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10話
しおりを挟むレヴィの言に、サーシャは首を傾げる。
「前者はともかく、後者は――それが私が『碇』である証左になるのですか?」
確かにレヴィはシンデレラがサーシャを好きすぎることがシンデレラが魔女であることと関わりがあると考えていたようだが、『碇』と魔女とはそういうものなのだろうか?
「まずはシンデレラの言葉でわかった事実を確認しよう。――ローズ、君はル・フェイの『碇』だったね?」
レヴィはローズに話を差し向けた。ローズは一つ息をついて、頷いた。
「まさかルーチェがいなくなってから、新しく魔術師の方と関わりになるとは。――ご推察の通り、私はルーチェの――大魔女ル・フェイの『碇』である存在でしたわ」
「その君から見て、サーシャはシンデレラの『碇』だと思うかい?」
「それは、――そうですね。シンデレラのサーシャへの好意は、私がルーチェから向けられていたものによく似ているとは思います」
ローズは答えを曖昧に濁した。彼女にしては珍しいことに、サーシャはむしろ確信を覚えた。
「お母さまは……察していらっしゃったのですね」
「『そうかもしれない』とだけ……でも私は魔女ではないから、何を言うこともできなかったわ。それがどんな影響を及ぼすか知れなかったし……今の状態で安定しているのなら、あえて言うことでもないと……それは、見込み違いだったようだけど。ルーチェは私の結婚に際して、ゴネはしたけれど、魔力を暴走させたりしなかったの。シンデレラもそうだと思っていたのだけれど」
「それは魔女としての経験の浅さと、正式な魔女でない状態だったからだろうね。――魔女としていくつもの人の営みを見てきたであろうル・フェイと、ただの人として生きてきたシンデレラの差だろう」
レヴィの言葉になるほどと思う。『人はいつか誰かと添い遂げるもの』としてルーチェがローズを見ていたのなら、多少感情は揺さぶられるだろうが、納得できたのかもしれない。
「魔女は自分の『碇』に好意を抱く。これは昔から言い伝えられている魔女の性質だ。その因果が逆転して、契約者にも好意を抱きやすい。だから契約しないという魔女もいるね。その好意は、ふつう人が人に抱くよりも激しいもの、深いものになるという。ただ、それは『碇』だと確信して初めて、自覚する、らしい。――シンデレラはこれに当てはまっている」
淡々とレヴィが言葉を連ねる。サーシャは今まで知らなかったことを飲み込むのに精いっぱいだった。
「二代に渡って同じ血筋に『碇』が現れるものかというのはわからないが、推測はできる。ル・フェイの子であるシンデレラに、ル・フェイの『碇』の条件となる形質が受け継がれた可能性がある。だから希少な『碇』が同時代、同血筋、親子と親子の間で発生したんじゃないだろうか」
「『碇』には条件があるのですか?」
「それは僕にはわからない。ただ、髪の色や目の色が親子で同じになるように、好みも似ることがあるだろう。そういうことなんじゃないかと思う。でないとあまりにも奇跡的な偶然過ぎるからね」
そう言われればそういうこともあるのかとサーシャは思った。ともかくも魔術師・魔女界隈のことは、一般人には言われたことを飲み込むしかないので。
「……それで、サーシャおねえさまがわたくしの『碇』だとして、それがなんですの。わたくしがおねえさまに感じる好意が偽物だとでも言うんですの」
棘のある口調でシンデレラが言った。サーシャは驚いた。その発想はなかった。
「そんなことはないよ。言うなれば魂レベルで好みの人間だというだけの話だ。そういう人に巡り合えたことを羨ましいと思いこそすれ、偽物だなんていうつもりはないよ」
あっけらかんと言われて、シンデレラは毒気を抜かれたようだった。痛いほどに抱きしめられていた腕の拘束が少し緩む。
「ただ、彼女が『碇』であるならば、君は正式に魔女になったらどうかと思う。人と歩む流れが違う存在だから、拒否するのならそれは仕方ないけれど――このまま生きても、人と同じ時を生きられるかはわからない。正式ではないとはいえ、魔女は魔女だ。だが、魔女になれば、人とともに死にたければ、そういう方法もあることだし、先ほどのように魔力を暴走させることもなくなるだろう。君だって、愛しのサーシャを危険な目に遭わせる可能性は排除したいだろう?」
『〈シンデレラの〉愛しのサーシャ』という意味なのはわかっていたが、サーシャの心臓は跳ねた。さすがにこんな見目のいい男性にそんなふうな言葉を発されて平常心でいることはできない。
幸いにもシンデレラはサーシャの内心に気付かなかったようで、レヴィの言葉に興味が出たような素振りを見せていた。
「わたくしが正式に魔女になることで、おねえさまに不利益なことは起こりませんの?」
「『碇』はそこに在るだけで『碇』だ。君が魔女になったからと言って、今までと何が変わるわけでもない。ただ、正式に魔女になる――魔女の力の使い方を覚えるとなると、僕に師事してもらうしかないから、ちょっと王家と関わりができるけど、そんなことは君はどうでもいいだろう?」
「おねえさまに関わらないことならどうでもいいですわ。……考える余地は、ありますわね」
「それじゃあとっておきの誘い文句を。……魔女の力を使えば、性別を変えてサーシャと結婚することもできるかもしれないよ?」
雷が落ちた。と思うほどの衝撃だった。
恐る恐るサーシャは横のシンデレラの顔を見る。
……目が、輝いていた。
「わたくし、あなたに師事しますわ! 魔女の力の使い方を教えてくださいまし!」
「もちろん。これからよろしく、シンデレラ」
サーシャは何も言えなかった。理解できる許容量を超えていた。
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