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終わりのためのはじまり
思考と異変
しおりを挟むタキが戻ってきて、ゼレスレイドの家を出て、『教会』に戻って、依頼達成の認定をもらって。
その一連の流れを、私は殆ど無意識のレベルで行っていたらしかった。
……曖昧な言い方になってしまったけど、きちんと記憶はある。
ただ、その時に自分の意思が全く反映されていなかったというか、何をしようとか何をしようとか、そういうのを全然考えないまま――シーファの『記憶』のままに行動していただけで。
自分でも、どうしてこんなにショックを受けてるのかが分からない。
『ジアス・アルレイド』が『魔王の眷属』になってから、この旅に彼がちょっかいをかけてきたことは数えきれないくらいある。その全ては、旅の大筋を変えるようなものじゃなかったけれど。
そして今回の彼の行動だって、確実に『旅』に干渉するものじゃない。可能性はあるけれど、私がそう判断したように、タキを傍に置くことでコントロールは可能だろう。
わざわざ不確定な――中途半端な手の出し方をジアスが選択する理由はない。気分とかかな、と思わないこともないけど、あれでいてジアスは純粋な気まぐれで物事を起こさない性質だ。何か意図があるとしか思えない。
そんなふうに考え込んでいたから、私はその気配に気付かなかった。
「――シーファ?」
鮮やかな金色に、唐突に目が覚めたかのような心地がした。
「……レアルード」
一拍遅れて、それが何なのか――誰に顔を覗き込まれたのかを知った。
気遣うような表情をしたレアルードは、ふと私に手を伸ばす。
そっと頬に触れた指先は温かかった。そういえばレアルードは私より体温が高かったんだっけ、とどうでもいいことを思い出す。
「――顔色が、悪い」
眉根を寄せて額に手をあててくるレアルードにどう反応すべきか――なんだかそれを考えるのも億劫だった。
ぼんやりしている私の意識とは無関係に、私の口は動く。
「そうだろうか」
「疲れているのか」
「それは君の方だろう。依頼の内容からして」
レアルードとピアが受けた依頼は町中走り回るような内容だったからそう言ったんだけど、レアルードは不服そうに眉間の皺を濃くした。
「……タキ。いつからこうなんだ」
私から話を聞くのは諦めたらしく、タキに視線を向けたレアルードが問う。タキは珍しく困ったように言葉を濁した。
「いつからって言われてもな……アンタの言う『こう』ってのが何を示してんのかオレにはよくわかんねぇんだけど」
タキの返答に、レアルードは小さく舌打ちをする。
「体調悪いっぽい素振りはあったけど、基本いつも通りだったぜ? 受け答えもはっきりしてたし」
付け加えるタキの言葉にも、レアルードは難しい顔をして黙ったままだ。
『教会』に戻ってから、タキは私を休ませるためにシウメイリアにかけあってくれた。あの路地でちょっと意識を飛ばしてしまったからなんだろう。
あえて固辞する理由もないし、レアルード達が戻るまで身体を休めさせてもらっていたけど、レアルードが言ってるのはそういうことじゃないんだろうと何となく思った。
「こうして休ませてもらってはいるが、特に体調が悪いわけではない。君が何を危惧しているのかが私には分からないんだが」
タキの交渉とシウメイリアの厚意で『教会』関係者用の空き部屋を貸してもらったから、そこのベッドで身体を休めてはいるものの、身体的な不調はない。休まないと言えばタキが納得しないだろうと思ったから大人しく従っただけで。
『シーファ』の思考がそう結論付けたから今のような状態に在るだけだ。確かに私はちょっとぼんやりしてるけど、対外的には――『シーファ』としては何の問題も無い状態のはずなんだけど。
レアルードは何か考えるように目を伏せた。沈黙はそれほど長くなかったけれど、なんとなく、これはあまりよくないな、と思った。
「レアルード」
呼びかけると、彼は視線を上げた。私は努めて笑みを浮かべる。『シーファ』の表情筋は頑固なので、せいぜい口元に微笑が浮かぶ程度だったけど。
「よく分からないが、心配してくれてありがとう。だが、そう深刻な顔をされるようなことはないから安心してほしい」
レアルードは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。呆気にとられたみたいに目を見開いている。
「本当に、体調に問題はないんだ。確かに立ちくらみのようなものは起こったが、それ自体はさして問題視するようなものではないはずだ。頻繁に起こるというわけでもない」
何か言おうとしたのか中途半端に口を開いて、だけど迷うような素振りを見せたレアルードに更に畳み掛けようとして、――止めた。
『シーファ』にしては喋りすぎたと思ったからだ。
そもそも『シーファ』は饒舌な性質ではない。私が中に入って(この表現が正しいのかはいまいち分からないけれど)からは、多少言葉数は増えているものの、それでも元の『シーファ』と比べて違和感を覚えるほどではない。
ただ、『シーファ』は人を気遣うということあまりしないようにしていた。理由は分からないけれど、そうした方が良いのだと考えていた。だから多分、私もそうした方が良いんだろう。
……まあ、既にちょっとシーファらしくない行動しちゃってるけど。
「――分かった。悪い、先走った」
「謝られるようなことじゃない。では、そろそろ宿に戻ろうか」
言いながら立ち上がって、そこでやっとピアがどこに居たのかを知った。
姿が見えないなと思ってはいたけど、ちょうどタキの影になっていて見えなかっただけらしい。
……ああ、駄目だな。気配も察知できないなんて。こんなふうじゃきっとジアスにも笑われる。逆に訝しがるかもしれないけど。
私を見る彼女の瞳に暗い炎がちらつくのに、ああまたか、と思う。
どうして私はいつも、うまく立ち回れないんだろう。
これもまた、定められていた?
――否。
即座に返る否定は、何度も何度も自問自答を繰り返した故の反射のようなものだ。
彼女が私に抱く隔意は、仕組まれたものでも何でもない。ただ自分が、うまく立ち回れなかった証なのだと『知っている』。
その『記憶』を無意識に想起しようとした瞬間、鈍く頭が痛んだ。
これは大した『記憶』じゃないはずだ。既に断片的に甦っている、『シーファ』による規制も何も受けていない、ただの『過去』――そして『未来』の記憶。
なのに何故、身体に異変が起こるのだろう。
一瞬動きを止めたことでまた気遣わしげな視線を投げてきたレアルードに、何でもないと首を振って歩き出す。
わざと歩調を合わせて並んできたタキにもお礼と自分は大丈夫だという旨を伝えながら、私は漠然とした不安を拭いきれずにいた。
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