異世界チェンジリング

空月

文字の大きさ
上 下
30 / 56
終わりのためのはじまり

憂い、願い、請う

しおりを挟む


  その日、早々に眠りについた私を待っていたのは、覚えのある――『シーファ』と言葉を交わした空間だった。

  ぼんやりと辺りを見回す。何も見えないのだと分かっているのに。
  ――でも、今回はこれまでと違った。
  自分の身体も何も見えない真っ暗な空間なのは変わりないけれど、その中に異彩を放つものが在った。


 「……シーファ?」


  私のすぐ傍に、滲み出るように現れた銀色の影――それ自体が淡く光っているから影と呼ぶのはおかしいのかもしれないけど、そう呼ぶのが一番しっくりくる――それが、『シーファ』なのだと直感した。名を呼べば、応えるように少しだけ光が強まる。


 【……すまない】


  躊躇うような間をおいて、謝罪が聞こえてくる。だけど、その理由が分からなかった。


 「どうして、謝るの?」

 【君のその不調が、私のせいだからだ】

 「不調? シーファのせいって……」


  そう言われても、心当たりがない。少しぼんやりしている気がする程度なのだけど、これがシーファの言う『不調』なんだろうか。


 【予想は、していた。これほどに早い・・とは考えていなかったが――】
 【……全ては、言い訳にしかならない。私に出来るのは、少しの間留めることだけだ】

 「留めるって、何を?」

 【けれど、それも君の心ひとつで無意味になる】


  私の疑問には答えずに、シーファは続ける。その『声』はとても苦しげで、何より悲哀に満ちていた。いつかのように。


 【あまり、私の『記憶』を覗き込まないようにしてくれ。自然と想起される場合は仕方ないが、意識してそれを為すのは止めて欲しい】

 「――『記憶』を思い出すのが、駄目なの?」

 【自らそうするのは、極力避けてほしい】

 「理由は、教えてもらえない?」


  シーファの『記憶』は、私のアドバンテージだ。そして『シーファ』のアドバンテージでもあったはず。旅を続けるのなら、『記憶』に頼った方が効率がいい。
  だけど、それをしない方が良いというのなら、それ相応の理由があるんだろう。


 【……私は、君を巻き込んだ。それは、必ず君を元に戻すことを前提に、決めたことだ】
 【だから、君がどのような選択をしても――旅の終わりには、君を返す。元の世界に。元の身体に】


  揺るぎない意志が感じられる『声』。
  だけどそれは、悲愴な決意にも思えた。どうしてそう思ったのかは、分からないけど。


 【それでも、君には君のまま・・・・でいてほしい。避けられない変化はいつか君を蝕むだろうが、それでも】


  少しでもそれを先に延ばしたい、と。
  それがただの感傷に過ぎないのも分かっている、と。
  そう言ったシーファは、きっと泣きそうな顔をしているんだろうと思った。姿は、見えないけど。


 「……やっぱり、よく分からないけど」


  そっと手を伸ばしてみる。
  銀色の影に触れたけれど、実体があるのかないのかも、よく分からなかった。
  驚いたように揺らいだ影に、少しだけ笑う。


 「君がそう言うなら、そうする。難しいけど、気をつけるよ」


  シーファの言い方からすれば、自然と『思い出す』ことだって本当はあまり良くないんだろう。そこから『記憶』を辿ってしまうから。
  何となくだけど、シーファが言っていることと、ユールに言われたことは似ているのかもしれないと思った。今は鮮明に思い出せるその内容は、多分、『シーファ』に戻った時点でまた『記憶』から零れてしまうだろうけど。


 【……ありがとう。――すまない】


  感謝と謝罪を重ねた『シーファ』の影が――銀色が明滅した。
  それから少しずつ、薄れていく。空間に滲んでいくように。

  また、とはシーファは言わない。多分だけど、こうやって話すのはシーファにとって好ましくないんだと思う。出来るなら話さずに済ませたいくらいに。
  でもそういうわけにもいかないから、あえて長く話さない・・・・部分もあるんだろう。

  すぅっと溶けるように消えていく『シーファ』を見届けて、考える。
  シーファは悲願を果たすために、終わらせるために私を『巻きこんだ』。
  私に与えられた指針は『旅』を――『魔王を倒す』という目的の下、旅を続けることだけ。その道中で何をしろとも、何をするなとも言われてない。
  ただ、最後まで旅を続けなければいけないことだけ、分かっている。

  『巻き込んだ』のに、全ての情報を明らかにしないシーファは、他の人に言わせれば身勝手なのかもしれない。私だって、そう思わないわけじゃないし。
  でも、シーファがどれだけの覚悟を以て私を『巻き込んだ』のかを、朧にでも知ってしまったから、責めるなんて出来ない。

  どんなに『シーファ』が心を砕いても、私が自分に許された知識で回避に動こうとしても、避けられない悲劇も苦痛もきっとこの先たくさんあるんだろう。
  それに直面した時、自分がどうなるかは分からない。あの盗賊に襲われた村でのように、遠い出来事のように感じるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらであっても、私は旅を止めることはないだろうということだけは確かだ。

  シーファは狂えない。全てを捨てて、何もかもから逃げ出すことは許されない。

  だからこそ『繰り返し』続けた、『シーファ』の悲劇を終わらせることが出来るのなら。
  歩みは止めない。『シーファ』の悲願を果たすため――そして、私が『私』に戻るために。

  それがきっと『シーファ』が選べた『最善』なのだと、覚醒に向かう意識の中、思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

処理中です...