16 / 56
終わりのためのはじまり
過剰と必然
しおりを挟む「そもそも、お前は自分の身を顧みなさすぎる」
「そんなことは――」
「自覚がないだけだ。とにかく、しばらくは絶対安静だって言っただろう」
とりつくしまのないレアルードに内心途方に暮れる。
『シーファ』の記憶にあるよりちょっとだけ作りの良い部屋とやわらかなベッドになんだか微妙な気持ちになった。
――ここはレームの町。盗賊に荒らされたあの村から見ればリリスの町のちょうど反対側にあって、この周辺では規模の大きい部類に入る。そして、タキが請けた届け物の依頼を遂行した後に向かおうとしていた町だった。
今、私とレアルードがいるのはそこにある宿の一室で――ぶっちゃけて言うと、私はレアルードによってちょっとした監禁状態に置かれていたりする。
……いや、さすがに監禁は言いすぎたかもしれない。何もこの部屋から出してもらえないとかそういうわけじゃないし……。ただし絶対レアルードがついてくるけど。というかまず部屋を出る段階でレアルードにお伺いを立てないといけないけど。
なんでこんなことになったかと言えば、レアルードがなんか色々突き抜けちゃったからだ。
何がどう突き抜けたかを説明するには、まず盗賊の根城があった山から下りた後のことを話さないとならない。
身体がうまく動かせない状態の私をお姫様抱っこで運ぶという、私の精神にクリティカルヒット(もちろん悪い意味で)な行動をとったレアルードは、人ひとり抱えているとは思えない速度(でも絶妙に私に負担を掛けないようにしていた)で山を下りた。
明らかに他二人置き去りにする気満々だった。純粋な前衛向きの人間が本気出すとこうなるのか、と半ば現実認識を放棄しつつ思ったのは記憶に新しい。
曲がりなりにも仲間である人間を事実上置き去りにしながら村に着いたレアルードは、あれよあれよという間に私を一旦村の人に預ける話をまとめ、入れ違いに村に戻ったタキに私の監視(「絶対目を離すなよ」とか言ってたからアレは監視って言っていいと思う)を頼むと、ものすごい速度で――本当に人間なのか疑わしくなるレベルだった――どこかへ走り去った。
そして何をどうやったのか、戻ってきたレアルードは、そこそこ誂えの良い馬車(とその持ち主)を伴っていた。ヒッチハイク的なことをやったのかと思ったけど、持ち主との会話を聞く限りなんかちょっと違うっぽかった。持ち主っていいところのお坊ちゃん風だったんだけど、何て言うか……憧れとか尊敬とか「一生ついていきます兄貴!」的な崇拝とかそんな感じのキラキラした何かが出てた。一体何が……?
結局詳細は不明なまま、馬車に乗せられ(全員は入らなかったからタキが御者台に座ってた。ついでに御者の仕事までしてた。いや御者の人は居たんだけど、だいぶ気遣った感じに馬車を操ってくれたのはタキだからだと思うので正直助かった)、眠ったんだか気絶したんだか自分でも定かじゃない意識の消失から現実に戻れば、今現在居る宿の一室だったわけで。
ちなみに後から判明したんだけど、私、丸一日目を覚まさなかったらしい。夢も何も見なかったから全然そんな感じしなかったんだけど、やっぱり色々身体に負担がかかってたりしたのかもしれない。
だからまあ、レアルードのちょっと過剰じゃない?って感じの心配っぷりも仕方ないかな、と最初は思ってた。……最初は。
けど、いくらなんでも三日(実質四日)もこの状態なのはどうかと思うんだ……!
絶えず見張られているような生活はちょっとどうなんだろうと思って、レアルードにそれとなく旅を再開していいんじゃないか的なことを言ってみた結果が冒頭のやりとりなわけで。
丸一日寝てる間に身体は完全回復してたし、正直ずっとベッドで寝てるのは気が滅入る。
もう大丈夫だから、と何度言ってもレアルードは信じてくれない。確かに体調悪いコンボが続いた挙句に行方不明(仮)になって、なんかよく分からないけど戻ってきたと思ったら刺されて毒まで受けちゃうとか、色々アレな感じだったけど。でも毒は即効性だった代わりに持続性はあんまりなかったし、後遺症みたいなのもないみたいだし、絶対安静っていうほどじゃないと思うんだけどな。
全く外に出してもらえないわけじゃなくても、絶えず見張られてる――レアルードにそういうつもりがあるかどうかはともかく、私はそう感じる――のは精神的に辛い。……あれ、なんかデジャヴ?
「レアルード。本当にもう体調は悪くないんだ。心配してくれるのは有難いが、これでは身体も鈍ってしまう」
「――そう言うから予定通りに向かった村で、あんなことにならなかったなら信じた」
……それを言われると弱い。い、いやだけどここで引き下がったらまた同じ問答の繰り返しになるし!
「あれは、少し悪いことが重なっただけで――…もう、あんな失態は犯さない」
あそこで『ジアス・アルレイド』がちょっかいをかけてこなければ、流石にあんなことにはならなかった。そもそも『シーファ』は実力的にはかなり高いものを持ってる。盗賊に後れを取ることも本来はなかったはずだった。ましてや、丸一日寝込むなんてことも。
『私』が『シーファ』であること、それから『ジアス・アルレイド』の介入によって、その『ありえない』ことは起こってしまったわけだけど。
あの『毒』もまた、『ジアス・アルレイド』が手を加えたもの。本来ならば少し身体が痺れる程度のものだったのを、毒素を強めてより強力に『作り変えて』いたのだ。
道理で『シーファ』の記憶にあるより効きがいいと思った。……本当、悪趣味にもほどがある。
「――ッ、失態とか、そういう話じゃない!」
たまりかねたように鋭く言ったレアルードにちょっと驚く。でも、ここ数日でレアルードのそんな変化も慣れてしまっていた。
……ああ、また言葉の選択間違っちゃったか……。
「すまない、心配してくれているのは分かっている。怒らせたいわけじゃない。ただ、私は――」
続けようとした言葉は、強めのノックの音にかき消された。
どことなく張り詰めた部屋の空気にも頓着せずに軽やかな足取りで入ってきたのはタキだった。その手には胃に優しそうな食事の並んだトレイがある。
「食事のお時間ですよーっと。レアルードのは下に用意してあるから行って来い。シーファは俺が見とくから、な?」
「…………。……分かった」
少しの間を空けて、それでも頷いたレアルードが階下の食堂へと向かう足音を聞きながら、ちょっとだけ溜息を吐く。
耳聡くそれを聞きつけたらしいタキが、面白がってるんだか苦笑してるんだか微妙な声音で「お疲れさん」と言って、ベッド脇のテーブルに食事を並べてくれる。
「まーた頭に血ィ上ってたみたいだな、レアルードは」
「……私が言葉の選択を間違ったんだ。今日も怒らせてしまった」
「本人もなー……一応自覚はあるみたいだぜ? 自分の精神状態のマズさ。ただ、アンタの前になるとなけなしの冷静さが吹っ飛ぶだけで」
「……どうすれば、もう大丈夫なのだと分かってもらえるだろうか」
言葉を尽くすだけ尽くしたし、外見的にはもう健康そのもののはずだし、打てる手が思いつかない。
思わず問いかけるような呟きを漏らしてしまった私に、タキはあっけらかんと言う。
「とりあえずは、レアルードが納得いくまで休んどくしかないんじゃね? ……ま、アレ以上に不安定にしたいなら無理に動くのは止めないけどな」
「……やはり、そうか……」
「四六時中見張られてんのはキツイだろうから、その辺はどうにかしてやるよ。アイツの精神安定のためにアンタが参ったらどうしようもねぇし」
それは切実にお願いしたい。一も二もなく「頼む」と応えた私に、タキは軽く笑った。
それにしても……これも一種の自業自得なんだろうか。
まさかここまでレアルードがシーファに精神的に依存してるとは思わなかった。多分、『シーファ』も思ってなかっただろう。
レアルードが『魔王』を倒しに旅に出るのが運命なら、シーファがそれを導いていくのは宿命だ。表だっては無理でも、それとなく彼が『魔王』の元に辿り着けるだけの力を手に入れられるように誘導していく。
それが『シーファ』――ただ一人のエルフの末裔に課せられた、役目だった。
『魔王』を倒すためだけに『世界』に幾つもの仕掛けを施し、いつかの未来の『勇者』を定め、そうして最後に『シーファ』だけを残して絶えたエルフという種。
その集大成こそが『シーファ』で、唯一であるが故に、どこにも、誰にも続かない存在。
ただ、『勇者』――レアルードを助け導き、『魔王』を倒すためだけに存在する『シーファ』。
だからこそ、レアルードが『シーファ』に信頼や親しみを抱くのは当然で(だってそうでないと共に旅に出ることはできないから)、だけど『今』のようになることだけはこれまで無かったのに。
いくつもの要因が絡み合って、『今回』のレアルードは『シーファ』に依存してしまった。それは本当は、表に出てこないだけで、『今まで』のレアルードだって似たり寄ったりだったのかもしれないけど。
それでもこんなに早い段階でそれが発露したのは――間違いなく『私』のせいで。
やっぱり自業自得か、と、諦めの境地で溜息を吐いた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる