異世界チェンジリング

空月

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終わりのためのはじまり

彼のこと、彼らのこと

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 「――で、アイツの暴走で後回しになってたけど、魔族に会ったって?」


  シーファが食事に手を付けたのを見計らって、タキが訪ねてくる。
  村でレアルードの戻りを待つ間に、簡単にその辺りのことを説明していたのだ。詳細を話し終える前にレアルードが戻ってきて、その後の怒涛の展開により延ばし延ばしになっていたんだけど。


 「正確には『魔王の眷属』だ」

 「それがよく分かんないんだよなー。どう違うワケ?」

 「『魔族』とは、魔王によって生み出されたもの。『魔』を内包し、魔王の意のままに動く。『魔王の眷属』は、自らの意思で魔王に下り、印を与えられることで魔王の配下となったもの。忠誠は誓えど、各々の意思によって動くことが多い」

 「……つまり、『魔王の眷属』ってのは後天的になるものだってことでいいか?」

 「そう考えてくれて構わない」


  『シーファ』の記憶の中では、『魔族』と『魔王の眷属』は明確に分かたれていた。
  そもそもの成り立ちからして魔王に属する『魔族』と、自ら望み、魔王がそれを受け入れることで成り立つ『魔王の眷属』。

  『ジアス・アルレイド』はその中でも魔王に近い立場にあって、かなりのところを己の裁量で動いていた。『シーファ』と顔見知りなのもそれに関係する部分がある。


 「へぇ……ソイツ、強いんだよな?」

 「……そうだな。今回は様子見のようだったから良かったが、真っ向から手を出してきた場合、退けるのは難しいだろう」

 「なるほどな……」


  シーファの言葉に何やら考え込むタキをよそに、私は『シーファ』の記憶を探る。


  ――『ジアス・アルレイド』。
  褐色の肌に浮かぶ黒色の紋様が、彼が『魔王の眷属』となった証。

  琥珀によく似たその瞳が、柔らかく優しく細められたのを見たのは、『シーファ』の記憶でも遠い遠い昔のことだ。

  自らの意思で『魔王』に下ることを選んだ、その理由を『シーファ』は知っている。……そして、悔やんでいた。


 「まー、とりあえずはレアルードが落ち着くの待つしかないか。今のままじゃロクに動けもしねぇしな」

 「……すまない」

 「アンタが謝ることでもねぇだろ。――それより、ちょっと質問していい?」


  タキの声のトーンが変わって、私は反射的に身構える。……なんかイヤな予感。

  無言のまま促すと、タキは油断のならない笑みを浮かべて、言った。


 「アンタの異常な回復速度の理由、聞き忘れてたなーって思ってさ」


  ……ですよねー。そうきますよね訊いちゃいますよね。
  忘れててくれないかなとか気付かなかったフリしてくれないかなとか思ったんだけど、そうはいかないよねやっぱり。


 「自分自身に魔法が使えないってんなら、アレは魔法によるモノじゃないってことだろ? だったらなんか他の理由があるんだよな?」


  これだからタキと一対一になるのは怖い。ちょっと気を緩めた頃にひょいっと心臓に悪い質問をしてくるから。


 「――その通りだ。ただ、答えは恐らく君の意には沿わない」

 「意に沿わないって?」

 「どうということのない理由だ。君の知的好奇心を満たすような答えではない」

 「別に好奇心だけで訊いてるんじゃないんだけどな。ま、いいから言ってみろって」


  あっさり続きを促してくるタキに内心溜息を吐きつつ、答えることにする。引き延ばす答えでもないし。


 「生来の体質だ」

 「………………」


  呆気にとられたように無言になるタキ。
  ……うう、居心地悪い。でも一応本当のことだから仕方ない。だって究極的には体質って言う他ないんだよね、これ。


 「……体質?」


  確認するように繰り返したタキに頷けば、彼はどういう表情を浮かべるべきか迷った挙句に失敗したような、微妙な顔になった。


 「それで納得すると思ってるワケ?」

 「納得してもらうしかない。私には他の答えなど用意できない」


  『シーファ』がエルフであることを明かすか否か、悩むところなのは確かだ。
  『シーファ』がタキにそれを明かすタイミングは、その時々によって違っていた。旅が中盤に差し掛からないうちに明かすこともあれば、『魔王』と相対する終盤まで明かさないこともあった。

  ……でも、『シーファ』はあんまり『エルフ』であることを仲間に知らせたくないみたいだったから、私もできれば知らせたくない。

  そういう私の迷いを察したのか、そうじゃないのか――分からないけど、タキはそれ以上の追及は諦めたみたいだった。

  助かった……けど、ちょっと違和感を覚える。『シーファ』の記憶にあるより、タキが友好的というかなんというか……。よく考えれば、こうやってレームの町で足止めされてる時点で見切りをつけられてもおかしくないと思うんだけど。

  確かに『私』は『シーファ』の記憶の中のタキを知ってるだけで、今回の『タキ』をよく知ってるわけじゃない。だからその思考回路だって完璧に読めるなんてことはないんだけど、それにしたって違和感は拭えない。

  レアルードに引き続いてタキまで変化があるとなると、『シーファ』の中身が『私』だからってだけじゃ説明がつかないような気がするんだけど、どうなんだろう。特にタキはレアルードと違って仲間になるまでシーファとは接触が無いわけだし。

  ……まあ、こうやって考えてても答えが出るわけじゃないんだけど。
  レアルードのことはともかく、タキが友好的なのは別に悪いことじゃないし、とりあえず目先の問題をどうにかしないとだよね。


 「――そういえば、ピアはどうしている?」


  ふと思い出して訊いてみる。
  ピアもまたこの宿の別室に部屋をとっていて、隙あらばレアルードを部屋に招こうとしていた。毎回断られてるけど諦める様子はない。
  怖い思いをしただろうから、精神的ショックとか大丈夫かなと思ってたんだけど、思ったよりタフだったみたいだ。
  でも今日はまだレアルードを誘いに来てなかったから、姿を見ていない。だから気になったんだけど。


 「レアルードの食事用意してたら横からぶんどってって机に並べてたから、今頃一緒に食べてるんじゃねぇの?」

 「……そ、そうか」


  ぶんどって、って……ある意味すごいよピア。そのバイタリティに敬服するよ。一応健気って言っていいのかなこれ。

  ピアがレアルードに気があるっていうのは、もうほとんど確信に近い。
  っていうかあれだけあからさまなのに気付かない方がおかしい。現にタキはその辺わかってちょっと面白がってるみたいだし。

  ……なのにレアルードは相変わらずなんだよねぇ……。
  鈍すぎて気付いてないのかと思ってたんだけど、もしかしたらそういうのに単純に興味がないのかもしれない、とここ最近で思い始めた。あんな可愛い子なのにもったいない、と思うけど、まあ人それぞれだよね。


 「ああ、あともう一個訊いときたいことがあったんだけど」

 「……何だ」


  ちょっと警戒しちゃうのは仕方ない。タキってわりと遠慮なくつっこんでくるし。一応空気読んでくれる時もあるけど。


 「アンタの身体に描かれてるのって、何?」


  さらりと言われたその質問の内容に、一瞬思考が止まった。

  シーファの身体に描かれてるもの、って言えば、それが示すのは一つしかない。あの、魔法陣のような黒い文様。


  だけど、あれ・・は。


  ――タキの目に映るはずがなかったのに、どうして。


  これもまた、『変化』のひとつとでも言うのだろうか。でもあれは、その人の『素養』によって見えるか否かが決まる。だから『私』が『シーファ』であることは関係ないはずだ。

  考えろ――否、『思い出せ』。恐らく『シーファ』は知っている。その理由を。


  ――流れの剣士。『証』持ちの双剣使い。稀な赤髪金瞳により、売られた過去を持つ青年。『旅』が進めば『魔法剣士』であることが明かされる人物。


  記憶を浚う。改めて認識するとびっくりな知識もあったけど、今求めているのはそれじゃない。


  ――タキの魔法素養は後天的なもの。元々潜在していた『世界干渉力』の代わりに『彼』が与えた――


 辿り着く。
  辿り着いてしまった、その『知識』に、ひゅっと息を呑む。

  いきなり顔色を変えたシーファを何事かとタキが注視しているのを感じながらも、私は何も反応を返せない。


  タキの赤い髪と金色の瞳の組み合わせ。『シーファ』の記憶の中でも一人しか存在しないその理由。
  ――それから、似て非なる組み合わせを持つ、『彼』のこと。その、関係性。

  出会った瞬間にその人にまつわる情報を――『知識』を余すところなく『思い出せる』なら、こんな驚愕に襲われることなんてなかっただろう。


  ……ああ、だから。あんなにも『シーファ』は悔やんでいた。


  自分シーファの『運命』を知ったことで、彼がその道を選んだからだけじゃなくて。

  ――血を分けた兄弟が、敵対する宿命を負ったことに責任を感じたからこそ、あれほど悔やんだ。

  たとえ当人が、それを是としたのだとしても。


  一度目の旅。全ての始まりとなったその旅の中では、純粋な後方支援として仲間に加わった『魔法』の使い手。純粋な魔法ではなく、それによく似せた異能を揮う『魔法使い』。
  黒によく似た色彩と、その身に宿した異能のために、タキよりも早くに売られていった――正真正銘血を分けた兄なのだと旅の最中に判明したその人物こそ。


  後に自ら望んで『魔王の眷属』となった――『ジアス・アルレイド』だった。


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