古国の末姫と加護持ちの王

空月

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『転移所』

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 「さすが『魔法大国』。『転移所クィ・ラール』も大きいんだね。国境の『転移所クィ・ラール』だからなのかもしれないけど」
 「宮にも王族専用の『転移所クィ・ラール』がある。あれはここより大きい」
 「――それ、もしかしてひとつの宮につきひとつ?」
 「そうだ」
 「うわぁ……さすが。やることが違うね……」

  都市にひとつあれば充分だと考えるリルには理解できない話に少々呆れた気分になりつつ、『転移所クィ・ラール』の受付に並ぶ。行列と言うほどはないが、人が途切れることはない程度には利用者が居るようだ。

  男たちから逃げたあと、微妙に周囲を警戒しつつも――再び男たちと鉢合わせたらどうしようもない――無事目的の古物商に辿りついたリルたちの手には、きちんとお金の入った袋がある。リルはイースヒャンデまでの道のりを考えて換金したため、結構な重量だったりする。
  リルはアル=ラシードの分も出すつもりだったのだが、彼が頑なに拒否し、身につけていた首飾りをひとつ換金したのだ。別に利子付けて返せなんて言わないのに、と考えるリルは、アル=ラシードの微妙な心中に気付いていない。

 「これだけ大きいなら待たなくて済みそうかな。詰めてる魔法士さんの魔力切れとかもないだろうし」

  なんといっても『魔法大国』シャラ・シャハルだ。個人の魔力量も多いのだろうし、魔法士が交代制ということもありうる。ザードによれば首都の『転移所クィ・ラール』は普通にそうだという話だったし。

  受付を終え、順番がきたら知らせてくれるという魔法陣が組み込まれた札を手に、待合室へと向かう。待合室も無駄に広く、ついでに豪華だった。国境近くの『転移所クィ・ラール』だからなのか、シャラ・シャハルの『転移所クィ・ラール』がすべてこうなのかはわからなかったが、戻れたらこれについてもザードに聞こう、とリルは心に決めた。
  備え付けの机と椅子も、なんだか無駄に豪華だった。休憩所的な意味合いしかない場所なのに、王宮とかにありそうなふかふかな椅子だ。やっぱり大国は違うなぁ、と半ば関心、半ば呆れる。

 「これより宮の『転移所クィ・ラール』は広いんだよね? 信じられないなぁ」
 「あまり使用しないから疑問に思わなかったが、あれは広すぎるんだな……」
 「まあ、宮とかってそういうものなんだろうけどね。豊かさの象徴みたいな」
 「そういう面もあるのだろうが……そういえば、お前の国の『転移所クィ・ラール』はどれくらいの大きさなんだ? ――というか、お前の国というのはどこなんだ?」
 「いや、だから、地図に載ってないんだってば」
 「聞いたことくらいはあるかもしれないだろう」
 「絶対知らないと思う」
 「何を根拠に?」
 「すっごく閉じた国だから。周りに他の国もないし、ちゃんと国交結んでるとこもないし」
 「いいから、言ってみろ」

 (うう、食い下がるなぁ……)

  ザードはこういうときどうやって追及をかわしているのだろう。聞いておけばよかった。
  うやむやにできそうもないので、仕方なくリルは口を開く。名前だけなら大丈夫だろうと判断して。

 「イースヒャンデ、だよ」
 「…………確かに地図に載っているのを見たことはないな」
 「でしょう? ほんとに小さい国だから」
 「だが、どこかで聞いたような……」

  思い出そうとするように目を細めたアル=ラシードに、マズい、とリルは思った。慌てて話題転換をする。

 「そ、それより――全然騒ぎとかになってないね」
 「何がだ?」

  幸いにも、アル=ラシードは特に不審に思わなかったようだった。単純に何のことか分からない、といった顔で首を傾げている。

 「君のこと。……ねえ、王都、っていうか宮に帰って大丈夫なの?」

  焦った末の話題転換であったが、これはシャラ・シャハルに入ってからリルがずっと考えていたことだった。
  宮からほとんど出たことがない、という本人の言から、一般にはあまり認知されていないのだろうことが容易に推測できると言えど、曲がりなりにも第二王位継承者だ。しかも【加護印シャーン】持ち。宮で行方不明になったとすれば、絶対に騒ぎになっていると思ったのだが、入国時に感じたように、そんな様子はまるでない。
  王紋を見れば王族だとわかるのではないかと考えていたのに、そちらも一般には知られていないという。この国ちょっと変じゃないかな、とリルが思ったのも致し方ないことだろう。
  リルが自国をそんな風に思っているのに気付いているのかいないのか、アル=ラシードは淡々と答える。

 「恐らく内部の人間の仕業だろうからな。戻って大丈夫かと言われればわからないとしか言いようがないが――戻らなければ死んだとみなされるだけだろうし、どちらにしろ戻らなければ実行犯も探せない。私に戻る以外の選択肢はないのだ」
 「え、いやそれってすっごく危ないんじゃ……」
 「まあ、そうだろうな。だが王族なんてそんなものだろう?」

  何でもないことのようにアル=ラシードが言った言葉に、リルは耳を疑った。
  十歳かそこらの子供が自らの住居における危険――それも高確率で生命の、と頭につく――を、そんなもの、と受け入れるような環境って一体。

 「その認識は、多分一般的じゃないんじゃないかな……っていうかそう思いたい」

  微妙に願望の入り混じったリルの台詞に、「そういうものか」と若干不思議そうにアル=ラシードは呟いた。


 * * *


 「……わっ!?」

  机の上に置いていた札がぼわん、という音と共に煙をもくもくと吐き出したのに驚いたリルは、ドキドキと鳴る心臓に手を当て自分を落ち着かせる。絶対にこれ心臓に悪い。
  煙はふよふよと形を変え、『お待たせいたしました』の文字と、奥の廊下へ続く矢印を作り出した。すごいとは思うが、なんだか無駄な技術な気がしてならない。

 「この矢印の方向に行けばいいんだよね……?」

  今までリルが使ったことのある『転移所クィ・ラール』にはこんなものはなかったので、自然疑問形になってしまう。

 「そうだろうな。でなければ何の意味があるのかわからないのだし」

  もっともなアル=ラシードの言葉を受けて、リルは椅子から立ち上がった。アル=ラシードもそれに続く。
  矢印はリルの斜め前の辺りを浮かびながら先導した。……なんかちょっと間抜けな図だな、と思ってしまったリルを誰も責められまい。
  奥の廊下を進むと、途中から等間隔に扉が現れた。恐らくそれぞれの部屋に目的地までの距離に応じた、転移用の魔法陣があるのだろう。

 「あ、ここみたい」

  先導していた矢印が、ひとつの扉の前で止まった。それは一番奥、突き当りの部屋のようだった。なんとなく申し訳程度に扉を叩き、ゆっくり開く。

 「次の方ですね。初めまして、転移を担当させていただきます、イディ=テット・ツェン・ガザ=ラーシュと申します」

  扉から顔を出したリルに、人のよさそうな男がにっこりと笑いかけた。

 「ご希望はシャラ・シャハル王都中央『転移所クィ・ラール』ということで間違いなかったでしょうか」
 「は、はい」

  アル=ラシードを伴って部屋の中に入ったリルは、淀みなく紡がれる言葉に少々気おされつつ頷いた。
  ここまで接客業然とした魔法士に会ったのは初めてだったので、少しばかり驚いてしまったのだ。シャラ・シャハルは『転移所クィ・ラール』の使用率が高いらしいから、そういう風に特化したのだろうか、などと考える。

 「対価の方をこちらへお願いします。そのあと、魔法陣の中心へとお進みください。お連れ様もご一緒の移動でよろしかったでしょうか?」
 「ああ」

  あらかじめ対価の分を小分けにしていた袋を、魔法士の傍に浮かぶ小さな魔法陣に置く。すると、その魔法陣と床の転移用の魔法陣がじわりと光を放った。

 「確かに対価を頂きました。それではよい旅を」

  魔法士の言葉を背に、転移用の魔法陣の真ん中へ向かう。あとはもう転移に任せるだけである。何ら気負うことはない。

  先にリルが中心に立ち、アル=ラシードがその横に立った――その瞬間。

  足元の魔法陣が、ぐにゃりと歪んだのをリルは見た。構成そのものは変わっていない、変わったのは――行き先を示す部分。
  それを確認する前に、リルの意識は暗転した。

  ――姫さん!?

 焦ったような焔の思念が伝わったのが、最後だった。
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