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4.買い物

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「ああ、フィーネ。少し頼めるかな?」
「何ですか? 院長」

 『院』内にある調理場。主に『院』に住む者たちの食事を作るために使用される場所だ。食事を作るのは一応当番制ということになっているが、実際のところは帳簿付けを任されている関係で買出しをすることの多いフィーネの仕事となっている。何をどれくらい買ったかが分かっていれば、献立を決めるのだって楽なのだ。

 いつものように夕食の準備をしていたフィーネのところにやってきた院長は、首を傾げるフィーネに柔らかに笑むと、掌の半分ほどの大きさに畳まれた紙片を取り出した。それをフィーネへと差し出す。

「これに書いてあるものを買ってきてもらえるかな? 足りなくなった備品とか新しく入れる本とかなんだけど、僕はちょっと用事があって行けないんだ。少し量が多いかもしれないけど、荷物持ちにセイをつけるから大丈夫だと思うし」

 フィーネは渡された紙片を開いて書かれている品物をさっと確認し、また元のように畳んで頷いた。

「分かりました。セイは何処に?」
「さっき図書室で伝えておいたから、門で待ってると思うよ」
「そうですか。じゃあ支度してから行きます」

 セイが荷物持ちにつくなら、頼まれた以外のものもついでに買いに行けるだろう。そう考えて内心手間が省けることに喜ぶフィーネに、「気をつけて」と声をかけて、院長は他の用事を済ますためにその場から去って行った。


 *


「フィーネ!」

 院長の言葉通りに門に居たセイは、フィーネの姿を認めると笑みを浮かべて名を呼んだ。フィーネはそんなセイの元へと小走りに駆け寄る。

「ごめん、ちょっと支度に手間取って」
「いいよ。そんなに待ってないし」

 まるで恋人同士の定番のような会話を交わし――しかし双方それには気付かずに――二人連れ立って歩き出す。

「まずはどこから?」
「重いものは後回しにしたいから……そうね、茶葉の買い付けから行こうかしら。緑茶だけだから量もそうないし」
「ってことは裏通りから行ったほうがいいね。あとは大体道なりに買って行こう」
「本の受け取りは最後に回すわよ。今日はちょっと多いみたいだから」

 こうして二人で買い物に出るのは珍しいことではない。院に住む者の中では年長であるために、こうした雑事を頼まれやすいのだ。
 かけられる声に愛想よく返事をしながら、二人は歩き慣れた道を行く。
 そして第一の目的地へと辿り着いた。

「砂霧(さぎり)さん、いつものお願いします」
「……量は」
「前回と同じで」
「少し待て」

 裏通りの一角にひっそりと存在する店。主に『異国』の商品を扱うそこは、フィーネにとって通い慣れた場所である。しかしその外観は明らかに周囲の建物とは一線を画したつくりをしており、一見の客は入ろうなどと思わないだろう、少々近寄りがたい雰囲気に包まれていた。
 かなりの頻度で通っているにも関わらず自分以外の客を見たことがないので、フィーネはちゃんと採算が取れているのだろうかと密かに心配していたりする。

「……ほらよ」
「ありがとうございます! お代はいつも通りにって院長が」
「わかった。……ああ、そうだ」
「?」

 店主である砂霧が必要最低限の言葉以外を喋るのは珍しい。出身が異国であるために、この国の共通語にあまり堪能でないというのも理由にあるだろうが、何よりその性格的に無駄話を好まないのだろうとフィーネは思っている。
 首を傾げるフィーネをよそに、砂霧は何やら奥から包みを持ってきた。手のひらほどのそれを差し出され、フィーネは目を瞬かせる。

「……やる」
「え?」
「嬢ちゃんになら似合うだろう」
「ええ?」

 戸惑いつつも受け取り、包みを開けば、そこには銀細工の髪飾りがあった。

「あの、これ……?」
「売り物にはならない品だ。しまいこむよりは、使う人間にやる方がいい」
「……もしかして、『呪物』ですか?」
「ああ」

 『呪物』とは『異国』のひとつ、<常世国>シルフィードのみで作られ、基本的に他国には流通しない品の総称だ。その特殊性故に、シルフィードの民の血を引かない人間には身に着けることさえできない品である。
 砂霧はフィーネがシルフィードの民の血を引いていると知っている。髪飾りの意匠からして女性の方が身に着けるのに相応しいと考え、託す相手にフィーネを選んだのだろう。
 フィーネは数度髪飾りと砂霧とを交互に見て、それから笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。大切にしますね!」

 そうして砂霧に辞去の礼を述べ、フィーネは店を出た。

「お待たせ。……中で一緒に待ってれば良かったのに」

 入口で待機していたセイにそう言うと、セイは心底嫌そうな顔をした。

「やだよ、砂霧さん苦手だし。何か僕の髪の色に嫌な思い出あるらしくて、行くと冷たい目で見られるから怖いんだよ」
「そうなの? 気のせいじゃなくて?」
「気のせいじゃなくて。だからあんまり顔合わせないようにしてるんだよ。不快にさせちゃ悪いし」
「ふぅん。こっちに来てから何かあったとか? セイの髪ってそこまで珍しい色じゃないわよね、国内では」
「似たような色は結構居ると思うけど……。それで、何かもらってたみたいだけど、どうしたの?」
「髪飾りもらったのよ。『呪物』で売り物にならないからって」

 フィーネの言葉に、セイは首を傾げた。

「『呪物』? って、確かシルフィードの血引いてない人間には持てないやつだよね。だからフィーネにってことか。どんなやつ?」
「これ」

 フィーネは髪飾りをセイに差し出すと、セイは一瞬躊躇しながらもおそるおそる受け取った。その様に、フィーネは溜息をつく。

「持ったくらいじゃどうにもならないわよ。院長も言ってたし」
「それくらい知ってるけど、僕はシルフィードの血を引いてないんだから怖いものは怖いよ!」

 そりゃあフィーネにはこの気持ちはわかんないだろうけど、などとぶつぶつ言いながら、セイは髪飾りをつぶさに観察する。
 砂霧にもらった髪飾りは、一対の細い筒状で、縦にぱかりと割れる構造になっている。中には突起が咬み合うように配置されていて、髪の房を挟んで固定するのだろうと知れた。外側には細かい紋様と文字らしきものが彫ってあるが、それに込められた意味まではフィーネにもわからない。恐らく、院長ならばわかるのだろうが。
 一通り見た後、セイはそれを丁寧にフィーネへと返した。

「ありがと。聞いてはいたけど、見た目じゃ全然わからないね、『呪物』って。うっかり普通の品と混ぜて売られたりしたら大変そうだ」
「それはないでしょ。こういう意匠の飾りは異国でしか作られないし」
「それもそっか」
「まぁ、『呪物』の存在自体知らなかったらわからないけど、そういう人のところに『呪物』が渡る可能性は低いだろうし……あ、次の曲がり角右ね。調味料買うから」
「了解」

 そんな調子で、二人は着実に買い物を済ませていったのだった。
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