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旅路をなぞる
必死で、悲痛で、自分勝手な
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うっすらと透けた『シーファ』の姿と声とともに、脳内に清廉な銀色の文字が躍る。
【――すまない】
【これほどまでに、『混ざる』のが早いとは――】
【けれど、間違えないでくれ。君は君だ。私に巻き込まれた君だ】
【だから、何も負わなくていい。――私のことを、彼らのことを、考えなくたっていいんだ】
【この旅の全ては、私が背負うものだから――】
【すべて、為すのは君じゃない、私だ。私なんだ】
必死で、悲痛で、懇願するような。
そんな声音で、『シーファ』は言葉を連ねる。
【どうか傷つかないでくれ。苦しまないでくれ。悲しまないでくれ】
【『こう』なってしまったなら、いっそすべてを私に転嫁してくれていいから】
【『君』が傷を、負わないでくれ】
無理だよ、と思う。
もう私は知ってしまった。『シーファ』を知ってしまった。『シーファ』が繰り返した旅路を知ってしまった。彼らを知ってしまった。
(やっぱりシーファは、やさしい)
そしてその優しさは、出来上がったばかりのときから、大事に大事に箱に詰められて、抱え込まれてきたから。
純粋で――そしてどこか、自分勝手な優しさだ。
(『私』が傷つかなくて、苦しまなくて、悲しまない――そんな道は、きっと無いのに)
それでも願う、願ってしまうシーファは、かわいそうで、愛しい。
小さな子どもが、現実を正しく認識できずに――あるいは認識しながらも、夢物語を願うみたいに。
『みんなみんな幸せになりますように』なんて途方もない夢を、願うみたいに。
純粋すぎて、切実すぎて、現実が見えてなくて。
きっと誰かはそれを愚かだと言うかもしれないけれど。
そう『願える』シーファで――『願えるようになった』シーファのまま、今ここにいる。それに、よかった、と思う。
その『優しさ』を獲得したシーファだからこそ、『繰り返し』はつらいものだっただろうけれど――。
【まだ、諦めないの? 『シーファ・イザン』】
【――だったら、仕方ない。また、『繰り返し』だ】
【繰り返す度、君の自我も、魂も、磨り減っていくのに】
【それでも諦めることを選ばないんだね。――ばかな子だ】
【大丈夫だよ。君が諦めた暁には、きちんとその自我も魂も癒してあげる】
【――まっさらな状態からもう一度、苦しんでね?】
脳裏をちらつく濁った血の色の文字が、実際に『シーファ』に向けられた言葉たちだとわかるから。
それだけの歪んだ執着と悪意を向けられながら、それでも諦めずにここまで来たのだとわかるから。
私はきっと、これからどんな目にあっても――シーファを責められないのだろうなと思った。
この、かわいそうで、自分勝手で、やさしくて、ひたむきな魂を。
シーファの姿が唐突に消えた。視界の隅に銀の髪の輝きを認めて、『私』が『シーファ』になったのだと確信して、そっと息を詰める。
【 待っているよ 『シーファ=イザン』 】
【 はやく おいで ここまで おいで 】
【 僕のためのエルフの子 】
【 たくさん 苦しんで 】
【 たくさん 嘆いて 】
【 そうして ここまで おいで 】
【 たのしみだね 『シーファ=イザン』 】
【 今度の君は 僕の元で どれだけ耐えられるだろう 】
【 たのしみだね…… 】
愉悦に塗れた血の色の文字が、脳内を侵食する。文字が踊って、踊り狂って、『私』をぐちゃぐちゃに、めちゃくちゃに、蹂躙しようとする。
――だけどこれで『シーファ』が壊されることはないと、『混ざった』私は知っている。
声の主にとって、これはただの手遊びのようなもの。本気で手出しをしてきているわけじゃないのだ。『シーファ』が『狂えない』と知っていながら――知っているから行われる、悪趣味な手遊び。
そしていつかと同じように、必死な誰かの声が聞こえてきて。
全てが遠く消えていって。
私は目覚めた。
「シーファ……!」
予想通り、そこには煌めく金色と、こちらを気遣う色で満ちた碧眼があった。
「……レアルード……」
「魘されていた。……やっぱり例の夢か?」
『例の夢』。
いつか想起できなかったそれは、今回は当たり前のように想起できた。
あの血の色の文字が浮かぶ夢。悪趣味な手遊びの結果。『狂えない』とはいえ、シーファの精神に多大な負荷をもたらすそれ。
あるいは、過去の『繰り返し』の記憶。フラッシュバックするように現れる、悲しみの、苦しみの、痛みの、記憶。
村にいたとき、『シーファ』がそれらに苦しむ様を見たレアルードは、眠るシーファに気を配るようになった。
レアルードに『夢』の中身は話していない。『目が覚めると忘れてしまう、けれど繰り返し見る夢』ということにしていた。
「……ああ。すまない、起こしてしまったんだろう」
「いや、前も言っただろう? 俺は元々眠りが浅いんだ。お前が魘される前から起きてた」
「……そうか」
それが本当のことでも、私に気を遣わせないための嘘でも、どちらでもレアルードの優しさだ。
それを噛みしめながら身体を起こす。もう一度眠れる気はしなかったし、空は明るんでいた。起きてもおかしくない時間帯だ。
タキは、昨夜は「最後の情報収集行ってくる」と言い置いて出て行ったまま戻っていないようで、部屋には二人だけだ。
まだ心配げにこちらを見遣るレアルードに、心の中で苦笑する。
「そんな顔をしなくても、君が起こしてくれたから、大丈夫だ。……ありがとう」
心のままに、伝える。『シーファ』としては少し逸脱してしまうのかもしれないけれど、別にいい。
一瞬目を見開いたレアルードが、ほっとしたように、そして嬉しそうに、笑ってくれたから。
(本当は、『旅』が終わったら、こうしたかったんでしょう、シーファ)
応えのないとわかっていて、心の中で呼びかける。
『今回』で最後だと言うのなら、『最後』にするのなら、『次』はない。
――『次』は、ないのだ。
遠い空の朝焼けを見つめる。
町を出る日に相応しい、晴天になりそうだった。
+ + + + + + + +
連載を完全凍結することにしたのでここまでになります。
お付き合いいただきありがとうございました。
Twitterから行ける拍手に伏線の答えとかやりたかったこととか置いているのでご興味があれば。
【――すまない】
【これほどまでに、『混ざる』のが早いとは――】
【けれど、間違えないでくれ。君は君だ。私に巻き込まれた君だ】
【だから、何も負わなくていい。――私のことを、彼らのことを、考えなくたっていいんだ】
【この旅の全ては、私が背負うものだから――】
【すべて、為すのは君じゃない、私だ。私なんだ】
必死で、悲痛で、懇願するような。
そんな声音で、『シーファ』は言葉を連ねる。
【どうか傷つかないでくれ。苦しまないでくれ。悲しまないでくれ】
【『こう』なってしまったなら、いっそすべてを私に転嫁してくれていいから】
【『君』が傷を、負わないでくれ】
無理だよ、と思う。
もう私は知ってしまった。『シーファ』を知ってしまった。『シーファ』が繰り返した旅路を知ってしまった。彼らを知ってしまった。
(やっぱりシーファは、やさしい)
そしてその優しさは、出来上がったばかりのときから、大事に大事に箱に詰められて、抱え込まれてきたから。
純粋で――そしてどこか、自分勝手な優しさだ。
(『私』が傷つかなくて、苦しまなくて、悲しまない――そんな道は、きっと無いのに)
それでも願う、願ってしまうシーファは、かわいそうで、愛しい。
小さな子どもが、現実を正しく認識できずに――あるいは認識しながらも、夢物語を願うみたいに。
『みんなみんな幸せになりますように』なんて途方もない夢を、願うみたいに。
純粋すぎて、切実すぎて、現実が見えてなくて。
きっと誰かはそれを愚かだと言うかもしれないけれど。
そう『願える』シーファで――『願えるようになった』シーファのまま、今ここにいる。それに、よかった、と思う。
その『優しさ』を獲得したシーファだからこそ、『繰り返し』はつらいものだっただろうけれど――。
【まだ、諦めないの? 『シーファ・イザン』】
【――だったら、仕方ない。また、『繰り返し』だ】
【繰り返す度、君の自我も、魂も、磨り減っていくのに】
【それでも諦めることを選ばないんだね。――ばかな子だ】
【大丈夫だよ。君が諦めた暁には、きちんとその自我も魂も癒してあげる】
【――まっさらな状態からもう一度、苦しんでね?】
脳裏をちらつく濁った血の色の文字が、実際に『シーファ』に向けられた言葉たちだとわかるから。
それだけの歪んだ執着と悪意を向けられながら、それでも諦めずにここまで来たのだとわかるから。
私はきっと、これからどんな目にあっても――シーファを責められないのだろうなと思った。
この、かわいそうで、自分勝手で、やさしくて、ひたむきな魂を。
シーファの姿が唐突に消えた。視界の隅に銀の髪の輝きを認めて、『私』が『シーファ』になったのだと確信して、そっと息を詰める。
【 待っているよ 『シーファ=イザン』 】
【 はやく おいで ここまで おいで 】
【 僕のためのエルフの子 】
【 たくさん 苦しんで 】
【 たくさん 嘆いて 】
【 そうして ここまで おいで 】
【 たのしみだね 『シーファ=イザン』 】
【 今度の君は 僕の元で どれだけ耐えられるだろう 】
【 たのしみだね…… 】
愉悦に塗れた血の色の文字が、脳内を侵食する。文字が踊って、踊り狂って、『私』をぐちゃぐちゃに、めちゃくちゃに、蹂躙しようとする。
――だけどこれで『シーファ』が壊されることはないと、『混ざった』私は知っている。
声の主にとって、これはただの手遊びのようなもの。本気で手出しをしてきているわけじゃないのだ。『シーファ』が『狂えない』と知っていながら――知っているから行われる、悪趣味な手遊び。
そしていつかと同じように、必死な誰かの声が聞こえてきて。
全てが遠く消えていって。
私は目覚めた。
「シーファ……!」
予想通り、そこには煌めく金色と、こちらを気遣う色で満ちた碧眼があった。
「……レアルード……」
「魘されていた。……やっぱり例の夢か?」
『例の夢』。
いつか想起できなかったそれは、今回は当たり前のように想起できた。
あの血の色の文字が浮かぶ夢。悪趣味な手遊びの結果。『狂えない』とはいえ、シーファの精神に多大な負荷をもたらすそれ。
あるいは、過去の『繰り返し』の記憶。フラッシュバックするように現れる、悲しみの、苦しみの、痛みの、記憶。
村にいたとき、『シーファ』がそれらに苦しむ様を見たレアルードは、眠るシーファに気を配るようになった。
レアルードに『夢』の中身は話していない。『目が覚めると忘れてしまう、けれど繰り返し見る夢』ということにしていた。
「……ああ。すまない、起こしてしまったんだろう」
「いや、前も言っただろう? 俺は元々眠りが浅いんだ。お前が魘される前から起きてた」
「……そうか」
それが本当のことでも、私に気を遣わせないための嘘でも、どちらでもレアルードの優しさだ。
それを噛みしめながら身体を起こす。もう一度眠れる気はしなかったし、空は明るんでいた。起きてもおかしくない時間帯だ。
タキは、昨夜は「最後の情報収集行ってくる」と言い置いて出て行ったまま戻っていないようで、部屋には二人だけだ。
まだ心配げにこちらを見遣るレアルードに、心の中で苦笑する。
「そんな顔をしなくても、君が起こしてくれたから、大丈夫だ。……ありがとう」
心のままに、伝える。『シーファ』としては少し逸脱してしまうのかもしれないけれど、別にいい。
一瞬目を見開いたレアルードが、ほっとしたように、そして嬉しそうに、笑ってくれたから。
(本当は、『旅』が終わったら、こうしたかったんでしょう、シーファ)
応えのないとわかっていて、心の中で呼びかける。
『今回』で最後だと言うのなら、『最後』にするのなら、『次』はない。
――『次』は、ないのだ。
遠い空の朝焼けを見つめる。
町を出る日に相応しい、晴天になりそうだった。
+ + + + + + + +
連載を完全凍結することにしたのでここまでになります。
お付き合いいただきありがとうございました。
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