25 / 56
終わりのためのはじまり
少年
しおりを挟むとはいえ、何をどうやってもこの場を完全に落ち着けるのは無理だと『記憶』が告げている。まあ当然だ。自分を殺そうとした人間と和気藹々と会話できるような人間はそうそういない。
ここでの反応はタキでもレアルードでも殆ど同じだから、とりあえず敵対させることさえ避ければいいだろう。
そんなことを考えていた私の前で、灰銀の髪の少年がことりと首を傾げた。
「人間か、って――人間じゃないとしたら、何に見える?」
……うーん。知ってたけど、タキとはまた違った感じにマイペースだ。
というかそもそもその場の雰囲気とかに頓着しないというか何というか。
「人間にしか見えないが、そうと思えないほどの身体能力だったから訊いただけだ。――君は何故私達を害そうとした?」
訊かなくても私は知ってるけど、今までの『シーファ』と彼のやりとりをなぞった方が良いだろうと思って訊ねてみる。
少年はやっぱり『記憶』の通りの答えを返した。
「独り立ちの試験だったから」
「……試験?」
怪訝そうに復唱したのはタキだ。油断なく剣を構えつつも、会話を止めさせるつもりはないらしい。助かる。
あの奇襲を凌げば、一応彼は安全なのだ。少なくとも一度別れるまでは何事もなく普通に会話できる。
……そうであると『知っている』。
「――それはもしや、『暗殺者』としての、か?」
少年は、少しだけ考えるように間を空けて、頷いた。
「そうだよ」
「……暗殺者!?」
タキが鋭く叫ぶ。無意識にか、握られた剣の切っ先が少年に向いた。それと同時に、少年が手を閃かせて、銀色の糸――鋼糸がその剣を絡め取る。
「……タキ、落ち着け。それと、君」
とりあえず、タキの肩をぽんと叩いて、落ち着くように促す。タキの反応は当然のものだけど、この場ではちょっと堪えてもらわないとならない。
いやまあ、暗殺者とか言われたらうっかり切っ先向けちゃうのは分かるんだけど。
でも多分現時点だとこの子ってタキより強いんだよね……。これまたうっかり殺られちゃったら困る。
どこか迷うようなそぶりを見せつつも、タキは剣を握る手から力を抜いた。それを察した少年もまた、鋼糸を引く。
……あの武器、どうやって操ってるんだろう。なんかもう人智を超えた感じに自由自在に動くよね。生きてるんじゃないかってレベルで。そんなはずはないって分かってるんだけど。
「何?」
「その試験とやらは、まだ続行しているのか」
今度も考えるような間をおいて、少年は首を横に振った。
「帯剣してて、そこそこ戦えそうな人間で、最初にここを通った奴を殺すのが試験だったけど、あんたが助けたから」
何でもないことみたいに言ってるけど、内容は物騒極まりない。無差別殺人もいいところだ。
……いや、一応選んではいるのか。だからって物騒さが軽減されるわけじゃないけど。
「…………」
じっと私を見ていた少年の姿が一瞬ぶれる。
同時に飛来した――なんかクナイっぽく見えなくもない暗器を、顕現させた魔法陣で反転させた。
目視するのも難しい速さで飛んできたそれが、同じ速さで投げた当人に返る。
どうということもなさそうにそれをキャッチして、少年はほんの少しだけ不機嫌そうな顔をした。
「……なんで防げるの?」
「君こそ何故攻撃する」
質問に質問で返すのってアレだけど、この場合は仕方ない。だって『記憶』にあるよりしつこいんだよね、何故か。
いつもなら試験について言及した辺りで、試験の成否と今後の身の振り方を確認しにさっさといなくなるはずなんだけど、今回は何が意識に引っかかったのか、まだ去らない――どころかこの子またなんか投げてきたよ! 怖っ!
小さい曲刀――半月刀?(曲芸用のナイフっぽい感じ)を、仕方なく新たに顕現させた魔法陣で地面に叩き落とす。
……もう魔法使うときに『呪』いらないんじゃないかな私。
その後も投擲用の暗器を投げられては魔法で防ぎ、を繰り返した後(とりあえずこの暗器達どこにどうやって仕舞ってどうやって取り出してるのか気になる)、少年は何だか感心したように呟いた。
「あんた、変」
……言うに事欠いて、『変』。
それは君にだけは言われたくなかった……。パーティメンバー随一の変人に『変』って言われるなんてショックだ。
というかそもそも会話無視して暗器投げてくるような子の方が変だと思うんだ。普通。
まあ、さっきの問いと同じ意味での『変』なんだろうけど。
身体能力と使う武器の関係で一撃が軽いっていうのを差し引いても、この子ものすごく強いし。だって攻撃がほぼ見えないし音もしないし殺気とかも無いのに一撃必殺とか。予兆も予備動作も無いってどうなの。
それでも『シーファ』はそれに気付けるし避けられるから、『おかしい』って言いたいんだろう。多分。
……あれ?
ふと気になって、『記憶』を探る。
一番最初。一度目の『旅』の時、こんなやりとりじゃなかった、よね?
――ああ、そうだ。
一度目の時は、殆ど偶然にレアルードを庇う形になって。
短剣が刺さったのは掌だったけど、それにえげつない感じの毒が塗ってあって大変だったんだ。『シーファ』、体質的に解毒もしにくかったし。
で、殺し損ねたからってちょいちょい暗殺の標的になってるうちに、なんか何となく仲良くなって(?)、仲間になるとかそんなだったはず。
だから、『シーファ』がこの子の攻撃に気付けるようになったのって、二回目以降の『旅』からなんだ。その余波で仲間になる経緯もちょっと変わって―。
……じゃあ、そもそもどうして『シーファ』は気付けないはずの攻撃に気付けるようになったんだったっけ?
そう考えた瞬間、頭が痛んだ。見つめてくる赤い瞳と、『記憶』の赤が交差する。
痛い。
熱い。
苦しい。
戒めるかのような痛みに苛まれて、刻まれた陣が熱く疼いて、息が出来なくなって、何もかもが遠くなる。
苦痛に喘いでいるのは『私』だろうか、『シーファ』だろうか。
この感覚は、『今』のもの?
それとも『過去』のもの?
――『誰』の、もの?
「――シーファ!?」
はっと我に返る。
いつの間にか地面に座り込んでいた私を、タキが片膝をついて覗き込んでいた。
痛みも、熱さも、苦しさも、その残滓さえ、無かった。
まるで、白昼夢でも見ていたかのように、何も。
『記憶』に引きずられたんだろうとは思うけれど、その『記憶』がどんなものだったのかが、既に曖昧になってしまっている。――不自然なほど。
ただ、感覚だけが鮮明だった。『記憶』と『現実』が判別できなくなるくらいに。
「おい、シーファ。意識あるか?」
再びかけられた声に、ゆっくり深呼吸をして意識を切り替える。
恐らく、今考えたところでさっきの現象については何も分からないだろう。そういう確信があった。
「――意識はある。大丈夫だ」
「いやいきなり倒れるみたいに座り込んどいてそれは無いだろ」
「少し立ちくらみがしただけだ」
言って、立ち上がる。身体に不調は感じられない。――感じたと思った頭痛もどこかへ消えてしまったらしい。
「……あんた、弱ってたの?」
空気を読んでるんだか読んでないんだかな感じで訊ねてきた少年に言葉を返そうとしたけれど、それより先に少年はひとつ頷いた。
「――そう」
そして、一瞬でその場から消えた。
『魔法』よりよっぽど魔法じみた去り方に、何となく疲れた気分で溜息を吐く。
何が「そう」なのか――何をどう納得したんだかさっぱりだ。少なくとも『記憶』にはこんな流れは無かった。
……なんかこんなのばっかりな気がする。
少年の奇襲の時に反射的に放り出してしまった届け物を拾い上げる。
薬草だし軽いから大丈夫だと思うけど、どうだろう。とりあえずタキが持ってた(そしてやっぱり投げ出された)本がちょっと心配だ。
「シーファ、」
「予定外のことは起こったが、依頼を遂行するとしよう。そちらの荷は大丈夫か?」
何か言いたげだった(多分一旦戻ろうとか言おうとしたんじゃないかと思う)タキを遮って言えば、タキはあからさまに深く深く息を吐いた。
でも結局、文句も何も言わず――少年のこととかその他諸々は今は置いておくことにしたらしい――届ける予定の荷を手に取った。
「あー、うん。大丈夫だろ多分」
大して確認もせずにそんなことを言って、更に私の持っていた荷も取り上げる。
「タキ、何を――」
「とっとと行って、とっとと済ませよーぜ」
それから絶対休ませてやるから覚悟しとけよ、って聞こえた気がしたのは、多分気のせいじゃないだろう。
いや別に無理してないんだけど――って言っても信じてもらえないのは分かりきってたので、せめてもの抵抗に自分の担当の荷物を奪い返した。
タキはちょっとだけ不満そうだったけど、更に奪い返したりはしなかったので、そのまま路地に入る前と同じように連れ立って、届け先へと向かったのだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

前代未聞のダンジョンメーカー
黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。
けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。
というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない?
そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。
小説家になろうでも掲載しております。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる