【完結】エゴイスティック・ワルツ ~聖王国セントバレットの新王即位事情~

空月

文字の大きさ
上 下
5 / 29

5.シオン

しおりを挟む


「これで終わり?」
「ちょっと待って。……うん、これで全部ね。本、少し持つわよ?」
「いいよ。これくらいなら僕一人で持てるし。でもそろそろ本棚いっぱいじゃなかった? また棚作るの?」
「そうなんじゃない? 院長の私室からも少し移動させるって言ってたし」
「え、僕聞いてないよ?」
「わたしも昨日聞いたばっかりよ。まぁ、セイが手伝わされるのは確実よね。頑張って」
「うう……まぁいいけどさ。チビたちにやらせるのも不安だし」
「年長者の務めよ。手が空いてたらわたしも手伝うつもりだから安心して。……まずは本の選別があるしね」
「なんで私室はあんな乱雑になるんだろうね、院長。他はちゃんとしてるのに」
「昔からだからもうどうしようもないわよ。本以外は整頓してあるから大目に見ましょう」
「フィーネにかかると院長も形無しだよね……」
「? 何よ」
「いや何でも」

 頼まれたもの全てを買った二人は、そのまま帰路に着く。行きとは違い表通りを使っての最短経路で帰ることにしたのだが、その途中、見知った顔を見つけて立ち止まった。

「あれシオンさんじゃない?」
「え、嘘。……あ、本当だ。珍しいね、あの人が表通りに居るの」
「何か用事でもあるのかしら。――って、あ」

 フィーネが目を瞬かせる。何事かと視線をフィーネからシオンの居るほうへと向けたセイは、話題の当人がこちらに近づいてくるのを目にした。

「こんにちは、フィーネさん、セイくん。買出しの帰りですか?」
「はい。シオンさんは何か御用が?」
「ええ。……というか、院に行くところだったんですよ。ご一緒しても?」
「院に? 構いませんけど……院長に用ですか?」
「まぁ、そのようなものです。荷物、持ちますよ。貸してください」
「え、いいですよ……ってああ」

 遠慮するものの、笑顔のままさりげない動作で荷物を奪われる。フィーネの持っていた分全てにセイの持っていた分を半分、という結構な量のはずなのだが、その細腕に似合わず軽々と持っている。
 セイは自分の腕と見比べて、もう少し身体を鍛えようと心に決めた。

「ええと、ありがとうございます。……お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「ええ。優秀な弟子が二人も居ますからね」

 シオンは『何でも屋』を営んでいる……らしい。フィーネ自身は詳しく知らないが、院長にそう聞いている。先ほど言及されたように弟子が二人いるらしいが、実際に会ったことはない。しかし彼らの話題は度々上がっていたので、その人となりはそれとなく知っていたりする。
 雑談を交わしながら、三人連れ立って院へ向かう。会話をするのはもっぱらフィーネとシオンで、セイは何か思い悩むような顔で黙り込んでいた。
 院内に入ったところで別れ、シオンは院長の私室へ、セイとフィーネは買い込んだ荷物の整理へと向かう。

「セイ、途中からずっと黙ってたけど、どうしたの?」

 作業しながらのフィーネの問いに、セイは「うん……」と歯切れの悪い返事をした。

「シオンさんの用って何なのかなって、考えてて……時期的にもちょっと気になるし」
「時期?」
「あ、いや何でもない。ほらその、やっぱり珍しいからさ」
「まあ、確かに……。こんな時間に訪ねてくるのは珍しいわよね」

 シオンが院を訪れることはそう頻繁にあるわけではなかったが、それは大抵夜――夕食を終えた頃であることが主だった。酒などを手土産に訪れる姿を、フィーネも幾度か目にしている。

「何か急ぎの情報でも頼まれてたとか?」

 シオンは院長の持つ情報源のひとつでもある。『何でも屋』を営んでいるからなのか、また別の理由があるのかは知らないが、迅速に質のいい情報を集めるのだと、院長が手放しで賞賛しているのを聞いたことがあった。
 セイは少し考えるような素振りを見せたものの、気分を切り替えるように息を吐いて、呟いた。

「なら、別にいいんだけど……」

 それについての話題はそこで途切れ、後は子供達が椅子を壊したから新しく買わないといけないとか、どこそこの扉は調子が悪いから一度ちゃんと見てみたほうが良いとか、そういう院内の雑事についてへと話は移行していった。
 しかしその間も時折院長の私室を気にする素振りを見せるセイに、何をそんなに気にしているのかわからず、フィーネは内心首を傾げる。

(確かに滅多にないことだけど、一度もなかったってわけでもないし……他に気にかける要因でもあったとか?)

 そう考え、ふと気づく。

(もしかして、『隠し事』に関わること? 月一の外出、今日だったし)

 それなら妙に過敏になっていることにも頷ける。毎回外出後のセイは考え事に沈みがちだったり、溜息の数が増えたり、かと思えば明らかに空元気で騒いでみたりと、少々様子がおかしくなるのだ。今回もそれの一環なのかもしれない、とフィーネは考えた。

 荷物の整理を終えた後、シオンに出すためのお茶請けを準備しながら、フィーネは思いを巡らす。
 これまで見聞きしたことから推測するに、セイの『隠し事』には院長だけでなくシオンも関わっているのは間違いない。
 シオンが訪ねてきた後にセイが呼び出され、三人で院長の私室にこもっていたこともあれば、シオンの所に行って来ると言って、数日帰ってこなかったこともある。帰って来たセイは何やらよろよろしていて、その後数日ぐったりしていたが……一体なんだったのだろう。

(……まあ、こうやって推測したって、答えは教えてもらえないんだけど)

 隠しているのならそれ相応の理由があるのだろうとわかっているから、しつこく追及することもできない。

(……いつか、教えてくれるのかしら)

 そうだといいのに、と思いながら、フィーネは院長の私室の戸を叩いた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...