上 下
8 / 29

8.授業

しおりを挟む



「――……頼みたいことは、以上だ」

 青年はそう言って話を締めくくった。黙って話――彼からの『依頼』の内容を聞いていた少年が、にやりと笑う。

「ふーん? あの嬢さんに関してはちょっと意外だな。面識ないんじゃなかったか?」
「打てる手は打っておくに限るだろう。ありふれた手というのは、つまりそれだけ過去に成功した例があるということだ。為される可能性としては高い。念には念を入れておくべきだと思っただけだ」

 生真面目に返された言葉に少年は納得したように頷く。

「その意見には賛成だけどな。……ま、いーか。俺らは頼まれた仕事をするだけだし」
「ああ、頼む」

 僅かに笑んだ青年に、少年の内に苦い思いが湧き上がる。

(ったく、何がそんなに楽しいんだか)

 これから先起こるだろうことのほとんど――正確には青年が画策していることは、決して明るくも楽しくもない。けれど青年が、それを心から待ち望んでいたことを、彼は知っていた。

(ま、俺に止めることなんてできやしねーんだけど)

 自分は自分に与えられた役割を果たすだけだ。幾つかの依頼内容の確認を済ませながら、密かに少年は溜息を吐いた。





 その日、フィーネは『院』の子供の数人に請われ、教師の真似事をしていた。と言っても、問われたことに答える程度のものである。
 『院』に住む者としてそれなりの知識は院長から授けられているし、自身でも日々書籍などから新たな知識を得ている。その子供達の習熟度からすれば、フィーネが教師役をやっても何の問題もないため引き受けたのだ。

 そんなわけで図書室にて即席授業を行っていたのだが、図書室を訪れる子供達が次々に参入してきて、結局通常の『院』の授業と変わらない規模になってしまっていた。

 子供のうち一人が元気よく手を上げ、質問する。

「セントバレットはシルフィードとの交流が盛んだって言うけど、他の国の人と比べてシルフィードの人って少ないよね? 全然見かけないし……」
「そうね。私も生粋のシルフィードの民は、院長と砂霧さん以外に見たことはないわ」

 シルフィードの民の特徴は、黒髪と、その対になっているような黒い瞳だ。セントバレットでは淡い髪色が多いため、かなり目立つ。だが、街を歩いていてもそれらしき人物を見たことはなかった。
 例外は院長の知り合いであるシオンだ。紫がかった黒髪なので、初めて会ったときはシルフィードの民なのかと思ったが、彼は混血らしい。血を引いてる可能性はあるだろうがわからない、と言っていた。

「フィーネもシルフィードの人なんだよね?」
「そう聞いてるわ。両親ともシルフィードの民だったって」

 フィーネが生まれた直後に、両親は死んだのだと聞いている。その後すぐ院長が引き取って育ててくれたのだ。幾度か思い出話も聞いたことがある。

「交流が盛んなのに、なんでシルフィードの人はセントバレットに来ないの? クランジスタの人みたいに移住したりしないの?」

 純粋な疑問に、その隣に居た子供が、「こないだ習っただろ」と言いながら、覚えたての知識を披露する。

「国から勝手に出たり入ったりするのは、シルフィードじゃ禁止されてるんだよ。商品の輸出入も制限されてるし。シルフィードは元々国を閉じてたから、他国には名前くらいしか知られてなかったんだって。だけど五代前のセントバレットの王様が他国の文化に興味を持って、一番近いシルフィードに使者を送ったんだ」
「最初は国境で追い返されたんでしょ? シルフィードはどこにも国を開かないことで有名だったし。でも、何度かそれを繰り返してたら、謁見が許されて」
「セントバレットだけ、っていう条件で国交を開いてくれたんだよな。王様の粘り勝ちってとこ?」

 こうして自分が口を出さずとも子供達同士で知識を補い合う様を見るのが、フィーネは好きだった。
 基本的に『院』に住む子供たちは知識を得ることに意欲的であるので、それぞれがそれぞれの教師であり、同時に生徒である存在として学んでいけるのだ。

「今の王様は出入国の制限をなくしたんだったよね?」

 少々記憶に自信がないのか、確認するように問われる。フィーネは笑みを浮かべて頷いた。

「そうよ。以前は身分とか素養とか、色々な条件を満たした人でなければ国を出ることができなかったの。大分緩和されてはいたみたいだけどね。入国の方も、条件こそなかったけど、煩雑な手続きと審査が必要だったらしいわ」
「へー……でもそれをなくすことで何か国に利益ってあるの? じゃないとわざわざそんなことしないよね?」
「人に聞く前に一度自分で考えてみなさいって、いつも院長が言ってるでしょ。だめよ、安易に人に頼っちゃ」

 フィーネが答える前に、子供の一人がそう諭す。質問した子供は何か言い返そうとしたものの、結局何も言わず膨れっ面になりながらも考え始めた。
 そして首をひねりながら、自分なりの答えを導き出す。

「今は出入国に必要なのって、簡単な手続きだけなんだよね? 別に身分証明はなくてもいいけど、ちょっと手続きが複雑になるんだったよね。人が出入りしやすいんだから、人が出入りすることによって何か利益があるってことで……最近の歴史で大きく変わったことっていうと、えっと、商業の発展?」

 フィーネは笑顔を浮かべ、答えた子供の頭を撫でる。

「そう。商業の発展……物流の活性化によって、この国は急激に成長したの。商人の行き来も増えたわ。輸出入にかける税も細かく定められるようになったし。それに、移住民対策でもあったのよ」
「それこの間本で読んだ! クランジスタからの移住が増えたんだよね?」

 別の子供が得意顔で発言する。それを微笑ましく思いながら、フィーネはその補足をする。

「クランジスタが今、国として機能していないのは習ったでしょう? 皇族が絶えてしまったから、滅亡してしまったようなものね。その影響で増えた移民を、積極的に受け入れることにしたの」
「『狂皇国』クランジスタ、だっけ。なんかすっごいたくさんの人が死んだんでしょ? 皇族のせいで」
「セントバレットは『聖王国』だし、そういうのがないよね。ダメな王様が立ったこともないし」
「あれでしょ、院長が言ってた『呪い』!」

 子供が無邪気に発した言葉に、フィーネは苦笑する。
 お伽噺や伝承の類に近いが、大昔にこの世界に『呪い』が降りそそいだのだという言い伝えがあるのだ。その『呪い』が、それぞれの国――国を治める者と民に残っているのだという。
 『呪い』ではなく『祝福』だと表す場合もあるが、院長は『呪い』として子供たちに教えていた。それは彼の出身が『常世国』シルフィードであることに関わっている。

 『呪い』の詳細については諸説ある。だが、どの説をとっても、他の国に比べてセントバレットの『呪い』は軽いとされている。セントバレットには国を傾くような大事件が起こったことがないのだ。国が危機的状況に陥ったこともなければ、王位争いが勃発したという歴史もない。
 クランジスタなどは代々の皇族が短命であり、そのせいで国が荒れた。政治手腕には問題なくとも、そういった要因で国が傾くこともある。だが、セントバレットは短命の王が居たという記録もない。いつも円満に王位継承がなされている、らしい。

 故にセントバレットでは『呪い』の言い伝えはあまり広まっていないし、知られているとしても『祝福』としての場合がほとんどだ。
 『呪い』のおかげでセントバレットが栄えているか否かは知りようがないが、それを疑う程度には、不自然なほど王の政に問題が起こらない。五代前の王のシルフィードへの使者の派遣だって、その当時からしてみれば何を考えてるんだと反対されてもおかしくないことであるというのに、そのような記録は残されていないのだ。

 問題が起こりかねない王の決断ですら、たいした反発なしに受容される。それは現在の王も同じだ。
 現王には子がいる。それは何もおかしくはない。おかしいのは、その子らが王城に居ないことだ。全員、王の庇護下ではなく、他人の元で育てられているという。公にはされていないものの、それは誰もが知る事実だった。
 故にセントバレットの民は、次代の王候補である王子や王女の顔を知らない。式典にも出てこないために知りようがないのだ。

 そんなことは通常ありえないだろうとフィーネは思う。これまでの長きに渡る慣習からも外れているのだし、反発なりが起こるのが当然の反応ではないかと思うのに。
 『王の意向である』――ただそれだけで、そんなことがまかり通ってしまうのだ。そしてそれを、セントバレットの民は当然のこととして受け入れている。

 たとえそれがおかしいのではないかと誰かに問うたとしても、「どうして?」と不思議そうに返されるのがオチだ。懇切丁寧に理由を説明したとしても、きっと賛同は得られない。
 そういうとき、自分の身に流れる血のことを強く感じる。セントバレットに住んではいても、自分はシルフィードの民なのだと。だからこそそれに疑問を持つのだろうと。
 クランジスタから移住してきた人々はどうなのか――自分や院長のように疑問に思うのか、それともセントバレットの民がそうであるように疑問に思わないのか、いつか移住民に会うことがあったら訊いてみたいと、フィーネは密かに思っている。

 遠くから時を知らせる鐘の音が響いてきた。考えに耽っていたフィーネは我に返る。

「あら、もうこんな時間だったのね。夕ご飯の支度もあるし、これでおしまいにしましょう」
「はーい!」

 元気な返事に目を細める。子供たちの頭をそれぞれ撫でてから、フィーネは図書室を出て行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...