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『悪役令嬢』と処刑
しおりを挟む「マーガレット・フィン・デザイア! 国母となるブランカ・フィア・リリジアを害した罪をもって、貴様を国外追放の刑に処す!」
そう、高らかに元婚約者に告げられたマーガレットの心中にあるのはただ一つ、安堵感だった。
(やっと……やっと処刑まで辿りつけたわ……。今回は幼少期から『悪役令嬢』をやらないといけなかったから、長かったわね……)
マーガレットは、国母をも狙える貴族的地位を持っているものの、気位が高く高慢で、手の付けられない『悪女』――それが周囲の認識だ。何故なら、筋書きに沿って、マーガレット自身がそう見えるように振舞ってきたからだ。
マーガレットには前世の記憶がある。その前の生の記憶も、そのまた前の生の記憶も――さかのぼること65回分の、若くして処刑される記憶があった。
最初の一回は、本当に自分の意思で行った愚かな行為で処刑されたが、その後は与えられた筋書きの通りに動いているだけだ。何故ならそれが、マーガレットに課せられた贖罪だから。
記憶にある最初の生の中、マーガレットは自らの意思で、婚約者の周りをうろつく平民の女を虐め抜いた。暗殺まではせずとも、尊厳を失わせることくらいは企てた。失敗に終わったが。
ただの平民ではなく、実は世界を救うという『聖女』であった彼女を好む人間――特に男――は多く、それは創世の神ですら同じで。
世界の危機すら招きかねなかった所業を重く見られ、処刑されて死したマーガレットは、それでも許されなかった。
創世の神により、贖罪としてありとあらゆる世界の『悪役令嬢』を演じ、死ぬことを課せられたのだ。
最初こそ、どうして私がと、嫉妬に狂って愚かな真似をしたのは確かだけれど、死してまで償えない罪であったのかと嘆いた。
嘆いたけれど、課せられた贖罪、課せられた『役割』はそんな嘆きに浸る暇もなくマーガレットを動かして、また処刑へと導いた。
二度目、三度目……五度目くらいまではそれでも嘆きがあった。多種多様の処刑方法で殺されるまでのことをしたのかと。
けれどそれが、六度目、七度目……十を超えるころには、嘆く心さえ無になっていた。ただひたすら、この贖罪を終わらせるために筋書きに従って行動をするだけの機械のようになっていた。
それがまた、創世の神の逆鱗に触れたのだろうか、体験した中でも屈指の苦痛を味わう処刑方法や、国外追放されたのちの不幸な出来事で死ぬようになってからは、どんなに苦しくても、無の心で人生をこなすことのないようにした。
そうして――そうして65回処刑されたマーガレットは、今回もまた、王や王子やその他世界に重要な役割を持つ者たちの心をとらえて離さない女を虐め抜いた『悪役令嬢』として、刑を言い渡されたのだが。
(国外追放……。大抵道中で殺されるか、不幸な事故に遭うか、惨めな境遇になって死ぬか、ならず者とかにいたぶられて死ぬか……死ぬまでにちょっと時間があるのが嫌なのよね……)
さくっと首を落とされたり、絞首台に送られたり、毒の杯を煽らされたり、ちょっと苦しみが長いが火刑に処されたりする方がましなのよね、というのがマーガレットの本音だった。
しかし、だからといって、いや今すぐさっくり処刑してください、などとは言えない。
筋書き通り、気位が高く、高慢で、この期に及んでもそれを捨てようとしない愚かな『悪役令嬢』として発言しようとしたところで――。
「ならば、当国にて引き取ろう」
そんな声が響いた。
この生では婚約破棄のイベントは終わっており、それでも元婚約者への執着を捨てきれなかったマーガレットが、国母となるブランカを害したことで、さらなる刑を言い渡される――社会的に終わらせるために、他国の重鎮も出席するような舞踏会という場で――という、そんな流れだったのだが。
(……筋書きにこんな展開、なかったわよね?)
『悪役令嬢』としての生が始まるたびに、マーガレットの頭の中には、これから演じる『悪役令嬢』が辿る道筋と、どういう行動をすればいいかの筋書きが詰め込まれる。
それに沿って行動することで、間違いなく処刑へと行きつけるようになっているのだが――。
「帝国の……! なぜそのようなことを!?」
そう、発言したのは、この国よりも数倍大きな面積の国を治める、帝国の皇子だった。
ガルシア=ディ=ジルステート。既に病床にある皇帝に代わり、実務の権限をすべて握っているのだと噂され、恐れられている皇子。帝国は広く、併呑した国の民が燻ることも多い。そういう時に先陣切ってそれを鎮圧するような、武の面でも秀でた男だった。
ガルシアは、マーガレットの元婚約者の言葉に、軽く首を傾けた。
「国外追放ならば、当国に来させたとて同じだろう。まさか何の準備もなく、国境に放り出すような真似をするでもなし」
「それは……」
「それとも、国境を荒らす盗賊にでも捕らえさせて、慰み者にさせる――そういう算段だったか?」
「ま、まさか! そんな非道なことなど……!」
「では、当国に迎え入れても何も問題はあるまい。所業により勘当され、貴族の身分が剥奪されたとしても、曲がりなりにも高貴な身分だった女だ。自ら生きゆく術など知らんだろう」
(もっともなことを言っているように見せかけて……かなり無茶を言ってるわよね?)
ガルシアは、既に王に代わり公務を担っているからか、かなり迫力がある。完全に、マーガレットの元婚約者――自国の王子は呑まれていた。
それを見て取ったのか、自国の王が代わりにガルシアに問答する。それを聞きながら、マーガレットは必死に頭を働かせていた。
(……やっぱり、私に与えられた筋書きに、こんな展開はないわ。どういうことなの? そもそも、ガルシア皇子とは、私が国母になるかもしれなかった時に挨拶を交わしたことがある程度の関係だし……)
どうしてガルシアがこんなことを言い出したのか、さっぱりわからない。
結局、自国の王まで煙に巻かれ、なし崩し的にマーガレットは帝国に行くことが決定したのだった。
* * *
なぜかガルシアと同じ馬車に載せられて、帝国への旅をすることになったマーガレットは、向かいに座るガルシアをじっと見つめる。
「……猜疑に満ちた目をしているな」
「あなた様の言動すべてがありえないからですわ」
そう、ありえないのだ。他国の者とはいえ罪人と、馬車を同じくする皇子なんてありえない。
「ほう、そう率直に言われると、いっそ愉快だな」
「愉快がられたいわけではありません。……どうして私を自国に置くと決めたのですか」
「ただ、お前がほしかったからだ――と言って信じるか?」
「信じられる要素が何もありませんわね」
「そうだろう? だから俺は言葉は尽くさない。お前が信じるまではな」
(……それは、戯言のような『お前がほしかった』が、まるで真実かのような……)
疑問に思ったものの、マーガレットはそれを口に出すよりも優先して聞いておきたいことがあった。
「――私、あなたの国で、一体どういう扱いを受けますの? そのまま市井に放り出される? よくてどこかの下女かしら。心構えをしたいので、早めに教えていただけるとうれしいのですけれど」
「俺の世話役だ」
「……はぁ? ――失礼いたしました、今、何と仰って?」
「俺の世話役――まあ対外的には侍女とする。お前も聞き及んではいるだろう? 俺の周りは利害から入れ替わりが激しい。一人くらい子飼いの侍女がほしくてな」
まだ若い皇子、それも皇帝となることが確定しているような男に侍りたい、あるいは自分の娘を送り込みたい人々は多いだろう。それ以外にも、ガルシアを失脚させる――あるいは暗殺しようとしている一派がいるとも聞いている。どちらにせよ、気の休まる時はなさそうな環境ではあるだろうが。
「……私が、祖国でやったような愚かな真似をしないとお思いなの?」
「お前に利があるのならやるだろうが、ないだろう?」
「どなたかに抱き込まれて、やるかもしれませんわよ」
「その前に俺が抱き込むから問題ない」
「…………」
(まあ、国外追放から救われた時点で、抱き込まれたようなものですけれど? 『悪役令嬢』としての死が見えないわね……。ああ、もしかして毒見とかで死ぬのかしら。即効性のやつだといいわね……)
そう夢想していたマーガレットは知らなかった。自分の『死』に想いを馳せるマーガレットを、ガルシアが意味深な瞳で見ていたことを。
* * *
馬車の旅は長くは続かなかった。この国には魔術があり、任意の場所に飛ぶことができる転移陣というものが普及しているからだ。
国と国をつなぐ転移陣は、厳しい使用制限があり、とてつもなく魔力を使うので、めったに使われないが――その、めったに使われない転移陣を使って、マーガレットはあっさりと祖国を出ることとなった。
(残されたのは、この身と――これだけね)
胸元でじりじりと熱を発する、貴族位を持っていた罪人に施される呪を思う。
焼き印のようなそれは、この身に生まれ巡りゆく『魔力』を封印するものだ。魔力を使えない只人として生きてゆけ、と呪いを吐くようにして言った術者――この国の国母となる女に懸想してしまった宮廷魔術師は、心に抱えた恋心をどう処理するのだろう、とぼんやり考える。
(……まあ、もう私には関係のないことだわ)
そうして思考を終わらせたマーガレットを、やはり底の見えない瞳でガルシアが見つめていた。
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