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終わりのためのはじまり
賢者
しおりを挟む「……うむ。平べったいのう」
世界の真理についてでも考えてるかのような難しい顔で、――私の胸をまさぐっている子ども(見た目だけ)と。
「おい離せッ――っつーかシーファから離れろスケベジジィ!」
明らかに自然の物ではありえない巨大な蔦に絡め取られて動けないタキ。
そして金縛りにあったみたいに動かない私の身体。
――なんだろうこの状況。カオスっていうかなんて言うか。
そもそも、なんで依頼の荷を届けに来ただけなのにこんなことになってるんだろう。
……いや、シーファの『記憶』から答えは分かってるし、少なくともタキがああやって拘束される一部始終は見てたからそっちも分かってるんだけど。
現実逃避だというのは理解しつつ、回想する。未だに疑り深く胸のあたりを触っている小さな手については考えないことにして。
『依頼』を受けるときに指定された道順を辿って到着したのは、見た目には行き止まりにしか見えない場所だった。
タキが注意深くその壁を探って、ある一点に触れながら『教会』から渡された札を破れば、壁は扉に変化した。
タキは当然知ってるから驚かないし、私も以前の『旅』で見たことがあったから驚かない。驚くべきところじゃないかと思いつつ、だからって問題があるわけじゃないのでそのままタキが扉に手をかけるのを見ていたら。
それより先に思いっきり開かれたドアがタキの額を直撃した。
……痛そうだった。すごくイイ音したし。
額を抑えたタキの手元から荷をぶんどった影は、少年の姿をしていた。
『暗器使い』の彼よりも更に幼い姿形。だけどそれが本来の年齢と釣りあってないことを、『シーファ』の記憶が教えてくる。
そんな彼についての『記憶』をさらうことに意識を傾けてたから、荷を一瞬で確認した彼が「荷運びも満足にできんのかこの阿呆!」と魔法で操った蔦をタキに向けるのに気付くのが遅れた。
でもまあ恒例行事みたいだしいいか、と思って傍観しようとしてたら、こっちに気付かれて。
接近と同時に魔法じゃない力で動きを拘束されて――セクハラ紛いのことを受けたっていう。
ただそれだけなんだけど――改めて考えると結構意味がわからない。
現在進行形でセクハラをかましている彼の名前はゼレスレイド。通称は『賢者』。『隠者』とか『大魔術師』とかって呼ばれることもある。
ゼレスレイドは『教会』に所属しているわけじゃないけれど、なんというか持ちつ持たれつな感じの関係だから、今回みたいな依頼もたまにある。
……まあ実はこの依頼、本来は一般向けにしないみたいなんだけど。少なくとも実績のない人間に任せる内容じゃない。
というのも大仰な二つ名が示す通り、ゼレスレイドは結構な有名人で、それ故に彼の身柄を狙っている人間もそこそこ居るからだ。
こんな宅配みたいなことを『教会』がしてるのもそれが理由。……いや、ゼレスレイドが出不精なのもあるけど。実年齢としてはおじいちゃんだし。
で、そんなゼレスレイドは見た目に反して(?)女好きだ。外見を利用して無垢な子どもを装ってお姉さん方にべたべたする程度には女好きだ。この配達の仕事、普段は若い女の人を指定してさせてるらしいし。
なまじ見た目が天使みたいだからギャップがヤバいと思う。こう、なんか大事なものが穢されてる感が満載だ。
……えーと、とりあえず私としてはどういう行動をとるべきだろう。
『記憶』によればここまで直截的な行動に出られたことって無いんだけど。
今回に限って何で、と思ったけどよく考えなくても理由は明白だった。
……このヴェールのせいだよね間違いなく。
いい加減好き勝手されてるのもアレなので、一つ溜息を吐いて口を開いた。身体は動かないけど話すことはできる。
「……離れてもらえないだろうか。自分の身体が動かせない状態で触られるのは、あまり気分がいいものじゃない」
「おお、すまんのう。……その声、やっぱり女子ではないようじゃな。チッ」
……ネルといいゼレスレイドといい、そんなに私に女であってほしいのか。二人が女好きだからだろうけど、一応『シーファ』って中性的な容姿のはずなのに何故。
……いや、中性的な容姿のはずなのになんでか『女』寄りの評価をされるのが『シーファ』だった気がしてきた。村を襲った盗賊の首領も、前の『旅』の中ではそういう目で『シーファ』見てたし。
何だろう、傾国の美女的なフェロモンでも出てるのかな『シーファ』……。
それでも渋々といった感じで離れてくれたゼレスレイドは、同時に動きを阻害していた力の方も無くしてくれたみたいだった。
身体が思う通りに動くのを確認しつつ、魔法陣と呪でタキを戒める蔦を解く。
なんだか意味ありげな視線をゼレスレイドから受けたけどあえてスルー。元々ゼレスレイドが『気付く』ことは分かってるから、多少のことは気にしない。
「大丈夫か、シーファ」
……駆け寄って来ての第一声がそれって。心配してくれたのはいいんだけど、普通こっちの台詞だと思うよ、タキ。
まあそれでも案じてくれたのは素直に有難いのできちんと返答しておく。
「大丈夫だ。……君の方は大丈夫なのか」
「全然。いつものことだし」
やっぱりいつものことなんだ、アレ。随分バイオレンスなじゃれあい(?)だなぁ。
「このヴェールはわざとかの? 悪意を感じるぞい」
「違ぇよ。少なくともアンタをだますつもりで着けさせたんじゃない。……っつーかその口調なんだよ。どこの間違ったジジィ言葉だよ」
「……。……せめて口調だけでも年相応にしようという年寄りの努力を無に帰しおったな」
「だから止めろ。違和感ありすぎて鳥肌立つから。マジで」
タキの物言いにゼレスレイドが目を眇める。
不機嫌マックスっぽいしタキの言い方もどうかと思うけど、正直なところ心から同意だ。本当どこから知識得てきたんだろうそのエセおじいさん口調。
「口調くらい好きにさせてほしいものだけれどね。まあ外見にそぐわないのは知っているから仕方がない。妥協しよう」
がらりと口調と声が変わる。身に纏う雰囲気も表情も変わって、言いようのないプレッシャー――というか強い存在感に圧倒される。
……うん、あの口調でいるよりよっぽど年相応っぽく見えるよゼレスレイド。自分じゃ気付いてないのか、何かの気まぐれだったのか知らないけど。
「あー、うん。やっぱそっちのが落ち着くわ」
「君の精神安定などはどうでもいいのだけれどね。……それより、貴重な書籍に傷をつけた件について、何か言い訳があるのならば聞こうか。余程の理由でない限りは依頼失敗にすることも辞さないよ? 男二人で来るなんて私に喧嘩を売っているとしか思えないことだしね」
荷を無事に運べなかったのはこっちの落ち度だけど、依頼失敗にする理由に『男二人で来たから』があるのがなんというか。ゼレスレイドらしいといえばらしいけど。
ゼレスレイドの通告に、タキは苦虫をかみつぶしたみたいな渋面になって、それから大きく溜息を吐いた。
「――仕方ないだろ。『暗殺者』に襲われたんだから」
タキの言葉に、ゼレスレイドは片眉を上げた。
「『暗殺者』?」
「……正確には『暗殺者』候補だろう。あれは独り立ちの試験だったということだから」
そう付け加えれば、ゼレスレイドは何事か考えるように目を伏せた。
しばらく無言でいたあと、「――理解した。そういうことなら仕方ない」と頷く。
……今の会話だけで納得できる状況把握能力ってすごい。なにをどう理解したんだろう。まあどうせ事実とほぼ同じだろうからいいけど。
ゼレスレイド、『賢者』とか呼ばれるだけの頭脳はあるからなあ。……いや、ゼレスレイドの二つ名ってそういうところから付いたんじゃないけど。
「とりあえず、荷を中に運び入れてもらおう。私には不可能であることだしね」
促されて、拾い直した荷を手に「不可能とか嘘だろ面倒なだけだろ」とかブツブツ言ってるタキに続いて、扉をくぐった。
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