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6.予期せぬ客
しおりを挟む「そういえばセイ。聞いた? 新王の即位式の話」
前回の買出しから数日後。同じように二人で出かけたセイとフィーネだったが、その道中でフィーネが振った話題に、セイは妙にぎこちなく反応を返した。
「へ? 即位? ……誰が?」
間の抜けた声で問うセイに、フィーネは呆れたように返す。
「誰がって、新王に決まってるでしょう」
「え、いやだってまだ決まってない……んじゃないの?」
「それは知らないけど。院長が今度即位するって言ったのよ」
院自体は国の直営というわけではないが、設立時に城の高官だか貴族だかが出資したなどと囁かれている。その真偽のほどは知らないが、院長が国の中枢に伝手を持っているらしいというのはフィーネにとってほとんど事実に等しいことだった。
故にまだ一般に流布されていない情報を、院長がさも当然のように話題に出すことも日常茶飯事であり、今回もその延長上として何の気なしに話を振ったのだが、いつもなら適当に相槌を打つはずのセイの反応が違うことに若干の戸惑いを覚える。
「そんなはず……結局この間も決まらなかったし……」
ぼそぼそと独り言のように呟かれた言葉は、フィーネの耳には届かなかった。
「? 何?」
「いや、……早く買い物終わらせよう。店仕舞いしたら困るし」
思わずフィーネは太陽の位置を確認した。中天は過ぎているが、どう見てもまだまだ沈む気配はない。
(こんな早くに店が閉まることって……ないわよね……?)
そう思うものの、どこか硬いセイの横顔を見ると何も言えず、結局無言で足を速めたのだった。
*
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
買い物を終えた二人の声が院に響く。
「お帰り、二人とも」
予定よりかなり早い二人の帰宅を予期していたかのように、院長は玄関口で二人を迎えた。
そういうことはよくあるので二人は驚かない。が、今日はいつもと違う点があった。
「おう、お帰りー。邪魔してまーす」
さも当然のように院長の横で挨拶をした、見知らぬ人物の存在である。
年の頃はセイと同じくらいだろうか、清冽な印象を与える銀髪と、それと相反するような明るく朗らかな笑みが目を惹く。まだ成長途中にあるだろう身体は、鍛えているのだろうと一目でわかる、均整の取れたものだった。
「ええと、院長。お客様ですか?」
戸惑いの色も濃く、フィーネが院長に確認する。予期せぬ客は皆無というわけではないが珍しい。さらに、その客にこうして玄関先で出迎えられることは絶無だった。
「そうだよ。私に、というか、セイに、と言った方が正確だけどね」
「セイに?」
その言葉を聴いた瞬間、セイはさっと顔色を変え、無言で丁寧且つ素早く荷物を降ろした。そしてそのまま『客』である人物の襟首を引っ掴んで早足で奥へ向かおうとする。
「ごめんフィーネ、荷物は後で片付けるから」
「え、セイどうしたの。っていうかお客様にそんな乱暴な――」
「はははー、気にしないでいいぜ、お嬢さん」
「え、いや、でも……」
「大丈夫だよ、フィーネ。彼とセイは知り合いだからね」
「いや、その、そういう問題じゃないと思うんですけど……」
困惑に目を丸くするフィーネの横で、行ってらっしゃいとでも言うように読めない笑みを浮かべる院長を、セイは凶悪な目つきで一瞥した。
(――……こっの、性悪……!)
心の中で力いっぱい罵りながら、それでも口を真一文字に引き結んでとにかく足を進めるセイ。
『客』は別段抵抗する様子もなく引き摺られているが、それがまたセイの癇に障った。
しかしここで当り散らすわけには行かない。とにかく無心で邪魔をされずに話ができる場所――重要図書閲覧室へと向かったのだった。
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