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終わりのためのはじまり
『ユール』
しおりを挟むゼレスレイドに言われるままに荷を運び込んで荷解きをして収納までさせられた後。
荷を傷つけた分何やらこき使われることになったタキを待って、私は一人応接間にいた。
ここに案内されるときに聞いたところによると、タキは新たに本をしまう場所すらない迷宮と化していたらしい書庫の大掃除に駆り出されたらしい。
その書庫って『記憶』によるとここの地下にある図書館もかくやって感じの広大な空間のことだった気がするんだけど、私達日が暮れる前に帰れるんだろうか。
手伝うって言ったけど、ゼレスレイドに却下されたんだよね。「『証』持ちの自覚が足りない馬鹿を懲らしめる意味合いもあるので手を出さないでもらおう」とかなんとか言われて。
ともあれ、一人寂しくお茶を飲む羽目になっているわけだけど、――なんかさっきから視線を感じるんだよね……。
嫌な感じはしないんだけど、居心地が悪い。
っていうかこう、記憶の片隅に引っかかる感じなのが気になって気になって。多分『前』もあったんだろうと思うけど、詳細が思い出せない。
ゼレスレイドに色々言われるイベントは覚えてるんだけどなー……そっちのインパクトが強すぎて記憶が薄れちゃったのかな。
「ぎんいろの、ひと。だいじょうぶ?」
……ん?
いきなり聞こえた声に、発生源を探る。
いつの間にか開いたドアから、ひょっこり顔を出した人物が声の主だろうことは間違いないだろうけど、この子、誰?
「ぜるがいってきなさいっていったから。ゆーるならわかるだろうって。おはなししてきなさいって」
たどたどしい口調。ゼレスレイド(の外見)より更に幼く見える容姿。雪みたいに真っ白な髪と、白磁の肌。ぱっちりと開かれた赤い目は、宝石のようだった。
「ねえ、ぎんいろのひと。あんまりね、のぞきこんじゃだめだよ。とけちゃうよ」
……どうしよう意味がわからない。
「――すまない、もう少し私に分かるように言ってもらえないだろうか」
「たぶんね、わかっちゃだめなの」
え、理解否定されたらどうしたらいいか分からないんだけど。っていうかそれなら何で言ったのこの子。謎すぎる。
「でもね、ぜんぜんのぞきこまないのもだめなの。きっとね、やさしいから、えらんじゃう。わかってても、たぶんだめなの」
……電波? 電波なの? 何か受信しちゃってるとかなの?
「あのね、ほんとはね、なにもいわないほうがいいってわかってるの。かわらないし、かえられないの。ゆーるはわかるだけだから。あのね、でもね、いっておきたいとおもったの」
喋っている間、ずっと貫いていた無表情を、その子はそこでやっと変えた。――困ったような、気遣うようなものに。
「あのね、わくのそとにいてもね、なかまはずれじゃないよ。さわれるからって、かきかえなきゃだめなわけじゃないよ。わるいのはね、さいしょにかきかえちゃったひとだから。でも、そのひとがぜんぶわるいわけじゃないのもほんとうなの。ゆーるもかわいそうなひとだっておもうよ」
続けられる言葉はやっぱり意味が分からない。分からない、のに――。
「でもね、ぎんいろのひとがぜんぶかかえちゃうのはだめだよ。こわれちゃうよ」
とてもよく知ったことを言われているように感じるのは、何故?
「ぜるもよくいってるよ。やさしさはびとくだけど、もろはのつるぎでもあるって。ぎんいろのひとは、いつもやさしすぎるから」
分からない、分からない、分からない――本当に?
だって、ゼレスレイドと会うのは初めてじゃない。彼と親しいだろうこの子とだって、会っているはずなんだから。
いつかの『過去』で、いつかの『未来』で、同じように会話をしたことだってあったかもしれないのに。
「ぎんいろのひと、ゆーるをしらないでしょう?」
問いかけに、無意識で頷いた。その問いが意味することはとても大事なことのはずなのに、思考が追い付かない。――否、深く考えることができない。
「そういうふうにね、ぜんぶをかかえていられないってこと、おぼえておいてね。ゆーるはなんにもできないけど、ぎんいろのひとがわらっていられるのがいいっておもうから」
「それだけいいたかったの」と笑顔一つを置き土産に、その子は去っていった。
……なんでだろう。間違いなく今ここで会話をしたはずなのに、ひどく現実味が薄い。姿が見えなくなった瞬間から、そこにその子がいたか否かさえあやふやになっていく。
記憶をとどめようとする端から零れ落ちて、ほんの少ししか残らない。
『ゆーる』――『ユール』。その名前を、私は確かに前の『旅』でも聞いていたはずなのに、それを覚えておこうとするだけで気力が削られていく。以前の『旅』での関わりを思い出すなんてもってのほかだと言わんばかりに。
それでも僅かに残った記憶の欠片は、『ユール』の特異性を教えてくれた。
『あらゆる干渉を受けず、流れる物事を傍観する』。それが『ユール』の立ち位置で、特異性だったはずだ。
そしてそれは、今回の邂逅でも変わらないのだと、直感ともいうべきもので理解する。
それ以上のことはほとんど何も分からないし――考えられない。ただ、これが『シーファ』によるものではないということだけは確かだった。
何故なら、過去の『旅』でも同様のことが起こっていたからだ。その原因を、『シーファ』は朧に理解していたようだけど、『私』にそこまでは分からない。
とてもとても大切なことを、『ユール』は会うたびに口にする。それが『シーファ』に伝わらないことを分かっていて。
それは恐らく助言なのだろう。『シーファ』が理解できさえすれば、何らかの役に立つはずの。
けれどそれを何度繰り返しても、『シーファ』は同じ運命を辿る。
繰り返される運命。終わらない宿命。
仕組まれた道筋を、廻る。『シーファ』が『シーファ』である限り。
それが、絶対のルール。
変えられない、『世界』の決め事。
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