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眠り姫になった男爵令嬢と、その傍らに居続ける公爵令息
しおりを挟むふわふわと漂いながら、寝台を見下ろす。
そこには私とうり二つの――というか私そのものの身体があった。
『できれば目を覚ましたい、とは思ってたけど、こういう意味じゃなくて……』
抜け殻となった自分の身体にふわふわ近づき、無意味に頬に触れようとして空振った。
しかたないので、寝台横でじっと祈るように手を組んでいる銀髪碧眼の美しい人……私の婚約者を眺める。
その表情は悲壮という他なく、囁くような声で「何でもする。何でもするから、……目覚めてくれ」と繰り返している。
その様子にやっぱり首を傾げてしまう。
『それにしても、彼と私、こんなふうになるほどの関係じゃなかったと思うんだけど……?』
「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃。婚約者にそんなことを言われた。
言われた私はといえば、「それはもう最初から分かっていたことでは?」と思っていた。
婚約者は公爵家の嫡男で、歴代最強と言われる魔力を持ち、学業面はといえば優秀という言葉では足りないほどの成果を出し、かと思えば剣術の腕も騎士団入団は確実と言われるほどのもので、もちろん顔の造作もとてもよい。
方や私はといえば、貧乏男爵家の末っ子、魔力は並……どころかなんだか体感年々減っているような気がするし、学業面も魔力操作以外は平均程度、一応は貴族の女子に剣術の腕なんてあるわけがないし、顔も平凡がいいところだ。
釣り合わないにもほどがあるが、それは婚約を申し込まれたときからわかっていたし、いろいろを真綿に包んでお断りしようとしたけれど押し切られた形だ。理由は公爵夫妻曰く、『そこに愛があるから』。意味が分からない。わからないが、公爵家にそれ以上何も言えなかったので、なんか婚約することになっていた。
顔を合わせたのは、魔術学院に入る前だ。それから一ヶ月毎に顔合わせとしてお茶会を行っていて、そして二年生に進学して初めてのお茶会で「釣り合わないと思わないか」と言われたのだった。
「そうですね」と頷けるだけの関係性は築けていなかったため、私は曖昧に微笑んだ。
世間からは『さすが公爵家なだけある』とか言われているくらいの社交性があるらしいが、私の前での婚約者はいつも無表情で、目にも何の感情も載っていなくて、「これは嫌いな人間か、何の興味もない人間に対する態度では?」という感じなのだった。
なので、彼はいつもどおりの無表情で、何の感情もうかがえない瞳でそんなことを言ってきたわけで、反応にも困るというものだった。
「……否定しないんだな」
どこか残念そうに聞こえなくもない声でそう言われて、真意を考える――までもなく、彼は席を立っていなくなってしまった。
そんなお茶会を経た次の週。私は突然倒れてしまった。
眠ったままの状態が続き、原因は不明。その間にも身体は衰弱していく。
家族は右往左往、手を尽くしてあらゆる医師を呼んだけれど、「このままでは……」と余命宣告されるだけに終わる。
もうどうしようもないのかと絶望する家族の前に現れたのは、公爵家のみなさんだった。
公爵家のみなさんは、貧乏男爵家ではどうやっても無理なツテを使って王室付き魔術医師を呼び、私の身体の状態を調べ上げた。
その結果――私は慢性的な魔力欠乏状態に陥って、仮死に近い状態になっているということがわかった。
なんでも、私は生来魔力貯蓄機関に不具合があったらしい。それは成長と共に致命的なものになっていき、ついにこの歳になって、魔力欠乏症という形で現れてしまったということだった。
……という一連の流れを何故私が知っているかというと、眠った状態で身体は動かせないものの、何故か音は聞こえていたからだ。
それによってなんとなく状況を把握していた私は、王室付きの魔術医師ですら、他人の魔力機関をどうこうすることはできないと聞いた時点で、「もうだめかな~」という気持ちになっていた。
しかし、家族より誰より、なんと、婚約者の彼が「絶対に死なせない!」と強く言い切ったのだった。
それにより、私の延命治療は始まったのだけど、それはあまり結果を為さなかった。
公爵家の一室を与えられ、そこで眠り続ける私に寄り添い続けたのは、私のことを何とも思っていないか、あるいは嫌いなんじゃないかと思っていた婚約者の彼だった。
家族にも生活がある。毎日誰かしらが顔を出しに来てくれるが、婚約者はその比ではない。魔術医師が席を外すように告げた時以外は大体いる。寝る時と身支度と食事以外はいつもいるんじゃないかと思うくらいだ。
そして、寝台横で、何かに祈るようにずっと呟いている。
『俺にできることなら何でもする。だから目を覚ましてくれ』のような言葉の時もあるし、『俺がもっと早く気付いていれば……』という悔恨の時もあるし、『まだ、きちんと気持ちすら伝えられていなかったのに』や『彼女にはもっと輝かしい未来がなければおかしい』という内容の時もある。
それらを聞くうちに「……この婚約者、もしかして私のこと、わりと……好きだったり?」と思うようになった。接したときの態度からはまるでわからなかったが、なんか嫌われてはいなかったらしい。
そんな日々を過ごしているうちに、何故かは分からないけれど、ひょいっと幽体離脱してしまった。
しかし、そんな私のことは誰も見えないようだ。そもそも自分の身体がある部屋から離れられないので、多くの人で試したわけではないが。
仕方ないので、自分の身体が寝ている寝台に戻って、腰掛ける(フリをする)。
そうして、飽きもせず祈るように手を組んで言葉を落とし続けている婚約者を眺める。
美しい顔には憔悴の色が濃い。色素の薄い銀髪も、最低限整えられているだけで、ずいぶんと伸びてきているように見える。
宝石のような瞳の下には濃い隈が鎮座している。それでも美しさは損なわれないのがすごい。
「どうして、どうして君が……。君以外の誰がどうなったって構わないのに、よりによって、どうして君が……」
(なんか怖いこと言ってない?)
「君が目覚めるというのなら何でもする。俺の命と引き換えにしたっていい。それなのに……」
(いやいやいや、そんな献身はいらないですよ!?)
「……そうだ。王室魔術医師が、言っていた……。外部から魔力を与えられれば目が覚めるかもしれないって。でも、魔力が合わなくて余計に悪化する可能性もあるって……。……」
(人間に外から魔力を与えるのって、禁忌領域として研究が進んでないのよね。というか、禁忌とされる理由があるわけで、さすがにその方法を模索したりは……)
何かを深く考えるような婚約者に、焦りを覚える。何か、何かをしてしまいそうな危うさが、彼にはあった。
「魔力を、魔術の形以外で身体の外に出そうとすると、苦痛が起こるという……だからこそ、神は人と人との間の魔力譲渡を許していないのだと。だったら……魔力を外に出そうとして、苦痛を感じるのなら、それが正しい方法の可能性がある」
そうして、彼は幾度か苦痛に耐えるような顔をして――何かを、決心してしまったようだった。
「……君はきっと、望まない。目を覚ますことができたとしても、こんな方法では喜ばないどころか、嫌悪されるかもしれない。――それでも、君に目を覚まして……生きて、ほしいんだ。君が、俺の世界に、色をくれたから」
彼が顔を傾ける。寝台で眠る私の顔へと近づいていく。
彼が何を為そうとしているか察して、私はどんな顔をすればいいかわからず、思わず目を瞑った。
その一瞬、ぐいっと何かに引っ張られるような感覚がして――次の瞬間、眼前には、憔悴してもどこまでも美しい婚約者の顔が、睫と睫が触れるほどの位置に――……回りくどい言い方はやめよう。私に口づけている婚約者の顔が、あった。
苦痛に耐えるように顔を顰めていた婚約者は、しかし気配で気付いたのだろう、私の目が開いたのを確認して、すぐに離れた。脱兎のごとくだった。
しかし、今起きたことは何もなかったことにならない。
「キース様……」
私は久方ぶりに婚約者の名前を呼んだ。ぎこちない声だったけれど、それは確かに彼に届いて、彼は肩をそびやかし、そして、隠しようもない――歓喜をその顔に映した。
「アルティア……目が、覚めたのか? 本当に?」
「本当も何も、貴方の目の前にあるものが現実だと思います」
「ああ……! 本当にアルティアの声だ! アルティアの目が開いて、口が動いて、喋って……生きている……!」
「私、まだ一度も死んではいなかったはずですが……」
そんな私のツッコミも耳に入っているのかいないのか、彼は私の手捧げるように握って、感極まったように美しい涙を量産し続けている。
口の中が、どうしてか甘い。なんとなく、これが彼の魔力なのだと感じた。
これは、禁忌だ。禁忌による目覚めだ。
だから、ちゃんとそれを知っている私は、その方法で目覚めさせた彼に思うところがあるのが当然かもしれなかったけれど――不思議なくらい、心は穏やかだった。よかったね、というまるで他人事のような感想さえ浮かぶ。
彼が禁忌を犯さなければ、きっと私の目覚めはなかっただろうこともわかってしまった。
だから、私は喜びとかいろいろ混ざった涙を流し続ける彼に――キース様に、囁いた。
「目覚めさせてくださって、ありがとうございます。……それがどんな手段だとしても」
そうして目覚めた私だったけれど、この目覚めは一時的なもので、キース様が半狂乱になったり、また口移しでの魔力譲渡で目覚めたり、つまり定期的にキスをしないと私は目を覚ましていられなくなったり、禁忌について魔術界医術界含めてのごたごたに巻き込まれたりもするのだけれど――それはまたの機会に。
+ + + + +
◆アルティア
世にも珍しい魔力貯蓄機関の損傷により、慢性的な魔力欠乏症に陥り、眠り姫になった。
自分のこと好きじゃないんだろうな~と思っていた婚約者が自分を好きすぎたため、禁忌とされている方法で目覚める。
わりあいざっくりと生きている。
キースの世界を変えたことは忘れている。
◆キース
アルティアが好きすぎて感情を抑えすぎていた結果、なんにも想いが伝わっていなかった相手役。
禁忌だとしても一縷の望みをかけてアルティアを目覚めさせようとした、ら成功した。
かつてアルティアによって世界の見方が変わった。
幼い時のことだったので、アルティアが覚えていないようなのは仕方ないと思っている。
でも逃したくないので、公爵家の全権力を使って囲い込んだ。
でもこんなに素敵な彼女と自分では釣り合わないかもしれない……と常々思っていたためにあんなことを言った。ら、彼女が倒れてしまったので目の前が真っ暗になった。
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