異世界チェンジリング

空月

文字の大きさ
上 下
29 / 56
終わりのためのはじまり

思考と異変

しおりを挟む


  タキが戻ってきて、ゼレスレイドの家を出て、『教会』に戻って、依頼達成の認定をもらって。
  その一連の流れを、私は殆ど無意識のレベルで行っていたらしかった。

  ……曖昧な言い方になってしまったけど、きちんと記憶はある。
  ただ、その時に自分の意思が全く反映されていなかったというか、何をしようとか何をしようとか、そういうのを全然考えないまま――シーファの『記憶』のままに行動していただけで。


  自分でも、どうしてこんなにショックを受けてるのかが分からない。
  『ジアス・アルレイド』が『魔王の眷属』になってから、この旅に彼がちょっかいをかけてきたことは数えきれないくらいある。その全ては、旅の大筋を変えるようなものじゃなかったけれど。

  そして今回の彼の行動だって、確実に『旅』に干渉するものじゃない。可能性はあるけれど、がそう判断したように、タキを傍に置くことでコントロールは可能だろう。

  わざわざ不確定な――中途半端な手の出し方をジアスが選択する理由はない。気分とかかな、と思わないこともないけど、あれでいてジアスは純粋な気まぐれで物事を起こさない性質だ。何か意図があるとしか思えない。


  そんなふうに考え込んでいたから、私はその気配に気付かなかった。


 「――シーファ?」


  鮮やかな金色に、唐突に目が覚めたかのような心地がした。


 「……レアルード」


  一拍遅れて、それが何なのか――誰に顔を覗き込まれたのかを知った。

  気遣うような表情をしたレアルードは、ふとシーファに手を伸ばす。
  そっと頬に触れた指先は温かかった。そういえばレアルードはシーファより体温が高かったんだっけ、とどうでもいいことを思い出す。


 「――顔色が、悪い」


  眉根を寄せて額に手をあててくるレアルードにどう反応すべきか――なんだかそれを考えるのも億劫だった。
  ぼんやりしている私の意識とは無関係に、シーファの口は動く。


 「そうだろうか」

 「疲れているのか」

 「それは君の方だろう。依頼の内容からして」


  レアルードとピアが受けた依頼は町中走り回るような内容だったからそう言ったんだけど、レアルードは不服そうに眉間の皺を濃くした。


 「……タキ。いつからこうなんだ」


  私から話を聞くのは諦めたらしく、タキに視線を向けたレアルードが問う。タキは珍しく困ったように言葉を濁した。


 「いつからって言われてもな……アンタの言う『こう』ってのが何を示してんのかオレにはよくわかんねぇんだけど」


  タキの返答に、レアルードは小さく舌打ちをする。


 「体調悪いっぽい素振りはあったけど、基本いつも通りだったぜ? 受け答えもはっきりしてたし」


  付け加えるタキの言葉にも、レアルードは難しい顔をして黙ったままだ。
  『教会』に戻ってから、タキはシーファを休ませるためにシウメイリアにかけあってくれた。あの路地でちょっと意識を飛ばしてしまったからなんだろう。

  あえて固辞する理由もないし、レアルード達が戻るまで身体を休めさせてもらっていたけど、レアルードが言ってるのはそういうことじゃないんだろうと何となく思った。


 「こうして休ませてもらってはいるが、特に体調が悪いわけではない。君が何を危惧しているのかが私には分からないんだが」


  タキの交渉とシウメイリアの厚意で『教会』関係者用の空き部屋を貸してもらったから、そこのベッドで身体を休めてはいるものの、身体的な不調はない。休まないと言えばタキが納得しないだろうと思ったから大人しく従っただけで。

  『シーファ』の思考がそう結論付けたから今のような状態に在るだけだ。確かにはちょっとぼんやりしてるけど、対外的には――『シーファ』としては何の問題も無い状態のはずなんだけど。


  レアルードは何か考えるように目を伏せた。沈黙はそれほど長くなかったけれど、なんとなく、これはあまりよくない・・・・な、と思った。


 「レアルード」


  呼びかけると、彼は視線を上げた。私は努めて笑みを浮かべる。『シーファ』の表情筋は頑固なので、せいぜい口元に微笑が浮かぶ程度だったけど。


 「よく分からないが、心配してくれてありがとう。だが、そう深刻な顔をされるようなことはないから安心してほしい」


  レアルードは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。呆気にとられたみたいに目を見開いている。


 「本当に、体調に問題はないんだ。確かに立ちくらみのようなものは起こったが、それ自体はさして問題視するようなものではないはずだ。頻繁に起こるというわけでもない」


  何か言おうとしたのか中途半端に口を開いて、だけど迷うような素振りを見せたレアルードに更に畳み掛けようとして、――止めた。

  『シーファ』にしては喋りすぎたと思ったからだ。

  そもそも『シーファ』は饒舌な性質ではない。私が中に入って(この表現が正しいのかはいまいち分からないけれど)からは、多少言葉数は増えているものの、それでも元の『シーファ』と比べて違和感を覚えるほどではない。

  ただ、『シーファ』は人を気遣うということあまりしないようにしていた。理由は分からないけれど、そうした方が良いのだと考えていた。だから多分、私もそうした方が良いんだろう。

  ……まあ、既にちょっとシーファらしくない行動しちゃってるけど。


 「――分かった。悪い、先走った」

 「謝られるようなことじゃない。では、そろそろ宿に戻ろうか」


  言いながら立ち上がって、そこでやっとピアがどこに居たのかを知った。
  姿が見えないなと思ってはいたけど、ちょうどタキの影になっていて見えなかっただけらしい。

  ……ああ、駄目だな。気配も察知できないなんて。こんなふうじゃきっとジアスにも笑われる。逆に訝しがるかもしれないけど。


  シーファを見る彼女の瞳に暗い炎がちらつくのに、ああまた・・か、と思う。

  どうしてはいつも、うまく立ち回れないんだろう。

  これもまた、定められていた?


  ――否。

  即座に返る否定は、何度も何度も自問自答を繰り返した故の反射のようなものだ。

  彼女がシーファに抱く隔意は、仕組まれたものでも何でもない。ただ自分が、うまく立ち回れなかった証なのだと『知っている』。


  その『記憶』を無意識に想起しようとした瞬間、鈍く頭が痛んだ。

  これは大した『記憶』じゃないはずだ。既に断片的に甦っている、『シーファ』による規制も何も受けていない、ただの『過去』――そして『未来』の記憶。

  なのに何故、身体に異変が起こるのだろう。


  一瞬動きを止めたことでまた気遣わしげな視線を投げてきたレアルードに、何でもないと首を振って歩き出す。
  わざと歩調を合わせて並んできたタキにもお礼と自分は大丈夫だという旨を伝えながら、私は漠然とした不安を拭いきれずにいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

処理中です...