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えくすとら
【シリアスIF】ベタなCEROCの危機と、虚無ってる同士の話。
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めんどくさいなぁ。
という感想がこの場に不似合いなことは自覚しつつ、だけどそれが率直な気持ちだった。
目の前には高圧的な態度で何かを言っている、「顔は美人なんだけどなぁ、容姿の維持にもお金かけてるっぽいのに中身が残念だなぁ……」と思わざるを得ない、自分と歳はそう変わらなそうな女の子。とその付き人(という概念はどの程度の階級から存在するようになるんだろう?)らしき男の人。そして女の子が金で雇ったと思しき、多少(だいぶ?)危ないことでもやってくれそうなオニイサン方。
ここは人気のない路地裏で、自分の背中には壁。路地から出る道は許嫁的な彼女とそのお付きとそこそこ鍛えてそうなオニイサマ方の向こうにある。
うん、とてもベタでありきたり感の溢れるピンチだ。
なんだかよくわからないけど転生してしまった先である、この三次元のくせに妙に二次元じみた世界では、よくあるとまでは言わないけれど類似の事例はありましたね、って感じの状況だ。前世から筋金入りのオタクなので、画面の向こうなどでもちょくちょく見ましたねって感じだ。
隠しきれない育ちの良さを随所でチラ見せしてくる、実は名家の子息だとかいういかにも乙女ゲーに居そうな人物が最近やたらと構ってくるようになったんだけど(どこでフラグが立ったのか正直よくわかってない)、どうやらその関係者らしい。正式な許嫁ではないけどそれに近いもの? なんかごちゃごちゃ言っていたけどどうでもいいので聞き流していた。
ともかくも私がその実は名家の御子息な彼に近しいのが気にくわないらしい許嫁的な彼女が牽制に来た、と。言ってしまえば「あんたが彼に近づくなんて気にくわないのよ!」というよくあるやつだ。ただし金と権力を持った上で嫉妬にかられた人間のやることはそんなかわいいものじゃないのである。
許嫁的立場の彼女がオニイサン方に指示をする。それを要約すれば私を辱めるなり社会的に死ぬような証拠写真を撮るなりして、ともかく自分に従順に従うような弱みを握れと。
うーん、ゲスい。発想がゲスい。いや彼女にとって穏便な解決策だったんだろう大金を積まれたうえでのお願いを断ったのは私なんだけど、ちゃんとお金は受け取らなくても希望に沿うようにはするって言ったのに……。対価を受け取ってないと信じられないとかなんだろうけど、こわいじゃんそんなお金受け取るの。
だっていうのに一足飛びに裏的な手段を使って言うこと聞かそうとしてくるの、この子の教育大丈夫か?という気持ちになってしまう。そこの付き人のお兄さん、このお嬢さんの問題解決能力どうかと思いますよ。
要するにCEROCの危機なんである。実のところ攻略対象(こう呼ばわると現実に生きてる人間扱いしてないなーという気持ちになるのだけど、分類するのに便利なのでつい呼んでしまう)相手にCEROC案件が起こるよりも、こういう巻き込まれるトラブル系でCEROC案件が起こる方が多い。たぶん私が「付き合ってもないのにCEROC案件起きたらただのセクハラ被害じゃない?」と思うタイプだから世界が調整してるんじゃないかな……それくらいしそうだよなこの世界……。
だって同士(同じように前世持ちでオタクで今世の望まない二次元的イベントが降りかかっている)は私よりもラッキースケベ的展開があるようなのだ。さすがに仔細は話されないので詳しくは分からないけど、異性の身体的魅力にドキッ!なイベントは平均的なハーレムものレベルには起こってるらしい。まあそれも、同士の中の何らかの線引きに沿った形なんだろうなぁ、私のCEROC案件みたいに。
ともあれ、今の状況は普通に考えてとってもピンチなんだけど、自分でもどうかと思うほど焦りとか恐怖とかはない。私はどういう意味合いでも辱められるという行為に耐えられるタイプじゃないし、社会的な死をもたらすようなアレソレを世間様に晒されてひそひそと指さされるような事態になっても平気だと言えるような世捨て人じゃないんだけど、その前提をひっくり返す安全弁がこの世界には存在することもまた知っている。
危ない仕事もお手の物、倫理観?罪悪感?ナニソレ、みたいなオニイサン方が近づいてくる。伸ばされた手は屈強で、抵抗なんて無意味だろうことを如実に物語っていた。
だけど。
――ほら、やっぱり。
鋭い静止の声。伸ばされた手を払いのけ間近に迫っていた男たちを遠ざける、知らないことはない背中。
決定的な瞬間が訪れる前、ともすればタイミングをはかっていたのかと疑いたくなるほどの絶妙さで、件の名家の子息だとかいう彼が現れた。
彼が振り向く。こちらを気遣う言葉、与えられただろう恐怖を慮って触れる寸前で止められた手、悔恨の滲む瞳。
本来なら安堵その他いろんな感情が高まって急接近する心の距離!……なんてことになるのだろうなぁ、と思いながら、気遣いは必要ないと首を振る。それもまた、恋愛的に都合のいいように解釈されてしまうのだろうけど。
すべてはお約束のうち。物語を盛り上げるための危機は訪れても、それはスパイスでしかないのだ。……それが、前世過ごした世界とはどこまでも違う、舞台じみたこの『世界』なのだと私はもう理解していた。
結局その場は微妙に傍観者状態のまま(私の精神状態を慮ってくれた結果そうなったんだろうけど)、名家の子息の彼が許嫁的な立場の彼女を非難し、今後私に手出しをしないよう確約させ、あとは両家の問題の話になるということで二人の間での話し合いは先送りにされる一連の流れをただ見ていた。
とりあえずこのまま強制参加のイベントが続くわけじゃなさそうだ、と判断して、ひっそり息を吐く。ここから派生するイベントはかなりの確率で起こるだろうけど、この後の予定がまるっと潰れなかっただけマシだと思おう。
いつものゲーム屋行く予定だったんだよね……店長と懇意だしちゃんと予約してるので、行くのが遅れたからって買う予定のゲームが無いという悲劇は起こらないのだけど、前世で特にお気に入りだったゲームなのでやっぱり発売日には手に入れたいところだ。それに、明確に約束したわけじゃないけど、同士とも会うつもりだったし。
……まったく、前世では手に入れられなかった特典を入手できる記念すべき日に限って面倒なイベントが起こるなんてついてない。やっぱり三次元の恋愛沙汰は二次充の敵だ。
◆
今日は帰りがけに腹ペコ系令嬢につかまりそうになったのが響いて、行きつけのゲーム屋に着くのが遅くなってしまった。今日は前世からのお気に入りのゲームの発売日だとか言っていたので来ているだろうと思っていた同士(二次元ラブのオタクでnot美形で前世記憶持ちの運命的(笑)な境遇の被りがある女子)はまだのようだった。店長に聞いても、買って帰ったわけではないという。
少しばかり怪訝に思いつつ、自分に起こったような些細なイベントで遅れているのかもしれないと考え、とりあえず自分の用事を済ませることにする。
ゲーム屋ゲーム屋と呼んでいるけれど、実際のところ店長の道楽でやっているので、オタク的分野に関してはわりと手広く仕入れてくれる店だったりする。それを存分に利用して、俺は入手困難になっているゲームの資料集を店長に仕入れてもらっていた。
代金を払って受け取る。おお、これが前世あまりに価格が高騰しすぎて涙を呑んだあの資料集……!
感慨深い気持ちに浸りつつ、あまりに俺たちが店でオタクトークと日常の愚痴を言い合っているものだから、店長が使ってもいいぞと出してくれた椅子に座って同士の来店を待つ。
店長は何も言わない。特に今日はきちんと品を買った客なので甘く見てくれるんだろう。いつも甘くないか?とかは考えない。
……いやさすがにあんまり俺らに都合いいよな?とは思ってるが、同士の攻略対象に入ってくる様子もないし、というか『年齢にしては上客ながらちょっと変なガキども』をただ面白がってるふうだし、何よりこの店では不思議と攻略対象みたいな人々に会わないので、精神的休憩所としてとてもとても有用なのだ。だから多少の疑問は飲み込むことで意見が一致した。
と、店のドアが開いた。手動ドアのわりにはベルとかもついてないので静かなものだ。……そういや防犯カメラとかあるんだろうかこの店。店長がカウンターにいないこと割とあるけど万引きとかされないんだろうか?
同士と落ち合う場所に使いがちなところからわかるだろうが、この店で俺たち以外の客はほとんど見たことがない。ので、案の定入ってきたのは同士だった。
――のだが。
「あれ、来てたんだ」
一応入口からは死角、カウンター内側からは見えるが外側からは見えにくいという我ながら絶妙な場所に陣取ってる俺に気付いた同士の口調は普通だった。口調は。
……これは何かあったな。
ひとまず待ち望んだゲームを入手することを優先したらしい同士が店長に声をかけるのを見遣りながら思う。
同士の目はわりと死にやすいが、そういうときは立ち直るのも早い。大体推しを見たら生き返るし。大体オタクってそういうものだし。しかし、今の同士の目は一見普通に見えて虚無ってるというちょっとヤバげなやつだった。取り繕ってること自体がヤバいというやつだ。
自分で言うのもなんだが、俺は同士に結構気を許されていると思う。もっと言うなら『この世界』で一番に気を許されてると思っている。それはいっそ作為的なものを感じなくもない共通しすぎる境遇のおかげである。あとまあ波長が合ったというかなんというか。オタクにも種類はあるので、お互いに理解し合えるタイプのオタクだったのは僥倖だった。
ともあれ、そんな俺に対して同士が取り繕うことはあんまりない。皆無とは言わない。意思ある人間なので。
そのうえで取り繕っているということは、愚痴って発散という気分じゃないということだ。まあ、今回のは意識的に取り繕ってるというより、本人があんまり自覚がないだけだと思うが。
こういうとき、俺はむやみに事情を知る方向に動きはしない。別に俺の周囲の他の人間と違って、そうしたからって二次充を妨害されるような事柄に発展はしないのだが、……同士の場合は、こういうとき、その方がいいと思うからだ。
お互い、前世に不満があったわけじゃなかった。なんかうっかり前世の記憶を持ったままでも今世を生きてるのは、とりあえず二次元(要するに概ねオタクカルチャー)が存在して、それを楽しめる素地があったからだ。まあせっかく授かった命を無為に捨てるのはどうかと思うし。
……念のため言っておくと、俺も同士も自殺願望とかはない。ただ今世に執着する理由も実はあんまりないよなぁというだけだ。真っ当な倫理観を持ってるので『いのちはだいじに』とは考えるけれど。
だけどどうしようもなく、自分たちは『異物』なのだと思うことが、ある。
どこまでもこの世界を、『つくりもののようだ』と思ってしまう気持ちが、ある。
そういうのを強く実感するようなとき、それはもう自分の中で折り合いをつけるしかない。俺はそう思ってるし、恐らく同士もそうだ。
ここで生きている、ここで生き続ける、それはすなわち、前世があるからこそ『二次元じみた』と判断してしまう人や出来事について、飲み込み続けるということだから。
多分同士はその周期が来たんだろうな、となんとなく思う。それを察せるのが同士補正というやつなら、これだけは二次元じみたアレでも許容してやれるな、と思う自分が同士に甘いのは自覚していた。
という感想がこの場に不似合いなことは自覚しつつ、だけどそれが率直な気持ちだった。
目の前には高圧的な態度で何かを言っている、「顔は美人なんだけどなぁ、容姿の維持にもお金かけてるっぽいのに中身が残念だなぁ……」と思わざるを得ない、自分と歳はそう変わらなそうな女の子。とその付き人(という概念はどの程度の階級から存在するようになるんだろう?)らしき男の人。そして女の子が金で雇ったと思しき、多少(だいぶ?)危ないことでもやってくれそうなオニイサン方。
ここは人気のない路地裏で、自分の背中には壁。路地から出る道は許嫁的な彼女とそのお付きとそこそこ鍛えてそうなオニイサマ方の向こうにある。
うん、とてもベタでありきたり感の溢れるピンチだ。
なんだかよくわからないけど転生してしまった先である、この三次元のくせに妙に二次元じみた世界では、よくあるとまでは言わないけれど類似の事例はありましたね、って感じの状況だ。前世から筋金入りのオタクなので、画面の向こうなどでもちょくちょく見ましたねって感じだ。
隠しきれない育ちの良さを随所でチラ見せしてくる、実は名家の子息だとかいういかにも乙女ゲーに居そうな人物が最近やたらと構ってくるようになったんだけど(どこでフラグが立ったのか正直よくわかってない)、どうやらその関係者らしい。正式な許嫁ではないけどそれに近いもの? なんかごちゃごちゃ言っていたけどどうでもいいので聞き流していた。
ともかくも私がその実は名家の御子息な彼に近しいのが気にくわないらしい許嫁的な彼女が牽制に来た、と。言ってしまえば「あんたが彼に近づくなんて気にくわないのよ!」というよくあるやつだ。ただし金と権力を持った上で嫉妬にかられた人間のやることはそんなかわいいものじゃないのである。
許嫁的立場の彼女がオニイサン方に指示をする。それを要約すれば私を辱めるなり社会的に死ぬような証拠写真を撮るなりして、ともかく自分に従順に従うような弱みを握れと。
うーん、ゲスい。発想がゲスい。いや彼女にとって穏便な解決策だったんだろう大金を積まれたうえでのお願いを断ったのは私なんだけど、ちゃんとお金は受け取らなくても希望に沿うようにはするって言ったのに……。対価を受け取ってないと信じられないとかなんだろうけど、こわいじゃんそんなお金受け取るの。
だっていうのに一足飛びに裏的な手段を使って言うこと聞かそうとしてくるの、この子の教育大丈夫か?という気持ちになってしまう。そこの付き人のお兄さん、このお嬢さんの問題解決能力どうかと思いますよ。
要するにCEROCの危機なんである。実のところ攻略対象(こう呼ばわると現実に生きてる人間扱いしてないなーという気持ちになるのだけど、分類するのに便利なのでつい呼んでしまう)相手にCEROC案件が起こるよりも、こういう巻き込まれるトラブル系でCEROC案件が起こる方が多い。たぶん私が「付き合ってもないのにCEROC案件起きたらただのセクハラ被害じゃない?」と思うタイプだから世界が調整してるんじゃないかな……それくらいしそうだよなこの世界……。
だって同士(同じように前世持ちでオタクで今世の望まない二次元的イベントが降りかかっている)は私よりもラッキースケベ的展開があるようなのだ。さすがに仔細は話されないので詳しくは分からないけど、異性の身体的魅力にドキッ!なイベントは平均的なハーレムものレベルには起こってるらしい。まあそれも、同士の中の何らかの線引きに沿った形なんだろうなぁ、私のCEROC案件みたいに。
ともあれ、今の状況は普通に考えてとってもピンチなんだけど、自分でもどうかと思うほど焦りとか恐怖とかはない。私はどういう意味合いでも辱められるという行為に耐えられるタイプじゃないし、社会的な死をもたらすようなアレソレを世間様に晒されてひそひそと指さされるような事態になっても平気だと言えるような世捨て人じゃないんだけど、その前提をひっくり返す安全弁がこの世界には存在することもまた知っている。
危ない仕事もお手の物、倫理観?罪悪感?ナニソレ、みたいなオニイサン方が近づいてくる。伸ばされた手は屈強で、抵抗なんて無意味だろうことを如実に物語っていた。
だけど。
――ほら、やっぱり。
鋭い静止の声。伸ばされた手を払いのけ間近に迫っていた男たちを遠ざける、知らないことはない背中。
決定的な瞬間が訪れる前、ともすればタイミングをはかっていたのかと疑いたくなるほどの絶妙さで、件の名家の子息だとかいう彼が現れた。
彼が振り向く。こちらを気遣う言葉、与えられただろう恐怖を慮って触れる寸前で止められた手、悔恨の滲む瞳。
本来なら安堵その他いろんな感情が高まって急接近する心の距離!……なんてことになるのだろうなぁ、と思いながら、気遣いは必要ないと首を振る。それもまた、恋愛的に都合のいいように解釈されてしまうのだろうけど。
すべてはお約束のうち。物語を盛り上げるための危機は訪れても、それはスパイスでしかないのだ。……それが、前世過ごした世界とはどこまでも違う、舞台じみたこの『世界』なのだと私はもう理解していた。
結局その場は微妙に傍観者状態のまま(私の精神状態を慮ってくれた結果そうなったんだろうけど)、名家の子息の彼が許嫁的な立場の彼女を非難し、今後私に手出しをしないよう確約させ、あとは両家の問題の話になるということで二人の間での話し合いは先送りにされる一連の流れをただ見ていた。
とりあえずこのまま強制参加のイベントが続くわけじゃなさそうだ、と判断して、ひっそり息を吐く。ここから派生するイベントはかなりの確率で起こるだろうけど、この後の予定がまるっと潰れなかっただけマシだと思おう。
いつものゲーム屋行く予定だったんだよね……店長と懇意だしちゃんと予約してるので、行くのが遅れたからって買う予定のゲームが無いという悲劇は起こらないのだけど、前世で特にお気に入りだったゲームなのでやっぱり発売日には手に入れたいところだ。それに、明確に約束したわけじゃないけど、同士とも会うつもりだったし。
……まったく、前世では手に入れられなかった特典を入手できる記念すべき日に限って面倒なイベントが起こるなんてついてない。やっぱり三次元の恋愛沙汰は二次充の敵だ。
◆
今日は帰りがけに腹ペコ系令嬢につかまりそうになったのが響いて、行きつけのゲーム屋に着くのが遅くなってしまった。今日は前世からのお気に入りのゲームの発売日だとか言っていたので来ているだろうと思っていた同士(二次元ラブのオタクでnot美形で前世記憶持ちの運命的(笑)な境遇の被りがある女子)はまだのようだった。店長に聞いても、買って帰ったわけではないという。
少しばかり怪訝に思いつつ、自分に起こったような些細なイベントで遅れているのかもしれないと考え、とりあえず自分の用事を済ませることにする。
ゲーム屋ゲーム屋と呼んでいるけれど、実際のところ店長の道楽でやっているので、オタク的分野に関してはわりと手広く仕入れてくれる店だったりする。それを存分に利用して、俺は入手困難になっているゲームの資料集を店長に仕入れてもらっていた。
代金を払って受け取る。おお、これが前世あまりに価格が高騰しすぎて涙を呑んだあの資料集……!
感慨深い気持ちに浸りつつ、あまりに俺たちが店でオタクトークと日常の愚痴を言い合っているものだから、店長が使ってもいいぞと出してくれた椅子に座って同士の来店を待つ。
店長は何も言わない。特に今日はきちんと品を買った客なので甘く見てくれるんだろう。いつも甘くないか?とかは考えない。
……いやさすがにあんまり俺らに都合いいよな?とは思ってるが、同士の攻略対象に入ってくる様子もないし、というか『年齢にしては上客ながらちょっと変なガキども』をただ面白がってるふうだし、何よりこの店では不思議と攻略対象みたいな人々に会わないので、精神的休憩所としてとてもとても有用なのだ。だから多少の疑問は飲み込むことで意見が一致した。
と、店のドアが開いた。手動ドアのわりにはベルとかもついてないので静かなものだ。……そういや防犯カメラとかあるんだろうかこの店。店長がカウンターにいないこと割とあるけど万引きとかされないんだろうか?
同士と落ち合う場所に使いがちなところからわかるだろうが、この店で俺たち以外の客はほとんど見たことがない。ので、案の定入ってきたのは同士だった。
――のだが。
「あれ、来てたんだ」
一応入口からは死角、カウンター内側からは見えるが外側からは見えにくいという我ながら絶妙な場所に陣取ってる俺に気付いた同士の口調は普通だった。口調は。
……これは何かあったな。
ひとまず待ち望んだゲームを入手することを優先したらしい同士が店長に声をかけるのを見遣りながら思う。
同士の目はわりと死にやすいが、そういうときは立ち直るのも早い。大体推しを見たら生き返るし。大体オタクってそういうものだし。しかし、今の同士の目は一見普通に見えて虚無ってるというちょっとヤバげなやつだった。取り繕ってること自体がヤバいというやつだ。
自分で言うのもなんだが、俺は同士に結構気を許されていると思う。もっと言うなら『この世界』で一番に気を許されてると思っている。それはいっそ作為的なものを感じなくもない共通しすぎる境遇のおかげである。あとまあ波長が合ったというかなんというか。オタクにも種類はあるので、お互いに理解し合えるタイプのオタクだったのは僥倖だった。
ともあれ、そんな俺に対して同士が取り繕うことはあんまりない。皆無とは言わない。意思ある人間なので。
そのうえで取り繕っているということは、愚痴って発散という気分じゃないということだ。まあ、今回のは意識的に取り繕ってるというより、本人があんまり自覚がないだけだと思うが。
こういうとき、俺はむやみに事情を知る方向に動きはしない。別に俺の周囲の他の人間と違って、そうしたからって二次充を妨害されるような事柄に発展はしないのだが、……同士の場合は、こういうとき、その方がいいと思うからだ。
お互い、前世に不満があったわけじゃなかった。なんかうっかり前世の記憶を持ったままでも今世を生きてるのは、とりあえず二次元(要するに概ねオタクカルチャー)が存在して、それを楽しめる素地があったからだ。まあせっかく授かった命を無為に捨てるのはどうかと思うし。
……念のため言っておくと、俺も同士も自殺願望とかはない。ただ今世に執着する理由も実はあんまりないよなぁというだけだ。真っ当な倫理観を持ってるので『いのちはだいじに』とは考えるけれど。
だけどどうしようもなく、自分たちは『異物』なのだと思うことが、ある。
どこまでもこの世界を、『つくりもののようだ』と思ってしまう気持ちが、ある。
そういうのを強く実感するようなとき、それはもう自分の中で折り合いをつけるしかない。俺はそう思ってるし、恐らく同士もそうだ。
ここで生きている、ここで生き続ける、それはすなわち、前世があるからこそ『二次元じみた』と判断してしまう人や出来事について、飲み込み続けるということだから。
多分同士はその周期が来たんだろうな、となんとなく思う。それを察せるのが同士補正というやつなら、これだけは二次元じみたアレでも許容してやれるな、と思う自分が同士に甘いのは自覚していた。
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