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3.日常
しおりを挟む「ちょっとセイ! どこ行ってたのよ! いっつもふらっといなくなるんだから。どっか行くなら誰かに一言断ってからにしなさいって言ってるでしょ!?」
セントバレット王国、イリセイル地方にある王都、ティラン。城郭近くに位置する『院』に、少女の声が響き渡った。
院の門付近にいた人々は何事かと声のした方を見遣り、見慣れた状景が繰り広げられているのを見てまた自分の仕事に戻った。
「あはは~、いやうっかりしてて」
へらへらと笑み崩れながら門から入ってきたのは、光の角度では金にも見える髪と青い瞳の人物だった。少年と青年のちょうど中間の風貌をしていて、どことなく気品を感じさせる。
「うっかり? うっかりで何回同じことしてんのよあんたは。……まあいいわ。図書室で子供たちが待ってる。『セイお兄ちゃんは?』って周りの人に訊きまくってたわよ」
「あ、本読んでやるって約束してたんだった。ありがとフィーネ。じゃあ行ってくるよ」
くるりと踵を返してそのまま去ろうとしたセイの服の端を、フィーネが掴む。
「……なに? まだなんかやったっけ?」
顔だけをフィーネに向けて器用に首をかしげるセイ。そんなセイをフィーネはじっと見つめる。
「あんたなんか隠してるでしょ。うまく言えないけど……変よ」
「え、いやなんにも隠してないって」
「………………」
「何も隠してないってば。だから手、離して?」
「……………………………………」
「……えーと、すいませんこの間図書室の本棚壊したの僕です」
「そう言うことじゃなくって、……ってやっぱりあれあんただったのね!? 修理代いくらかかったと思ってんの!」
フィーネの剣幕に、セイは冷や汗を書きながら早口で言い訳をする。
「いやだって梯子壊れてて高いところの本とるのに本棚踏み台にするしかなかったんだよ……」
「椅子使うって選択肢はあんたの頭に存在しなかったわけ?」
ギロリと睨まれて、セイの顔からさぁっと血の気が引いた。
「……思いつきませんでした…………」
「………………」
見るからにしょんぼりとした様子に怒りを通り越して呆れてしまい、フィーネは深々と溜息をついた。
……もう十七歳だというのに、セイのこの情けなさは一体何なのか。
なんと言うかとても微妙な空気が辺りを包んだその時。
「あっ! セイお兄ちゃんだ!!」
「ほんとだ! お兄ちゃん絵本よんでー!」
「よんでよんで!」
数人の子供の無邪気な声が耳に飛び込み、二人は同時に声のした方を見る。手に手に本を持った子供たちが笑顔を浮かべて走ってきていた。
「……待ちきれなくて探しに来たのね。行ってあげなさいよ」
「……いいの?」
伺うようにフィーネを見るセイ。たったひとつの差と言えど年上であるはずのこの男は、実は年齢詐称しているんではないかとフィーネは時折本気で思う。それほど言動が子供っぽいのだ。
「よくなきゃ『行ってあげなさい』なんて言わないわよ」
そう告げれば、セイの表情はぱぁっと明るくなった。……なぜだろう、喜びにはちきれんばかりに振られる尻尾が見える気がする。
(精神年齢が子供並みっていうか……もはや犬ね。しかも雑種で誰にでも懐く番犬にならない犬だわ、きっと)
などと考えながら、フィーネは子供たちの方へと走るセイをじっと見つめた。
本当は、訊きたいことがあったのだけれど。今日こそはと思っていたのだが、また機会を逸してしまった。
月に一度、セイはどこかへ出かける。それは院長にも容認されているが、絶対に理由は教えてもらえない。院長に訊ねても、「セイの問題だからね」とはぐらかされるばかりで何の手がかりも得られなかった。
そもそも自分はセイが院に来た理由も詳しくは知らないのだ。幼馴染どころか家族のように育ったのに、セイに関しては知らないことばかりだし、隠し事もされている。
面白くない……し、少し寂しい。
セイが、院の中で――もっと言えば院長に、特別な扱いを受けていることは分かっている。
『院』では無償で子供達に学びの場を提供するほか、孤児を引き取ったりもしていて、それらの子たちは一般の子とは別に、院を出ても生きていけるように教養を叩き込まれるのだが、セイはそれとは別に週に一度、院長と二人で重要図書閲覧室に籠る。何をしているのかは知らないが、一般教養を仕込んでいるのではないのは明白だ。何かあると勘繰らない方がおかしい。けれど、それらを追及していい立場に、自分はいない。
「~~~ああもう! うだうだ考えるの止め!!」
フィーネは自らに言い聞かせるように叫ぶと、疑問を振り払うかのように早足で院内に戻ったのだった。
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