧めてくれた椅子に座る。
机の上は何か書き物でもしていたのか、乱雑だ。机上を覆いつくすかのように様々なものが置かれているが、不自然に間隙がある。恐らくはフィーネが扉向こうで声をかけた後に何か仕舞ったのだろう。
(やっぱり何か、隠してるよね……)
しかし相手から切り出されないのに問いかけていいものかわからない。院長の言からすると、待っていれば話してくれるのかもしれないが、気になるものは気になる。
よし、とフィーネは気合を入れて口を開いた。
「ねえ、セイ」
「あの、フィーネ」
被った。それはもう見事なまでに。
「うわ、えっと、ごめん」
意気込んでいただけに、必要以上に動揺してしまう。それはセイも同様のようで、落ち着きなく視線を彷徨わせながら「いいいいやこっちこそごめん!」などとぶんぶん首を振っていた。
そのまま暫し、妙な沈黙が降りた。
双方とも機会を伺うように互いをちらちらと見遣りつつ、目が合うと反射的に逸らしてしまう。埒が明かない。
フィーネは意を決して再び口を開こうとしたが、それより一瞬早くセイの声が響いた。
「あの!」
「ぅえ⁉」
驚きにおかしな声を発してしまう。しかし何やら緊張しているらしいセイは、それにも気づかない様子で続けた。
「は、話したいことがあるんだ! あ、いや、話さなきゃいけないことっていうか、その、あの……」
しどろもどろに話すセイは挙動不審以外の何物でもない。思わずフィーネは、「お、落ち着いて」と机の上に置かれたままだったお茶を差し出した。
セイはそれを受け取ってぐいっと煽る。叩き込まれた作法からは外れたその飲み方に、よっぽど余裕がないのだろうとフィーネは思った。
「ご、ごめん。……えーと、そう。その、話があって」
それはさっきも聞いた、と心の中で思いつつも無言で先を促すフィーネ。
「すごく突拍子もない話だし、信じられないって思うかもしれないけど……嘘じゃないから、信じてほしい」
真剣な目でフィーネを見つめ、セイはぎこちなく告げた。
「その、……僕、王になるんだよ、ね」
「……………………は?」
今の自分は相当な間抜け面になっているだろう、とフィーネの冷静な部分が思考する。しかし考えるべきは、今まさに告げられた耳を疑うような発言の内容についてだ。
「……王?」
「うん」
「……誰が?」
「その、――僕、が」
「…………えぇええええええぇ⁉」
力いっぱいフィーネは叫んだ。そんな彼女に、セイは視線を明後日に向けて黄昏れた。
「う、うん……その反応はもっともだと思うんだけど、ちょっと傷つく……」
「だって、ええ!? 王って王様でしょ⁈ なんでセイが――」
そこまで言って、フィーネはふと何かに気づいたように表情を変えた。
「セイって市井に下りてる王位継承者のうちのひとりだったの⁉」
公にはされていないものの、現王の子供たち――王位継承者が市井に下りていることは暗黙のうちに知られている。第一子である第一王子の存在は広く知られているが、他は王の意向で秘されていた。故に正確な人数は一般に流布されていないのだが、複数であることは誰もが知っていた。
そのうちの一人が、セイだというのか。
「……冗談じゃ、ないのよね?」
「うん……残念ながら」
眉尻を下げてそう言うセイに、フィーネは一気に脱力感を覚えた。
「セイが、王様……」
信じられない。というか信じたくない。家族同然で育った人物が――しかもお世辞にも風格とか威厳があるとは言えないだろう人物が、次期王だなんて。
幼い頃は怪我をして泣いたり、犬を怖がって半泣きになったりしていたし、ちょっと前だって子供に飛び掛られて転んだり、階段を踏み外して転げ落ちたり――そんな情けないところを近くで見てきたセイが、王。
やっぱり夢なんじゃないか、と思ってフィーネは自分の頬を抓った。普通に痛かった。……どうやら現実らしい、と渋々フィーネは認めた。
「……じゃあ、最近疲れてるのって」
「即位式とかの準備のせい。礼儀作法とか、大体王族に必須なことは院長に教えてもらってたからいいんだけど、式典に臨むとなると足りない部分もあるし。全体の総括とかの雑事もあるから忙しくて……。何か心配かけちゃったみたいでごめん」
「いや、それはいいんだけど」
理由を知れば憔悴っぷりにも納得がいく。国にとっての一大行事を控えてのことならば当然だろう。
「そっか……」
ずっと気になっていた『隠しごと』についてもこれでわかった。月に一度の外出は王族として何かやらねばならないことがあったからで、週に一度院長と重要図書閲覧室にこもっていたのは、帝王学などの王族に必要な知識を学ぶためだったのだろう。
「セイが王様になるってことは、『院』からは出て行くのよね……さみしくなるなぁ」
しみじみと呟く。と、何やらセイの顔が赤らんでいることに気づいた。
「どうしたの、セイ?」
「い、いいいや何も‼」
「何もって、顔赤いわよ。熱でもあるんじゃ……」
「いやほんと大丈夫だから! 心配しないで‼」
そう言われても、明らかに様子がおかしい。しかし本人が大丈夫と言っているのだし、問い詰めるのもどうかと思い、フィーネは追求しないことした。
「えっと……じゃあ、わたしもう戻るから。何かやってたんでしょう? 邪魔しちゃってごめんなさい」
「あ、いや、邪魔なんて……。お茶、美味しかったし」
「それならよかった。あんまり根詰めすぎないようにね。即位式前に倒れたりしたら大変だし」
「うん、わかった。ありがとう、フィーネ」
「どういたしまして。……それじゃあ」
笑みを交わして部屋を出る。そして黙々と歩いて自分の部屋に戻った。
自室に入り扉を閉めたところで、フィーネは扉に寄りかかってずるずると座り込む。
「……セイが王様、かぁ……」
あんまりにも突拍子もないこと過ぎて、なんだか現実味がない。けれど、そんな嘘をセイがつかないことはわかっている。……我ながら往生際が悪いな、とフィーネは思った。
『隠しごと』のことはあっても、フィーネは心のどこかでセイはずっと『院』に居るような気がしていたのだ。他の子供たちは一定の年齢になれば働き口を見つけてここを出て行くと決まっているが、自分とセイは他の子供たちとは少々違う立ち位置だ。だからこそ、そんな風に思ってしまっていた。
「そうよね……本当の『家族』じゃないんだから……」
本当の家族であってもいつかは家から出て行く場合もあるが、それでも顔を合わせることはできるだろう。
けれど、セイは王になるのだ。気軽に会うことなどできるはずがない。
「――……さみしい、なぁ」
セイと居ることを当たり前のように思っていたのだと改めて自覚して、苦笑する。だからといって引き止めようとは思わないし、そんなことはできないだろう。セイにはやるべきことが――国を治めるという責務があるのだから。
「……よし!」
ぱん、と両頬を叩いて、フィーネは自分に活を入れる。
「明日の朝ご飯は精のつくものにしよう! 少しは疲れも和らぐかもしれないし」
何も手伝うことはできないから、せめて自分にできる精一杯で協力したい。
そう考えて、早速下ごしらえのために厨房へ向かったのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた
リオール
恋愛
だから?
それは最強の言葉
~~~~~~~~~
※全6話。短いです
※ダークです!ダークな終わりしてます!
筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。
スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。
※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる